「長谷川晋一/『東京創元社 文庫解説総目録[資料編]』巻頭言」はこちら

○目録奴隷誕生
やっとこさ突きあわせ作業が終わった数日後……。もうこれで安心。間違いはすべてチェックし終えたわ。と、のほほんとしていた私にとある疑問が持ち上がったのです。それは、「書名の突きあわせはやったけど、解説のタイトルとか翻訳作品の原題とかはチェックしてないんじゃない……? 」という、どこからともなく囁かれた疑問でした。え、まさか……と心の声に抗いながらもおそるおそるチェックを始めてみたら……これが、案外間違っているものなんですねー、もう。
というわけで今度は解説やあとがき、原題まで載っている著者名索引と、実際の本を突きあわせるという恐ろしい作業が開始されたのです。「ふつう、逆じゃない? まず始めに本と突きあわせるものじゃない?」という疑問は当然おありでしょう。しかーし! 一度誰かがチェックをしたはずだったんです! それでも間違いがある! 自然の摂理なのだ! そして間違いは正さねばならぬ! ということで、今度はアルバイトさんだけではなく編集部総出で突きあわせ作業が開始されたのです。
まず本がなければ話になりません。保存用の大事な本を一階の作業部屋に台車を使って持ってきて机の上に積み上げ、本を開き、著者名索引と合っているか確かめます。そして間違いが見つかること見つかること!「この解説のタイトルちがーう!」「この訳者あとがき、重版のとき差し替えた!」等々、いろいろな発見がありました。大変な作業でしたが、やって良かったです。
著者名索引と作品名索引の突きあわせもそうですが、こちらもものすごく根気がいる作業です。何日か作業が続いたある日、作業を手伝ってくれていた薙刀F嬢がぼそっと呟きました。

「もうほんと、目録奴隷って感じだよね……。」

かくして目録奴隷という呼び名が誕生しました。その後F先輩は「目録奴隷の歌」も創り出して下さいました。心にしみいる名曲です……。

「涙流すな/血の汗流せ/赤字のインクは奴隷の血」
                      (C)創元=ナギナタ=F嬢

そして作業部屋は奴隷小屋と呼ばれることに。みなさん、お疲れ様でした……。

○世界最古のミステリ
そして地獄の突きあわせ作業が終わったある日。終わったかのように思えましたが、実は終わっていなかったのでした。なぜなら、本が見つからなくて突きあわせができない部分があったからです。会社に本がなければ国会図書館にいけばいいじゃない。ということで国会図書館にいったところ、驚くべき発見がありました。
会社で本が見つからなかった一冊、クリストファー・ブッシュの『チューダー女王の事件』(創元推理文庫)。この本の著者名索引での書誌は以下のようになります。

『チューダー女王の事件』The Case of the Tudor Queen (1938) 小山内徹/訳者あとがき/1959.12.11/Mフ-6-2

さてこの情報が本当に実際の本とあっているかどうかを確認します。国会図書館で書庫から出してもらった本の、奥付を開きます。するとそこには! ななななんと!

 1659年12月18日 初版

という文字が! 自分の目が信じられず何度も確認しましたが、奥付はこうなっていたのです! あ、ああー……ま、誤植ですよね。国会図書館の検索システムでも1959年が出版年になっていましたし。初版本をお持ちの方は確かめてみて下さいませ。最終的には古い手書きの刊行作品記録が残っていたので、そちらと突きあわせて事なきを得たのでした。

○おまけのほうがすごい疑惑
さて、ここまで『東京創元社 文庫解説総目録』のお話をしてきましたが、実は総目録にはおまけがあるのです。その名も『東京創元社 文庫解説総目録[資料編]』。こちらの内容は会社のホームページの総目録のところに目次が載っていますので、どうぞご覧下さい。そうそうたる面々による座談会、エッセイが掲載されています。『[資料編]』には文庫のもととなった叢書・単行本のリストもついています。文庫解説総目録なのに、なぜに単行本のリストがついているのやら……という疑問はあるのですが、まあ便利なので……。
この『[資料編]』に掲載されている原稿はどれも興味深く、非常に勉強になるものばかりなのですが、個人的にすごいなぁと思ったのは、実は「訳者の横顔」というページです。翻訳家の方々を紹介した記事で、《現代推理小説全集》の章にあります。全集の月報に載っていた記事をまとめて再録したものです。
この「訳者の横顔」がおもしろいので、ご紹介を……。

清水俊二
 明治三十九年生れ。昭和四年東大経済卒。以前はパラマウント・ニューヨーク本社勤務。現在は映画評論、スーパー・インポーズ(映画の字幕)翻訳に専念。最近一ヶ月間でハリウッドへ行ってきた。映画評論家の例に洩れず、大変多芸多才で多忙であるといえる。長身色浅黒く、色眼鏡の稍せっかちな英国紳士である。洋服の着こなしがうまいと誰かがいった。

誰かって誰だ!!! 思わず突っこんでしまう悲しさよ……。こんな調子で、翻訳家の方々の紹介、というよりおもしろトリビアが満載なんですねー。例えば井上勇先生は「酒は滅法強い。何故なら「小学校の時から飲んでいる」から。」とか、宇野利泰先生は「風采を申せば、まず長身である。次に眼鏡をかけている。次に寡黙である。寡黙も寡黙大変な寡黙である。つい先日も、さる結婚披露宴で、なみいるお客連がひと通り祝辞をのべた中で、殆ど一人だけ、この寡黙を守り通した。」とか、なんでこんなことまで! という情報がたくさん、たくさんあるのです。あとがきっぷりもおもしろいですね。当時の編集者が書いたのでしょうが、見習いたいものです。ちなみに井上一夫先生はイケメンだったそうです。「長身、肩幅が広く、ギャング映画のヒーローのようにスマートでかつハンサム。ボクシングはセミ・プロ級。」……そうですか。正直、もっとおもしろい文章がたくさんありますので、ぜひお読みいただけると嬉しいです!

○おわりに
さて、ここまでいろいろなエピソードを書き散らして参りましたが、実はここに書けない事件が、たくさんあるのです! しかしあまり長くなってもよくないですし、なにより書けるかっていうと書けないよね……という、表に出せない諸々の事情がありまして……。あと『ミステリーズ!』vol.45にも記事を書かねばならないので、内容がかぶらないよう、ネタは温存しておきたいと思います。〈中井英夫の呪い〉とか……(ぼそっ)。あれですね、「続きは2月発売の『ミステリーズ!』vol.45で!」というわけです。あと翻訳ミステリ大賞シンジケートにも少し情報を変えた記事を掲載していただく予定ですので、よろしければそちらもご覧下さい。

総目録作りは大変でしたが、とても勉強になりました。本作りのやり方もそうですし、ミステリやファンタジイ、SFの知識も学ぶことができました。一年かかりましたが、やれるだけのことをやれたと思います。いろいろな人々にご迷惑をおかけしてしまったことが心苦しいのですが、この経験を糧により良い本作りを心がけたいと思います。編者の高橋良平先生にもこの場を借りて御礼を申し上げます。お疲れ様でした。

そして首を長くして刊行を待って下さったみなさま! 本当にお待たせしました! いよいよ12月18日刊行です! 刮目して待たれよ!(一度使ってみたかったフレーズ)
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

(2010年12月6日)



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