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2017.08.03

【特別寄稿】ミステリ作家が観た「ももクロの杏果」と「アーティストの杏果」――「有安杏果の『勇気』」太田忠司


先日、ミステリ作家の太田忠司先生と打ち合わせをしていた際、ひょんなことから「有安杏果(ありやす・ももか)【註1】について書いてみたい」というお話をうかがいました。「有安……というと、ももいろクローバーZ【註2】のですか?」「はい、そうです。ソロコンサートの話が主となりますが」ももクロのファンであることは以前から承知していたので、その太田先生が書くまとまった文章なら、ぜひ読ませていただきたい!……とお願いしたところ、頂戴した原稿がこちらになります。ももクロをあまり知らない人のために最小限の註釈もつけました。どうぞご一読ください。(Webミステリーズ!編集部)


「有安杏果の『勇気』」
太田忠司  

 それは唐突なことだった。
 七月六日、「ももクロ試練の七番勝負2017」【註3】でのことだ。
 このイベントではももクロのメンバーひとりひとりが誰かと何らかのテーマで対談をするという構成になっていた。言わば一対一のタイマンだ。その中で有安杏果はブラザートム【註4】という対談相手と「フリートーク」というテーマを与えられた。
 これは彼女にとって相当の難題だっただろう。ファンなら知っているとおり、有安杏果は表舞台に立ったときはそれほど饒舌ではない。ももクロのメンバーと出演しているときには、他の四人が喋りつづけて彼女は一言も発しないというシーンを何度も見せられている。しかもブラザートムは自由闊達――と言えば聞こえがいいが、ときどきとんでもない方向から変化球を投げるような話しかたを得意とする人物だ。十年以上前に「ポンキッキーズ21」で共演しているから気心は知れているかもしれないが、どんなことを仕掛けてくるかわからない。事実、イベントが始まったときの有安杏果はかなり緊張しているように見えた。
 そして予想どおりのことが起きた。ブラザートムは開口一番「まず豪雨の被害を受けた福岡のひとたちに何か言いなさい」と彼女に言ったのだ。
 あまりにも正しく、真っ当であるがゆえに逃げることのできない課題をいきなり突きつけられた有安杏果はどうしたか。その場で椅子から立ち上がるとマイクを構え、アカペラで歌いはじめたのだ。



 歌ったのは彼女が作詞作曲した「小さな勇気」【註5】だった。これが僕には衝撃だった。
 なぜなら有安杏果は「自分のオリジナル曲は自分のソロコン以外では歌わない」と明言していたからだ(「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat~ Vol.1」パンフレットより)。
 突然の無茶ぶりで他にどうしようもなかったのかもしれない。このとき彼女は自分に課した禁を破った、ように見えた。
 だが違う。彼女はあの瞬間、「ももクロの杏果」から「有安杏果というアーティスト」に一瞬にして己を切り換えたのだ。ももクロ衣装を身に着けていても、あのときの彼女はソロコンで歌っていた有安杏果だった。
 その姿は僕に、あるシーンを思い出させた。

 それに先立つ七月二日。大阪オリックス劇場でのことだ。
 有安杏果初のソロツアー「ココロノセンリツ~Feel a heartbeat~ Vol.1」は六月二十三日の愛知県芸術劇場を皮切りとして名古屋・大阪・東京と三カ所で計五公演行われることになっていた。その日は大阪での二日目だ。
 じつは僕は、初日の芸術劇場公演も観ている。このソロコンの最初に立ち会っているのだ。たまたまチケットの入手順が逆になったため、地元の名古屋で観た後も大阪に出向くことになった。しかしそれを、僕は嬉しく思っていた。あの素晴らしいステージを二度も体感できるのだ。
 コンサートは若干曲順の入れ替えはあったものの、名古屋のときとほぼ同じ進行で行われた。
 ただひとつ、小さな、しかし重要な違いがあった。
 それはアンコール。彼女はここで、ここまで歌ってきた曲を逆順に、メドレーで歌った。まるで時間を巻き戻すように。しかもそれぞれの曲に違うアレンジを施しているので、単純な時間遡行ではなく多重世界に誘い込まれたような印象を受けることになる。それは名古屋でも変わらない趣向だ。
 違うのはその中の一曲、「小さな勇気」を歌いはじめたときだった。彼女はマイクを外し、地声だけで歌ったのだ。
 名古屋ではなかった、有安杏果の生声の洗礼を、そこで受けることになった。
 本当に衝撃的だった。彼女の澄んだ声は会場内に湧き水のように広がり、染み渡っていった。
 この曲、「小さな勇気」は昨年十一月に大分で行われた「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat~ Vol.0.5」のために彼女が作ったものだ。地震で甚大な被害を受けた九州のために、自分に何かできることはないかと考えた末に作られた。
 有安杏果が作った他の曲は、どちらかというと私小説的な色合いがあった。自分はどう思ってきたか、自分はどうしたいか、自分は何をするべきか、そんなことを歌っていた。
 しかし「小さな勇気」は違う。誰かのために声をあげ、誰かのために行動し、それが繋がってまた誰かの幸せになる。そのための勇気を僕らはもっているんだ、と彼女は歌う。
 その歌が今、彼女の声帯から発せられたそのままの姿で僕の耳に届いている。そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。
 この子は、なんなのだろう。なぜここまでのことができるのだろう。この子の歌は、どうしてただ歌というだけなのに力強く輝くのか。
 その声を聴きながら僕は、ここにひとり、まぎれもないディーバが誕生したことを確信した。

