ラウンジ

2009.12.07

創元推理文庫創刊50周年記念対談〈第1回:ミステリ編 北村薫×桜庭一樹〉(3/3)[2009年12月]

記念対談ミステリ編3

●創元推理文庫のお薦め作品
北村 カーの次は……クロフツ。クロフツはあの耐え忍びながら読んでいくようなところが。
桜庭 私、クロフツは飛ばしてるんですよ。アリバイトリックにあんまり興味がないので、『樽』を読んでない。けっこう抜けがあるんです。
北村 クロフツは短編集も面白いですね。長いのはちょっと、という方は『クロフツ短編集』を買っていただけると。長編で印象深いのは、『フレンチ警部最大の事件』。前半、読むのが大変だったけど、後半でとてもよくなった。我慢してよかったなと思ったのを覚えています。わたしが苦しんだ『樽』を、有栖川有栖さんは小学生か中学生のころ非常に面白く読んだらしいですが。
桜庭 本格よりはサスペンス的なものが昔から好きだったみたいです。カトリーヌ・アルレー『わらの女』なんて大好き。
北村 『わらの女』って、誰かと結婚するんですよね。
桜庭 新聞の求婚広告に、美人だけどちょっとくすぶってる人が応募すると、おじいちゃんな大富豪の秘書に一緒になんかやろうって言われるんです。ふたりでおじいちゃんだまして、結婚して殺して遺産をもらおうとする。それからどうなるのかなと思ってたら……女の人が、自分がだましたつもりで実はだまされてる、というような話が好きなので。ボワロ&ナルスジャックの『悪魔のような女』とかピーター・ラヴゼイの『つなわたり』とか。だましてるつもりがだまされてる。くるっと反転していくあたりが好きです。
北村 そういうものは筆力がないと書けませんね。そういう裏の裏を……というようなものは、慣れてくると先を読めちゃうんだけど、それを息もつかせずのめりこんで読ませるから成り立つんであって、つまりはうまいってことなんだな。面白かった、さすがにうまいなってことしか覚えてない。ほかにサスペンスというと?
桜庭 新訳されたモール『ハマースミスのうじ虫』とか、バリンジャー『歯と爪』とか。最近ではキャロル・オコンネルや、あとはサラ・ウォーターズの『半身』
北村 阪神かあ(笑)。
桜庭 本格ファン=阪神ファンだとすると、私は広島東洋カープのファンなのかも。山陰にはプロ球団がカープしかないから、中国地方にはカープファンの人が多いんです。あとはヒラリー・ウォーに、パット・マガーも好き。ヒラリー・ウォーは宮部みゆき先生の帯の推薦文が気になって、『失踪当時の服装は』から読んだのですが、一番好きなのは『事件当夜は雨』でした。『衣裳戸棚の女』のピーター・アントニイとか、ちょっと昔の作品も好きです。あ、それにアシモフの『黒後家蜘蛛の会』シリーズは夢中になって全部読みました。
北村 『黒後家』には怒りませんでしたか?
桜庭 えっ? どういう人が怒るんですか?
北村 本格センスのない人ですよ。真面目な人、リアルで生きてる人。『衣裳戸棚の女』の登場人物たちは、あのあとどうするんだろうとか考えちゃうような。
桜庭 全然考えない(笑)。ブラックユーモアがわからないのかな。ミステリを読まない人に、どうしてわざわざ殺人事件を起こして解決するのかわからない、と言われたことがあって返事ができなかった(笑)。アクション映画が好きな人だったので、「私もアクション映画とか観てて、わざわざ銃撃戦をやるのとか、最終的に細い通路とかで殴り合いをする理由がわからないですけど」と言ったら、「それと一緒かな」って(笑)。
北村 「自分で作ったのを自分で解いて何が面白いのか」っていうのは名言だよね。
桜庭 そこに快感を覚えないから、きっとわからないんですよね。アクション映画のアクションに興味がない人と一緒で。この謎解きはすごい! というふうには感心できない。
北村 どんな作品に感心できるか、それはやっぱり時期によって違うと思いますよ。さっきの『813』の話もそうですけど、ミステリに触れていない一番最初のころだと、『皇帝のかぎ煙草入れ』にはすごく感心しましたね。「カーらしいなあ」というよりも「よくできてるなー」って。それが先でした。それから創元推理文庫を知って、じゃあカーをいっぱい読むぞと思って、『髑髏城』なんかを読むと楽しめない。あれ面白いって人もいるけどね、それでも意地になって最後まで読みました。「バンコランは笑う」とかなんとか、目次を今でも覚えてますよ。
