ラウンジ

2010.02.05

東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第3回:ファンタジー編 井辻朱美×金原瑞人〉(3/3)[2010年2月]


■井辻朱美のベスト5【マイ・ベスト国内編】(順不同)
《アタゴオル・シリーズ》ますむらひろし
『薔薇と海賊』三島由紀夫
『一千一秒物語』稲垣足穂
『白髪小僧』夢野久作
『虚無への供物』など中井英夫の一連の作品
番外:(ハイファンタジーの双璧として)《十二国記》小野不由美、《炎の蜃気楼》桑原水菜

■金原瑞人のベスト5【マイ・ベスト国内編】(順不同)
『一千一秒物語』稲垣足穂
『アラビアの夜の種族』古川日出男
『家守綺譚』梨木香歩
『ラピスラズリ』山尾悠子
『龍宮』川上弘美
番外:「金魚のおつかい」与謝野晶子


■おまけ:自分が翻訳したものの愛着ベスト5【井辻朱美編】(順不同)
《永遠の戦士エルリック》マイケル・ムアコック/ハヤカワ文庫FT
《妖精王の月》O・R・メリング/講談社
《サソリの神》キャサリン・フィッシャー/原書房
『影に歌えば』タニス・リー/ハヤカワ文庫FT
《アイルの書》ナンシー・スプリンガー/ハヤカワ文庫FT

■おまけ:自分が翻訳したものの愛着ベスト5【金原瑞人編】(順不同)
『完全版 最後のユニコーン』ピーター・S・ビーグル/学習研究社
『アメリカン・ゴッズ』ニール・ゲイマン/角川書店
『エルフギフト』スーザン・プライス/ポプラ社
『満たされぬ道』ベン・オクリ/平凡社
《バーティミアス》ジョナサン・ストラウド/理論社

●ファンタジーを訳す
――ご自分の訳書も五本あげていただきましたが、これは作品本位、それとも思い出とか、エピソードで選んだんですか?
金原 『最後のユニコーン』は、続編を訳してみたらこれがガーンとくるような傑作で、それを言いたくてこのベストに入れました。『アメリカン・ゴッズ』は、ニール・ゲイマンの最高傑作。ゲイマンは、もうこれ以上の作品は書けないんじゃないかと思うくらい。でもゲイマンの短編集もおもしろい。今年か来年出ます。『エルフギフト』はスーザン・プライスを一本入れたくて。《バーティミアス》は作品本位で面白いから入れました。ベン・オクリの『満たされぬ道』は、案外と早く絶版になっちゃった本。このあいだ必要になったんでもう一冊買おうと思ったら、とんでもない古書価がついてて。買うのも悔しいので、どこか出しなおしてくれないかなあと思ってるんです(笑)。
井辻 私のは、主人公の誰かに「萌え」が入らないと楽しく訳せない。《エルリック》をはじめ、全部そういう作品ですね。
――井辻さんは、ファンタジーを訳したいから翻訳家になったんですか?
井辻 そもそも最初に翻訳をしたのは、読みたい本が日本語になっていないから、しょうがないので洋書で読んで、二度目に読むときにまた英語で読むのは面倒くさいから、日本語にしておこう(笑)と思ったんです。
金原 それって効率的なんだろうか(笑)。
井辻 だって、英語が好きじゃないんですよ。
金原 僕も井辻さんと同じで、英語きらいです。
――誰も信じないと思いますが(笑)。
金原 本当ですよ。英語を読むのは好きじゃないけど、訳されていないのでしょうがなく英語で読んでいるんです。訳す作品はストーリーや文体が好きかどうかだけで決めるので、ファンタジーでも歴史ものでもリアリズムでも気にしません。ただ僕は、SFだけはほとんど訳してない。ハードSFなんて、日本語になってたらわかるけど、英語だとぜんぜん読めないんだもん。
――翻訳するうえで、ファンタジーだから注意していることや、ファンタジーならではの難しい部分などはありますか?
金原 そういうのは全然ない。何を訳すときでも、僕はまったく同じかもしれない。井辻さんは?
井辻 私はファンタジーしか訳してないから、逆にそれ以外のことがわからない(笑)。
金原 瀬田貞二さんの頃は、単語にどんな訳語をあてるかということが重要だったので、ファンタジーの用語を訳すのは難しかったと思うんです。いまの翻訳家では、あの文章や訳語はとても真似できないですよ。たとえば《ナルニア》のDawn Treaderを「朝びらき丸」とは訳せない。
井辻 古典の知識も必要になりますしね。
金原 あれは、日本酒の銘柄から取ったんだと思う。岩手の銘酒、「あさ開」でしょう。
井辻 えっ、万葉集じゃないの?
金原 みんなそういうけど、違うんじゃないかなあ。ファンタジー好きはワイン好きが多いから気がつかないだけ(笑)。
――そんなに断定されても(笑)。
井辻 でも私は『指輪物語』の翻訳が出たときに、粥村(かゆむら)とか、馳夫(はせお)とか見て、違和感が大きくてショックでした。
金原 ああいうふうに、単語ひとつひとつをすべて日本語に置き換えるような訳し方をしなくなったときに、ファンタジーならではの方法論はなくなったような気がしますね。
――ロアルド・ダールの新訳では、そういう翻訳をやってますよね。
金原 あの人は別。柳瀬尚紀さんは天才的頭脳を持つゾンビみたいな特殊翻訳家、そんな人と我々と一緒にしてはいけない。膨大な知識と卓抜したセンスを持ちながらも、こつこつ、ていねいに訳語を考えている人じゃないかなあ。

