ラウンジ

2010.02.05

東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第3回:ファンタジー編 井辻朱美×金原瑞人〉(2/3)[2010年2月]



■井辻朱美のベスト5【マイ・ベスト海外編】(順不同)
『ブランビラ姫』(または『黄金宝壺』)E・T・A・ホフマン
『指輪物語』J・R・R・トールキン
《ナルニア国ものがたり》C・S・ルイス
『ファンタステス』ジョージ・マクドナルド
『危険な空間』マーガレット・マーヒー
番外:《ハリー・ポッター》全7巻J・K・ローリング、『マンハッタンの赤ずきんちゃん』カルメン・マルティン・ガイテ、『ほんものの魔法使』ポール・ギャリコ

■金原瑞人のベスト5【マイ・ベスト海外編】(順不同)
《ゴーメンガースト三部作》マーヴィン・ピーク
『ペガーナの神々』ロード・ダンセイニ
『ふしぎをのせたアリエル号』リチャード・ケネディ
『漂泊の王の伝説』ラウル・ガジェゴ・ガルシア
『タマスターラー』タニス・リー


●井辻朱美のマイ・ベスト
――井辻さんのマイ・ベストは、いかにも井辻さんらしい定番作品が並んでいますが。
井辻 こっちのベストにも新しい人も誰か入れようと思ったんです。それでマーヒーにしようと決めて。ビジュアル的に3Dアートを見るような感覚があってこれが一番面白かった『危険な空間』にしました。あとは本当に古典なので、それこそ学生時代にどーんとはまったものばかりですね。まずホフマンは、子どもの頃『クルミ割り人形』を読んで仰天して以来、好きな作家です。現実と別世界が逆転するんですけど、ホフマンの作品は総じてそういう構成をとっていますね。それから『指輪物語』。さっき金原さんが《ゴーメンガースト》を自分で翻訳していたとおっしゃいましたが、私もちょうど受験のときだったんですが、毎日通学の電車の中でこの原書を読んで、ついでにノートに訳してました。やっぱり途中で翻訳が出ちゃいましたけど。
金原 何受験ですか?
井辻 大学受験です。だから『指輪物語』を読んでいたあいだだけは、セカンダリー・ワールドの、受験のない世界に行っていたという思い出が強いです。《ナルニア》は七巻だけが好きで、あのすべてが大きな世界に回収される瞬間が快感でした。
金原 僕もそうですね、あの巻がなかったら《ナルニア》はつまんなかったと思う。
――むしろあの結末はなかったことにしたいのに。
金原 子どものときに読んだでしょ。子どもって、あれは意味がわからなくて嫌なんだよね。
井辻 みんなそう言いますよね。私は高校生で読んだんですが、あの瞬間に救われた気になりましたよ。まことのナルニアだとか、まことのものは滅びない。この世界はすべてナルニアのコピーなんだから、もともと救われているのだということを知るんです。
金原 ルイスはね、絶対に最初からあれをやるつもりだったと思う。書き始めからあの七巻を書くつもりで、すべてはあの瞬間に向かって書かれているじゃないかなあ。歌舞伎でいう屋台崩し。
井辻 マクドナルドもやっぱり70年代に太平出版社から完訳っぽい全集が出てたんです。子どもっぽい作りだったんだけど。『リリス』はさすがに入ってなくて、月刊ペン社の妖精文庫で読んだ。『ファンタステス』『おとぎの国へ』という不思議なタイトルで訳されていて。この話は救済を目指して、目覚めがどんどん続いていくという入れ子細工になっていて、そもそもマクドナルドは牧師さんなんだけど、とてもそうは思えないような、不思議なところに救済されていく話を書くんです。
――井辻さんは救済テーマの作品がお好きですね。
井辻 日常をどうしてくれるか、というのが自分にとって大きな問題だったので。ひっくり返してくれるなり別のものへ吸収、回収してくれるなり、別の視点から見せてくれるなりするものを探していたんですね。