 わたしが好きな創元推理文庫作品というのは、何回もあげてますけど、まずG・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』。それからヘンリ・セシル『メルトン先生の犯罪学演習』。面白い面白い、こんなしゃれたものを書くんだ、さすがイギリス人だなあと。あとは『世界短編傑作集』、どれもいいけれど「銀の仮面」の入ってるやつ、第4巻かな。
 それにクリスチアナ・ブランド『招かれざる客たちのビュッフェ』はいいですね。わたしが巻末の解説で、誰もが知ってる、いまさら言うまでもない傑作「ジェミニー・クリケット事件」――って調子で書いてるけど、実は当時そんなに知られていたわけではない(笑)。そういう評価にしてやろうと思って。
『毒入りチョコレート事件』も名作ですね。バークリーはほかのも面白いんだけど。わたしはバリンジャーなら『赤毛の男の妻』です。
桜庭 そうか、これをきっかけに若い人が読んでくれるかもしれないんだ。どんどん作品名をあげなきゃ。
北村 セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』、パトリック・クェンティン『二人の妻をもつ男』も面白かったよね。
桜庭 私はぜひフレムリン『泣き声は聞こえない』を復活させてほしい……。
北村 クイーン編『ミニ・ミステリ傑作選』! これも大傑作ですよ。カー『緑のカプセルの謎』
桜庭 マクシェーン『雨の午後の降霊会』、スコット『人魚とビスケット』
北村 ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』。古典中の古典です。
桜庭 ネイサン『ジェニーの肖像』も好き……。『ポオ小説全集』4巻に入ってる「「お前が犯人だ」」もすごい好きです。ミステリ最初期の作品で、ホラーみたいだと思っていたら謎解きが一応あって。意外な驚きがありました。
北村 「「お前が犯人だ」」『僧正』も当たり前すぎる作品だけれども、普通にお薦めするんだからいいですよね。そうだ、フレドリック・ブラウン『まっ白な嘘』。これに入っている「叫べ、沈黙よ」は傑作。巻末の「うしろを見るな」も有名ですね。「むきにくい林檎」「笑う肉屋」も入ってる、すごい短編集だよね。国宝級ですよ。SFの『未来世界から来た男』もいいけれど。
桜庭 ハードボイルドの話が出てないんですがいいんでしょうか。チャンドラーとか。私は特に話すことないんですけど(笑)。
北村 ハメットはいいですよ、チャンドラーも面白いですね。『大いなる眠り』とか。でも言いたくないなって思ってね(笑)。ガイドブック作るとしたらチャンドラーのチャの字も入れるものかと。学生時代に早川書房から〈世界ミステリ全集〉が出たときに、チャンドラーは一巻になってるのに、カーは短編がひとつきり、「魔の森の家」しか入ってない。そのときの激しい怒りは死ぬまで忘れない(笑)。それはさておき、真面目な話、チャンドラーは語るんだったらきちんと語らないとだめです。惚れこんだ人でないと語る資格はない。
桜庭 歴史冒険ものだとデュマの『黒いチューリップ』にオルツィ『紅はこべ』
北村 『紅はこべ』は昔ラジオドラマをやっていましたね。「神出鬼没の紅はこべ」。
桜庭 私、子供のころ宝塚の舞台を見た記憶があります。
北村 『紅はこべ』はたしか、○○○○○だと思ってたら実は……という。
桜庭 革命が起きたフランスから、貴族を逃がすという話から始まって、誰が「紅はこべ」なのかわからない。助けてもらっているフランスの貴族もわからず、イギリスの社交界の人もわからず。読者もわからないから、パット・マガーの犯人当てみたいでもあって。
北村 『紅はこべ』にもミステリ的な仕掛けがあるのが面白い。伝染病にかかったふりをして包囲網を抜けるとか。
桜庭 ちょっとミステリのテイストが入ってる、という作品は好きです。

