ラウンジ
2009.12.07
創元推理文庫創刊50周年記念対談〈第1回:ミステリ編 北村薫×桜庭一樹〉(2/3)[2009年12月]
●ホームズ、ルパン以後
桜庭 私はホームズのあともそのまま大人向けの文庫を読んでいました。そうですね、やっぱりクイーンとか、あとはアガサ・クリスティを。ディクスン・カーは二十代になってから。本が手に入らなかった時期もあったので。あとはもうちょっと新しい作家、ピーター・ラヴゼイやコリン・デクスターを読んで、でもやっぱり昔のほうが好きだなー、と前に戻ったり。
北村 『世界短編傑作集』とか『怪奇小説傑作集』とか、ああいったものは。
桜庭 そういうのは最近になってからです。ここ二、三年で読んだのかな。ジャンル小説の好きな人がまわりに全然いなくて、読む本は自分で本屋の棚前に行って探してたので。だからガイド本を見ると、これとこれをまだ読んでない、という本がボロボロあります。
北村 小学校にはポケミスがあったけど、中学校にはなかったのですか。
桜庭 中学校は文庫だけでした。自分で選んで読んでるから、絶対にみんなが読んでるはずの古典でも、たまたまそこになかったものは読んでないとか、本屋さんに行っても知識がないので、どれが必読と言われているものなのかがわからなくて、読み落としていたりします。
北村 われわれのころは中島河太郎先生の『推理小説ノート』
桜庭 同じ世代、同じ十代の前半ぐらいでも、もしかしたら男の子だと一定の論理があって、これとこれを読んだから次はこれだ、みたいに読んでいくのかもしれないですけど、私はほんとにかなり適当に。
北村 中学生・高校生のときはまわりにミステリを読む人が誰もいなかったので、やはり名作リストが参考になりました。中学生のとき何を思ったか、学校のバス旅行に『推理小説ノート』を持っていって読んでました。間羊太郎(はざま・ようたろう)の『ミステリ百科事典』
●クイーン、クリスティ、カー
北村 わたしにとってエラリー・クイーンは、桜庭さんのホームズに当たる存在です。東京創元社にとってはまことにありがたいことに、国名シリーズっていうのは全部読まなくちゃいけないようになってる(笑)。悲劇四部作も、『X』と『Y』を読んで『Z』『最後の事件』を読まないわけにはいかない。ひとつ読むと次もって、読まなきゃいけないようになってますよね、クイーンは。当時は真鍋博の装幀で、背表紙までデザインが統一されていて、揃えなきゃ、という気にさせられる。わたしは全部、自分でオリジナルのカバー作りもしました(笑)。
当時の創元推理文庫は巻末広告のリストが細かくて、それを見ていると、うむ、クイーンとカーを揃えたら、ヴァン・ダインも買わないと、とか思うわけです。おじさんマークの本格系作品を集めようと。マークは目安ですね。それから江戸川乱歩編『世界短編傑作集』に、いわゆる本格系の作品も……というふうに、わたしはクイーンから入って創元推理文庫を集めていきました。
クイーンがあることが、ミステリの会社というイメージを作ってますよね。悲劇四部作があって国名シリーズがある。後期の作品に関しては早川書房の印象が強いけど、これもいたずらに後期が衰亡の時期であるというふうに言ってしまってはいけない。それぞれの時期を持っているからこそエラリー・クイーンの偉大さがあって、そのすべてを含めてクイーンであった。彼はミステリの持つさまざまな層を抱えた作家であって、ミステリそのものと言える作家です。クリスティやカーと比べても特別な存在なんです。
桜庭 クリスティもカーも大好きなんですけど(笑)。二十歳くらいのとき、一日三冊読むくらいクリスティ中毒になってました。
北村 クリスティはどうしても、小説として読んじゃう。わたしは本を読むときの物差しがたくさんあるんですよ。ここで描かれているのは、小説として必要な人間なのか、ミステリとして必要な人間なのか。クイーンだと、後者の読みができる。そこに純粋さを感じて、しびれますね。
桜庭 あぁ、なるほど。
北村 クリスティもいい作家ですよ。『ABC殺人事件』だっけ? 「もっとおそろしいことがあるんですよ、△△だったかもしれないんです」あのセリフはなかなかすごかったなあ。クリスティはどれを読んでも満足させてくれます。これから読むという人に薦めるなら、『クィン氏の事件簿』。やや地味な一冊かもしれませんが、妙味あふれる作品なので。いわゆる名作『アクロイド殺害事件』とか『オリエント急行の殺人』を読んだあと、『クィン氏の事件簿』をお見逃しなく。
クリスティのほうが、より小説に近づいていますね。〈クイーン命〉の本格読者よりも、クリスティが好きな普通のミステリファンのほうが、圧倒的に健全でしょう?(笑)
桜庭 そういう価値観って今初めて聞いたので、びっくりしました。
北村 三島由紀夫も同様の趣旨のことを否定的な意味で言ってますけどね。『Yの悲劇』には小説として無駄な部分がある。そのまったく無駄に見える部分が実はミステリとして必要なんです。これが面白い。本格ミステリはやっぱり小説とは少し離れた構築物、知の構築物としての美観があるわけで、だから読むとき小説とはちょっと違った物差しがいるわけでね。そういう意味でミステリならではの喜びもあり、そしてまた哀しみもあるわけです。その「ミステリの十字架」を一身に背負った作家が、エラリー・クイーンだという。
桜庭 クイーンは読んだんですけど、結局はホームズに戻っていったくちです。ミステリとして書かれることによって、違った種類の人間ドラマが見えてくるところにエンターテインメント性と魅力を感じているので、私もやっぱり健全なんでしょうか(笑)。
以前にカーの何が一番好きかという話をミステリ好きの人としてて、「妖魔の森の家」とか『火刑法廷』
北村 『魔女が笑う夜』
こちらはミステリ的な美しさとか、一瞬のインパクトに賭ける、その精神そのものが嬉しいんだよね。その向き合い方、姿勢。ほかの人はとても書かない作品をカーが書いたということが。カー先生がレイモンド・チャンドラーに向かって「チャンドラーくんも、もう少し精進すれば良い作品が書けるだろう」と言ってチャンドラーが激怒した、という話を読んだときには「いいぞいいぞ、うちの親分も大したもんだ」と思いました(笑)。本格ファンとしては、快哉を叫んでしまいます。
桜庭 私はカーを一種のホラーとして読んでると思います。『火刑法廷』のラストが好きだったりしますし。カーの中のゴシックホラー的なところ、ドラマチックなところを拾って読んでるので、カーの初心者なんだろうなと思います。
北村 物差しが多いので、そういう見方もできますよ(笑)。いつもいつも〈本格命〉ではない。たとえば歴史ものなんか面白いでしょ。ほかの人とは全然違うものを書くので。『ビロードの悪魔』
桜庭 お互いニヤリとしながら固有名詞を言い合ってますものね。
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