●ファンタジーというジャンル
――井辻さんはSFも読まれるんですか?
井辻 あんまり読まないんです。SFとして出た本も訳してるんですけど、どれもSFらしいSFではないですし。SFというのは、作家が新しい世界を創造するもので、ファンタジーは過去にあったものを借りて語る。古い魔法や古い世界や古いしきたりや、人類の歴史に存在したものを扱っている。だから私にとっては、SFよりもファンタジーのほうが、人類史だからリアルに思えるんです。
――金原さんはSFとファンタジーを区別していますか?
金原 SFを読んでいた頃はファンタジーという区分がなかったので、秘境小説にしても冒険小説にしても、面白いものはむしろ全部SFだと思っていたんですね。そもそも、ぼくが大学の頃って、SFは「サイエンス&ファンタジー」みたいないわれ方をされてたし。それにファンタジーという言葉は、今でこそ市民権を与えられたけど、たとえば佐藤さとるの《コロボックル》はかつて「創作民話」と呼ばれていたりしたわけで、僕にとって今的なファンタジーというのはまったく新しい単語なんだよね。
井辻 新しい単語、っていうのはそのとおりですね。ずっとそこにあった土地に、ある日いきなり「ファンタジー」という立て札が立てられた。そして気がついたら、そこ以外の別の土地も同じ区画に入れられちゃった。
――立て札が立てられたのはいつ?
井辻 やっぱり『指輪物語』が訳されたときですね。あれで子どものファンタジーと大人の幻想文学が統合されてしまった。《ゲド戦記》の存在も大きかったかもしれませんね。
金原 アメリカでも、70年代にファンタジーが文学の一ジャンルとして認められ、同じような現象が起きているんですよ。
井辻 そしてミヒャエル・エンデのブームが来て、またファンタジーの見え方がちょっと変わったんです。
金原 あれは面白かったね。70年代後半に英米のファンタジーの機運が下降していったときに、ぽんとエンデが登場する。ところがエンデは読まれるんだけど、あくまでもエンデのブームで終わって、《ハリー・ポッター》のときのようなファンタジー・ブームにはならなかった。

●金原瑞人のマイ・ベスト
――金原さんのマイ・ベストですが。
金原 『ペガーナの神々』はね、読んだときに「こんな話があるのか」という清々しい驚きを感じたんです。
井辻 創土社版ですか、ハヤカワ文庫版ですか?
金原 僕ね、英語で読んだの。読みながら最初をどう訳すか考えていて。冒頭の部分なんか、荒俣訳とはちょっとちがって、「必然と偶然が骰子を振った」って訳してみたりして。薄い本だったし。
――《ゴーメンガースト》を翻訳しようとした人が。
金原 《ゴーメンガースト》よりもぜんぜん前の話。ダンセイニは稲垣足穂が翻訳したこともあってかなあ、原書が手に入りやすかったような気がする。『ふしぎをのせたアリエル号』は僕がリーディングをして「面白かったので絶対に出して」と言った本。本当は自分で訳したかったんだけど時間がなくて。
井辻 中川千尋さんの翻訳でしたね。
金原 そう。それである意味、悔しさもあって入れたわけ。
井辻 ヘンな話ですよね。
――命を吹き込まれて人間になった船長の人形と、人形になってしまった女の子が航海する話でした。かわいらしい冒険ファンタジーと思って読み始めると、けっこう陰惨な話になる。
金原 グロテスクなんだよね。
井辻 実写映画で見たくない感じですよね。でも子どもは平気で、かわいいと思って読んでるみたいですよ。
――子どもはグロテスクなものとかけっこう好きですよね。
金原 ETとかね。
――映画の『E.T.』、ですか?
金原 だってあれ、大人が見たら気持ち悪いと思いませんか。内容を知らずに見たら、すごくグロテスクだよ(笑)。で、ベストに戻ると、ラウラ・ガジェゴ・ガルシアはスペインの作家なんだけど、最近読んだものの中では抜群に面白かった。『タマスターラー』はタニス・リーでこれが一番好きなので。
井辻 インド神話ものですね。
金原 リーの作品はどれも好きなんですけど、どれか一本選べといわれると、これになっちゃうんですよ。井辻さんも訳されているんですが、すみません。



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