八十年以上もの歴史を誇り、年に二度、世間を賑わせる芥川賞・直木賞。毎年新たな書き手の登場に期待が高まる新人賞の数々。書店やマスコミの盛り上がりからもご理解いただけるかと思いますが、文学賞は出版業界にとって一大イベントです。そして、その受賞作が決まるまでにも、実はさまざまなドラマがあります。
 今日は、その舞台裏のひとつをご紹介したいと思います。

* * *


 多くの文学賞は、前以て候補作品が発表されて、その後、選考会を経て受賞作が決まります。受賞作が決定すると、その日のうちに、候補となっている作家さんの許に連絡が。選考中は連絡を作家さんお一人で待つことや、候補作の担当編集者と二人で待つことがあります。そのほか、出版各社の担当編集者が集まって、作家さんと一緒に連絡を待つ「待機会」が開かれる場合もあります。私は今回、とある作家さんの待機会にお邪魔しました。

 四月二十日、都内レストランの一室にて。
私「どうもお世話になっております」
青崎有吾さん「……なんで来ているんですか」
私「冷たいじゃないですか。僕と青崎さんの仲でしょう」
青崎さん「はあ……」

「とある作家さん」とは、第22回鮎川哲也賞を受賞した『体育館の殺人』を始めとする〈裏染天馬〉シリーズで人気を博す、推理作家の青崎有吾さん。

 この度、青崎さんの著作『ノッキンオン・ロックドドア』(徳間書店)が、第70回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門の候補に選ばれていました。本作は、不可能(How?)専門の探偵と不可解(Why?)専門の探偵という、いかにも馬が合わなさそうなふたりがひとつの事件を調査していく連作。各編ふたりの探偵がそれぞれの専門分野から推理を展開していくという、謎解きが二段構えで用意された作品集です。

 ここで先に申し上げておくと、私は青崎さんの担当ではありません。青崎さんに「なんで来ているんですか」と言われるのもむべなるかな。
 青崎さんとはジョン・ディクスン・カー『髑髏城』(創元推理文庫)の解説をお願いするほか、ちょっとしたご縁があります。今回は担当(別の待機会に行っていたようです)に代わって参加させていただきました。


『ノッキンオン・ロックドドア』の版元は徳間書店さん。賞の待機会は、候補作の版元さんが主催することが通例です。今回も各社担当への連絡からお店の手配までを、徳間書店さんにしていただきました。ありがとうございます。

 ちなみに、待機会でお店を選ぶ時のポイントのひとつが「携帯電話の電波の入り」です。
 受賞作決定の連絡は多くの場合、電話で知らされます。例えば、地階のお店など電波が届きにくい場所で待機会を開くと、受賞が決まったのに連絡がつかない! という事態も起こり得るのです。あらかじめお店の場所は賞の運営委員の方に伝えているので、もし候補となっている作家さん、そして候補作の担当編集者にも電話が繋がらない場合は、お店に電話がかかってくることもあります。
 余談ですが、候補作が発表された時点で、記者会見の場所も決まっています。受賞した場合にそなえて、待機会の会場も記者会見場にアクセスしやすい場所でセッティングすると尚良いとされています。


 待機会は、およそ選考会が始まる時間の前後から始まります。
 待つ間は、受賞の可否の連絡をみんなで雑談しています。ほかの部門は何が受賞しますかね、と他愛のない予想をすることもありますが、大半は賞とは関係ない話題です。青崎さんが神奈川県出身ということもあって、当日は神奈川の地元トークが花を咲かせていましたが、飛び交っていくあまり聞き覚えのない地名に、私はなるほどなるほど……と、ただ相槌を打つばかりでした。ここでは割愛させていただきます。

 談笑している間に一、二時間も過ぎると、受賞作が決まってもおかしくない時間になってきます。
 その頃になると、どことなくみんなそわそわし始めます。最近はメールなどを介して、ほかの賞の連絡が伝わってくることも多くなってきて、そうそう気は抜けません。このタイミングでお手洗いに席を外すと、大概みなさん「決まった?」と訊ねながら戻ってくるものです。


 そうこうしていると、青崎さんの携帯電話に着信が。賞の運営の方からです。作家さんには緊張の瞬間ですが、それは担当の方々にとっても同じです。
 言葉すくなく返事する青崎さんを、固唾をのんで見守る編集者たち。通話を終えた青崎さんは――

青崎さん「さて、受賞は誰でしょう?」
一同「えーっ!?」

 いつも通り飄々としていました。連絡の受け方もひとそれぞれ、といったところでしょうか。
 既報の通り、第70回日本推理作家協会賞の長編・連作短編部門は宇佐美まことさんの『愚者の毒』(祥伝社文庫)でした。宇佐美さん、おめでとうございます。


 受賞した場合は、記者会見場に移動することになりますが、受賞しなかった場合はそのまま解散するか、または残念会に流れることがあります。
 残念会といっても、全員がうつむいたまま黙って食事するような暗い雰囲気ではありません。作家さんも編集者も結果がわかるとほっとするもので、肩の荷が下りて「パーッとやりましょう!」という感じだったり、悔しそうに「次です、次がんばりましょう」という感じだったりと、その雰囲気もさまざまです。

 青崎さんを含む担当の方々で別のお店に移って、残念会が開かれました。
ここから、ほかの作家さんの待機会に参加していた編集者や、記者会見に行った編集者が集まってきます。
 選考委員の先生の講評などを酒の肴に、長かった待機会の一日はようやく終わりを迎えるのです。

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 いかがだったでしょうか。あくまで一編集者から見たものなので、実際と異なる箇所もあるかと思います。「文学賞の裏側って、こんな感じなんだ」という雰囲気を、すこしでもお伝えできていれば幸いです。

(2017年5月9日)



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