●原文といかに戦うのか
――RPGなどの影響で、英語名そのままで通用するようになった単語も多いですよね。
井辻 でも、ブロード・ソードとかレイピアとか、ああいうのはちょっと嫌なんです。私はファンタジーを訳すときに、むしろ時代小説の立合いの恰好良さみたいな文体を再現できないかと思っています。五味康祐みたいな文章で訳したいんですよ。
金原 五味康祐なんて、いつ頃読んだの?
井辻 大学時代ですよ。
金原 変わった女子大生だなあ(笑)。
井辻 日本の小説で、ファンタジーに一番近いのは時代劇だと思いませんか。
――山田風太郎とか?
井辻 忍法帳もの、大好きでした。だから大時代的なファンタジーを訳すときは、時代小説を横に置いて、合間に三ページほど読んだり、言いまわしがかっこいいと思ったものをメモったりしながら訳してます。
金原 ムアコックを五味康祐調で訳してみよう、とか考えるの?
井辻 作家や作品ごとに合う組み合わせがあって、ムアコックの場合は柴田錬三郎かな。型のある小説を訳すときは、やっぱりこちらも型で応対しなくてはやれないと思うんですが、自分の中にそういう型があるわけではないので、お手本が必要になる。時代小説のスタイリッシュさが、いちばん似合っていると思うんです。でも、たとえば歌舞伎を見てこのせりふまわしがいいと思ったら、その台本を買って帰ったりもします。
金原 平井呈一が『おとらんと城綺譚』を歌舞伎調で訳したものがあるけど、今の若い訳者は、もうそれができないよね。井辻さんあたりが最後?
――井辻さんは、金原さんに訊きたいことがあったんですよね。
井辻 そうでした。金原さんはいろんな方と共訳していらっしゃいますが、同じ方とではなく、いろんな文章の相手とでも平気なんですか? 抵抗はないんですか?
金原 作品を訳すと決めたときに、この作品のテイストはどの訳者の文体が合うかを考えて渡しているので大丈夫です。
――井辻さんは共訳をしてみようとは思わない?
井辻 だって、やりたいと思ったのは、全部自分で訳したいじゃないですか(笑)。翻訳者は、その作品にどう自分のテイストを入れるか考えると思うんです。私の場合は、ほとんど登場人部への愛着で、この人物をこんなふうに喋らせたいとか、そういうことですけど。
――演出家みたいですね。
金原 そう、翻訳者というのは演出家です。「俺が訳したもののほうが、原著より面白い」くらい思ってないと、とても翻訳なんてやれないですよ。

(2009年5月10日、ブックファースト新宿店イベントスペースにて。司会・構成:三村美衣)


井辻朱美(いつじ・あけみ)
東京生まれ。東京大学人文系大学院比較文学修了。現在白百合女子大学教授。著書に『水晶散歩』(沖積舎)、『風街物語』(アトリエOCTA)、『ファンタジーの魔法空間』(第27回日本児童文学学会学会賞受賞・岩波書店)、『ファンタジー万華鏡』(研究社)など。訳書にスミス『イルーニュの巨人』(創元推理文庫)、ムアコック『メルニボネの皇子』、カシュナー『王と最後の魔術師』(ハヤカワ文庫FT)、メリング『夢の書』(講談社)、ハモンド&スカル『トールキンによる「指輪物語」の図像世界』(原書房)など多数。
金原瑞人(かねはら・みずひと)
翻訳家・法政大学教授。訳書にディレイニー『魔使いの弟子』、『魔使いの呪い』『魔使いの秘密』、ブロック〈ウィーツィ・バット・ブックス〉全5巻、プライス『500年のトンネル』(以上東京創元社)、ストラウド『バーティミアス』(理論社)、クラッチャー『アイアンマン』(ポプラ社)、ローズ『ティモレオン』(中央公論文庫)、シアラー『青空のむこう』(求龍堂)、アランハフト『ラスト・ドッグ』(ほるぷ出版)、ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(岩波書店)など。エッセイに『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』(牧野出版)、編著書に『12歳からの読書案内』などがある。


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