●日本人作家について
北村 個人的なことをいえば、戸川さんのお誘いで編集に参加させていただいた〈日本探偵小説全集〉が非常に思い出深い。一冊あげるなら『江戸川乱歩集』かな。
 それ以外にも、編集の妙味が随所にうかがえますが(笑)。例えば『横溝正史集』の配列で、「百日紅(さるすべり)の下にて」から即座に『獄門島』へつなげるところや、『小栗虫太郎集』での「聖アレキセイ寺院の惨劇」に続き『黒死館殺人事件』が始まるところの鮮やかさなど。『久生十蘭集』は、〈顎十郎捕物帳〉を全編入れることに意味がありましたし。『名作集1』に山本禾太郎(のぎたろう)『小笛事件』が入っているのもいいでしょう? 漫画家の喜国雅彦さんは、ノンフィクションが入ったのをいやがっていたけど、読んだら面白かったと感激してくれて。『小笛事件』や、『名作集2』の蒼井雄「霧しぶく山」が収録できたのは、雑誌『幻影城』が再録してくれたおかげです。
〈日本探偵小説全集〉に関しては、これだけでひと晩語り明かせるくらいです。完結したときは、自作が本になったときとはまた別種の感慨がありました。校正もやりましたから。夢野久作『ドグラ・マグラ』の校正までやってるんですよ、チャカポコチャカポコと(笑)。坂口安吾『不連続殺人事件』も、戸川さんが、それまでほかのどの版元もやっていなかった、雑誌から起こしたものをコメントもそっくりそのまま復刻したヴァージョンにした。すごい全集ですよ。
 最近は日本人作家の作品も増えましたね。新刊は日本ものと海外ものが半々くらいの割合になっているのかな。新しい人はもちろんだけど、大阪圭吉みたいな作家を出してもらえるとありがたい。ただ、自分が持っている珍しい本が出てしまうのは、自慢できなくなるのでちょっと悔しいけど(笑)。フィリップ・マクドナルド『ライノクス殺人事件』が出たときには痛し痒かゆしでした。
〈高城高全集〉などは、うまく作りましたね。神保町の書店で手にとって首をひねっている人を見ましたよ。近ごろの人は知らないんですね。それを全集のかたちで出すからインパクトがある。
桜庭 戸板康二の〈中村雅楽探偵全集〉も面白かったです。一編だけ、もう一編だけとスナック菓子のように止まらなくなりました。
北村 わたしは戸板康二だと『浪子のハンカチ』『小説・江戸歌舞伎秘話』のほうが好きですね。ノンシリーズ作品をまとめる話もあるそうで、ぜひ期待しております。

(2008年12月25日、東京創元社会議室にて)



北村薫(きたむら・かおる)
1949年埼玉県生まれ。89年『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で第44回日本推理作家協会賞を受賞。2006年『ニッポン硬貨の謎』で第6回本格ミステリ大賞の〈評論・研究部門〉を受賞。09年、『鷺と雪』で第141回直木賞を受賞。
桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。2005年に初の一般向け作品『少女には向かない職業』を刊行。07年、『赤朽葉家の伝説』で第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『製鉄天使』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』など多数。読書日記第3弾となる『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』は12月19日刊行。


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