 ディーバ(diva)は日本では「歌姫」と訳される。オペラなどで卓越した歌声を披露する女性歌手を、そう呼ぶらしい。
 ラテン語では崇高な、とか、神がかった、といった意味合いがあるという。

「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat~ Vol.0」【註6】のブルーレイディスクを観たとき、「これは有安杏果というひとりの人間の歴史を見せてくれているのだな」と思った。
 初めてミュージックビデオに出演したときの曲、エグザイルと一緒に踊ったときの曲、現在の事務所で最初に入ったグループでの曲と、彼女の足跡を辿るような選曲だった。当然ももクロの曲も何曲か歌われ、いつものももクロと同じような客席の熱狂を起こし、「ももいろフォーク村」【註7】で培(つちか)ったスキルで洋楽をカバーし、その合間にオリジナル曲を歌う。これまで有安杏果が手に入れてきたもの、有安杏果を育ててきたものすべてを披露するステージだった。だからこその「Vol.0」だったのだろう。ここが出発点。でもまだ踏み出してはいない。
 次の「Vol.0.5」は観ていないが、基本的には「Vol.0」を踏襲したものだったようだ。ただひとつ、「小さな勇気」という新曲を除いては。
 この曲を作り出したことで、有安杏果は自分が何をするべきなのかをクリアにできたのではないだろうか。
「Vol.1」大阪公演二日目のアンコールで彼女は言った。
「自分の歌が悩んでいるひと、落ち込んでいるひとの心の支えになればいいなと思います(すみません、記憶で書いてるので彼女の言葉そのままではありません)」
 誰かのために歌う。
 ただ歌うこと、踊ることが好きで、好きなことに突き進んできた彼女が到達したのは、とても普通だけど、とてつもなく大切なことだった。
 そのために彼女は、歌い手としての自分を大きくしていったのだ。

 七月十三日に公開放送された「ももいろフォーク村ちょいデラックス」を会場で観ていて、あ、と思ったことがある。
 それは有安杏果と桐嶋ノドカ【註8】がBank Bandの「to U」を歌ったときだった。
 桐嶋ノドカの歌声は圧倒的だった。聖歌隊、合唱部、音楽大学と、シンガーとしてのエリートコースを歩み、その歌唱力に高い評価を受けている彼女に対して、有安杏果は互角か、ちょっと押され気味に感じられた。が、続けてももクロの「猛烈宇宙交響曲・第七楽章『無限の愛』」が始まると、状況が変わった。桐嶋ノドカの歌声がとたんに自信なさげになったのだ。
 それは彼女がこの歌を歌い慣れていないからという理由もあったかもしれないが、「無限の愛」のような歌を歌うことに彼女の喉が対応できないでいるように感じた。対する杏果は、歌い慣れてるということもあったが、先程の「to U」から即座に歌いかたをチェンジしていた。
 なるほど、この幅が彼女の最大の強みなのかと合点した。
 思い返してみるとソロコンで有安杏果は「教育」などももクロの活動の中で歌ってきた自分のソロ曲やももクロの曲を歌うとき、ももクロにいるときとは違う歌いかたをしていた。それはソロのために作ったオリジナル曲に合わせたものだった。彼女はいつの間にか、歌唱の幅を広げていたのだ。
 この幅の広さが、有安杏果の強みであり魅力だ。だから「試練の七番勝負」でのブラザートムからの無茶ぶりにも対応することができた。これはたぶん、ももクロというアイドルの中でもかなり異質な歩みを続けてきたグループにいたからこそ、身に着けることができた資質だろう。
 その武器を持って彼女は、ひとりのアーティストとしても大きな飛躍を遂げた。「Vol.1」でまぎれもなく、その着実な一歩を印したのだ。
 この先、有安杏果はどんな存在になっていくのだろう。いや、どうなっていくにせよ、僕は彼女に付いていくだけだ。彼女が力の限り歌うなら、僕は力の限りそれを見届けようと思う。

