ラウンジ

2007.11.05

酔読三昧 【第20回】萩原香[2007年11月]

エレイン・ヴィエッツ『死体にもカバーを』は
崖っぷちヒロイン、ヘレンの転職ミステリ第2弾。
話のテンポも小気味いいし、
一種の業界ものでもあるし、これはお買い得。


萩原 香 kaori HAGIWARA

 

 うちのマンションにトラ猫が棲みついている。ノラのくせに妙に肥えているところを見ると住人の誰かが餌をやっているにちがいない。ここに引っ越してきたばかりの春の宵、がらがらがら、ベランダの網戸を前足であけてすたすた入ってきたことがあった。玄関に回れ玄関に。

 犬にしろ(拙稿第3回参照)猫にしろなんでこいつらこんなに傍若無人なのだ。たぶん前の住人が部屋に入れてやっていたのであろう。「こらあっ!」と一喝すると一瞬ひるむのだが、こちらを見上げてミャーミャー甘ったれた声を出す。その手に乗りますか奈良の大仏。

 しっしっ。癖になると困るから追い出した。多少うしろ髪が引かれないでもないが、あいにくバリカンで剃りあげているのでうしろ髪はつかめない。犬を飼うのは禁止されているけど猫ならいいかなあ、ふとそんな想いが脳裡をかすめたとたん嫌な記憶も顔をのぞかせてしまった。

 生後1ヶ月くらいの子猫を拾ったことがある。ボーダーコリーそっくりの黒と白で、まるで子犬みたいだった。まだ目があいてなくて、それでも手をたたくと離れたところからよたよた足もとまでやって来てお坐りをする。腹の上に乗せて一緒に寝もした。クロと名づけた。

 3日で死んでしまった。具合が悪そうなので獣医のところに連れていったら、生後1ヶ月にしては体重が半分もないと言う。衰弱しきっていたらしい。だから目もあいてなかったのか。獣医にあずけて帰ったところ、夕方「死んだ」と連絡が入った。大枚3万円払ってお骨にして供養してもらった。

 そこへいくとうちの亀はわたしより長生きしそうである。ときどき部屋に入れてやるのだが、目を離したすきをついて脱兎のごとく逃げだす。「カメちゃんや~い」と手をたたいてもあっちを向いている。なんで飼っているのか虚しくなる。

 そこでこのあいだサボテンを買ってきた。脈絡がないな。毛のように細い棘をわらわら生やした涙滴型宇宙船みたいなやつ。なんで買ったのか自分でもわからない。二日酔いだったからかなあ。こちらはぴくりとも動かないのでますます虚しい。

 気をとりなおして本の紹介といこう。

 ここのところ日本人作家ばかり紹介しているが、創元推理文庫といえば海外エンタテインメントの老舗ではないか。若いころは翻訳ものばかり読んでいたのになあ。反省して今回はお薦めの1冊だ。

 海外ミステリにはコージー系なるサブジャンルがある。たしか90年代に流行った4F――作者も主人公も翻訳家も読者もみな(4)女性(Fつまりフィーメール)――の系統だ。等身大ヒロインの生活感に溢れた日常を魅力的に描いているところがミソか。

 ジル・チャーチルの〈主婦探偵ジェーン〉シリーズやジェイニー・ボライソーの〈コーンウォール・ミステリ〉、レスリー・メイヤーの〈新主婦探偵ルーシー〉シリーズなどがそうだな。

 エレイン・ヴィエッツもその仲間だろう。『死体にもカバーを』は崖っぷちヒロイン、ヘレンの転職ミステリ第2弾。なにしろわけありの素性を隠してただいま南フロリダに潜伏中。読んでると事情はうっすらわかってくるのだが、電話もカードも口座も小切手も持てない。給料はいつもにこにこ現金払いのところにしか勤められない。

 デビュー作『死ぬまでお買物』では整形美人だらけの超高級ブティックだったな。そこで殺人事件に巻きこまれ(首を突っこみ)、しまいにはその店を潰して(?)しまうのだ。で、今回の転職先は書店だ。オーナーは成金の強突張り、同僚はひと癖ふた癖なくて七癖、客はなんとも変人トンチキぞろいと、この店もまた伏魔殿であった。

 新米書店員の時給はたったの6ドル70セント(800円くらい?)。でも働かなくては食べていけない家賃も払えない。なけなしの全財産はスーツケースに隠してある現金7108ドル(85万円くらい?)だけ。ちょっと前までは6桁(ウン千万円?)の年収があったのに。


 「ヘレン、どこに隠れた?」まったくどうしてあのウジ虫は、わざわざインターコムを使うのかしら。
 「奥でストリップしてます」おかげで、この会話は店中に丸聞こえだ。

 1ページめからこのツカミである。ウジ虫ぃ? ストリップぅ? 店中に丸聞こえぇ? ちなみにここで言うストリップとはあのすっぽんぽんのことではない。書店用語でペーパーバックの表紙をむしり取る作業のこと。売れ残りは廃棄処分にするからだ。

 それはともかく、案の定あのウジ虫ことこの書店のオーナーが殺される。動機はみんなにあるほどのしょーもない男。そしてヘレンはまたしても事件の渦中へ。ヒロインをはじめキャラが立ってるし、話のテンポも小気味いいし、一種の業界ものでもあるし、これはお買い得。ヴィエッツは機知と才気に溢れた作家である。

 ところでヘレンはかなりの「だめんず・うぉ~か~」だ。事件のさなかにもロクデナシ(それも2人)にあっさりひっかかる。これはご愛嬌だな。生活苦、男性苦、逃亡苦の三重苦と闘うこのヒロインにエールを贈ろう。しかもこのシリーズ、巻を追うごとに勤め先を潰すスケールが大きくなってゆくそうな。これじゃ〈潰し屋ヘレン〉、コージーとは言えんかなあ。まあいいか。

 ついでにヘレンは猫を飼っている。縫いぐるみみたいな銀と白の〈親指サム〉は体重4.5キロのもっこりだ。前足はキャッチャーミット並みでなんと6本指。ヘミングウェイが飼っていた6本指の猫の末裔だそうだがガセらしい。

 クロそっくりな猫ならまた拾ってもいいか。名前はもちろんクロ。

(2007年11月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。

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