(あ、こんなに熱く語ってますけど、僕はももクロでは玉井詩織【註9】推しなんで)



【註釈】※文責:Webミステリーズ!編集部
【註1】有安杏果:ありやす・ももか。1995年生まれ。ももクロでのメンバーカラーは緑。歌・ダンスにおけるストイックさと高い技倆でグループのパフォーマンス面をひっぱる「小さな巨人」。2016年にミニアルバム『ココロノセンリツ♪ feel a heartbeat』でソロデビュー。作詞・作曲もするほか、ライブではギターやドラムなど楽器演奏も披露する。
【註2】ももいろクローバーZ:5人組女性アイドルグループ。通称ももクロ。2008年「ももいろクローバー」として結成、2010年メジャーデビュー。2012年に紅白歌合戦初出場、2014年には女性グループ初となる国立競技場でのライブを実現するなど、数々の記録と記憶に残る活動をしてきた。2017年は日本全国47都道府県を複数年かけて回るホールツアー「ジャパンツアー『青春』」をスタートさせたほか、東京・味の素スタジアムでの大規模ライブ「ももクロ 夏のバカ騒ぎ2017 -FIVE THE COLOR Road to 2020-」を8月5日・6日の二日間にわたり開催する。
【註3】「ももクロ試練の七番勝負2017」:7月6日に東京・渋谷のヒカリエで計6回おこなわれたトークイベント。インターネット配信サービスAbemaTVで中継・配信もされた。ももクロの5人が各界の著名人6組をゲストに迎え、最初はひとりずつ一対一、最後は全員でテーマに沿ったトークをするという趣向で、有安杏果は二番手として登場。
【註4】ブラザートム:タレント、歌手、俳優。バブルガム・ブラザーズとして紅白歌合戦にも出場。フジテレビの子供番組「ポンキッキーズ」にも長く出演し、「ポンキッキーズ21」時代の2004年から2005年にかけての一年間、シスターラビッツという番組内ユニットの一員だった当時小学生の有安杏果と共演している。
【註5】「小さな勇気」:熊本地震および東日本大震災のチャリティーソングとして各種音楽配信サイトで期間限定配信された楽曲。現在は購入不可だが、10月に発売される1stソロアルバム『ココロノオト』に収録予定。
【註6】「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat~ Vol.0」:2016年7月3日に横浜アリーナでおこなわれた、有安杏果初のソロライブ。映像ソフトが現在発売中。
【註7】「ももいろフォーク村」:CS放送フジテレビNEXTの番組「坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT」のこと。THE ALFEEの坂崎幸之助とももクロがホストを務め、生演奏をバックに古今東西のさまざまな楽曲を歌う生番組。後述の「ももいろフォーク村ちょいデラックス」は、この番組の公開放送を兼ねて東京・お台場のライブハウスZepp DiverCityでおこなわれたライブイベント。
【註8】桐嶋ノドカ:きりしま・のどか。1991年生まれの女性歌手。2014年活動開始、2015年メジャーデビュー。ももクロおよび有安杏果とは2015年、国立代々木第一体育館でおこなわれたライブイベント「GIRLS' FACTORY 15」で初共演。以降年一回ペースで共演している。
【註9】玉井詩織:たまい・しおり。1995年生まれ。ももクロでのメンバーカラーは黄色。楽器演奏やトーク司会なども見事にこなすオールラウンダーにして、加山雄三じきじきにお墨つきをもらった「ももクロの若大将」。


太田忠司(おおた・ただし)
1959年愛知県生まれ。名古屋工業大学卒業。81年、「帰郷」が「星新一ショートショート・コンテスト」で優秀作に選ばれる。『僕の殺人』以下の〈殺人三部作〉などで新本格の旗手として活躍。2004年発表の『黄金蝶ひとり』で第21回うつのみやこども賞受賞。『刑事失格』に始まる〈阿南〉シリーズほか、〈狩野俊介〉〈探偵・藤森涼子〉〈ミステリなふたり〉〈目白台サイドキック〉など多くのシリーズ作品を執筆。その他『奇談蒐集家』『星町の物語』『幻影のマイコ』など著作多数。 東京創元社での最新作は『優しい幽霊たちの遁走曲』



(2017年8月3日)




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