ラウンジ

2007.10.05

酔読三昧 【第19回】萩原香[2007年10月]

有栖川有栖『女王国の城』は、シリーズ前作
『双頭の悪魔』から15年ぶりに書き下ろされた大作だ。
堅牢な構成、周到な伏線、
緻密なロジックに堪能することしきり。


萩原 香 kaori HAGIWARA

 

 ふと思い出した。まだ20代のころ。何かの仕事で大阪に行った帰りのことだ。当時の新幹線はひかりが最速だったかな。そのひかりに乗って夕飯どき、車内販売のきれいなお姉さん(は好きです)から「うな重弁当」を買った。ついでに缶ビールも。

 だいたいスーパーで買うウナギはゴムのようによく伸びる。まさかこいつもそうではなかろうな。缶ビールのプルトップを引きあげ、「うな重弁当」の包装を丁寧に解き、ビールをひと口飲み、いずこからか湧きいづる涎をすすりつつ弁当の蓋をあけ

 ない。

 ないです。

 白いご飯はちゃんと盛ってある。タレもしっかりかかっている。かすかにいい匂いもする。しかし

 ねぇーよぉ。

 ウナギの、蒲焼きの、あの方形の、影も形もありゃせんのだ。

 しばし硬直。死体の気持ちがよくわかる。リンゴの気持ちはよくわからない並木路子。振り返れば奴がいるYAH YAH YAH車内販売のお姉さんはいない。となりの車両に行ってしまった。戻ってきたときに事情を話しても信じてもらえんだろう。いちゃもん、難癖、はたまた恐喝のたぐいにしか見えんか。

 きれいなお姉さんに軽蔑されるだろうな警察が来るだろうな「そんな子に育てたおぼえはない」お袋が泣き崩れるだろうな懲役3ヶ月ぐらいかなハクがつくだろうないっそのことヤーさんになっちまうかな

 あらぬことがレミングの大群のように頭のなかを駆けめぐっているうち、ぐーとおなかが鳴ったのでタレの染みこんだ白いご飯はおいしくいただきました。ビールも旨かったな。ほっとひと息。

 いまになって考える。あれはいったい何だったのかと。消えた蒲焼き。包装はちゃんとしていた。自分でも気づかずに食べてしまっていたということもない(はずだが自信はない)。製造過程でどこかのパートのおばちゃんがくすねたのだろうか。鷲づかみで喰ったのかい。

 いまだに謎だ。こういうのを「日常の謎」と言うのか。北村薫だ加納朋子だ坂木司だ大崎梢だ錚々たる面々だ。ミステリ作家の先生がた、こぞってこの謎を解いていただけませんかいかがですか。若竹七海・他『競作 五十円玉二十枚の謎』と違って売れそうにもないが。

「非日常の謎」で代表的なのはUFOだな。70年代がブームであった。『未知との遭遇』(1977)がその掉尾を飾った。最近とんと飛ばなくなったみたいだがどこでどうしておるのか。元気か。乗っているのは当然エイリアンだろう。まさかすでに地球の一部地域住民になりすまし、その友だちの輪をじわじわ広げつつあるのではあるまいな。

 ジャック・フィニイの『盗まれた街』は侵略テーマSFの古典だ。何度も映画化されている。ニコール・キッドマン主演の『インベージョン』(2007)は3度めのリメイクか。彼女の美しさは絶品である。ゴシック・ホラー『アザーズ』(2001)はいわば叙述トリック。ブルース・ウィリスの『シックス・センス』(1999)もまたしかり。

 そういえば、中学生のころ大好きだったTVドラマが『インベーダー』(1967~68)だったな。クールなデザインのアダムスキー型円盤が地球をめざす冒頭のシーンから釘づけ。人間そっくりのエイリアンたちは秘かに地上に降り立ち、つぎからつぎへと本物の人間と入れ替わってゆく。その事実に気づいたのは建築家のデビッド・ビンセントただ1人。

 彼はこの隠微な侵略を世に知らしめようとするのだが、むろん誰も信じてくれない。かくして孤独な男は町から町へとさすらい、行く先々でエイリアンとの闘いが続けられるのであった……

 懐かしいよなあ。これを観てから銭湯に行ったんだもんなあ。銭湯には刺青もんがごろごろいてさ。それはともかく、実はエイリアンたちにはひとつ欠陥がある。右手だか左手だか忘れたが小指が曲げられないのだ。ぴんと伸びたままなのである。彼らを見分ける唯一の手がかり。あなたが噛んだ小指が痛い♪ 関係ないし古くさいなこの筆者。

 この小指云々のくだりが、有栖川有栖の『女王国の城』に出てくる。え、なんでどうして? 我が国のエラリー・クイーン、本格ミステリの驍将にインベーダーの小指って? それは作者のちょっとした諧謔。思わずにやりとさせられた(P121参照)。なにしろこの作品は、UFOに乗った救世主の降臨を待つ新宗教〈人類教会〉の総本山が舞台なのだ。

「ちょっと遠出するかもしれん」英都大学推理小説研究会の長老、江神二郎はそう言いおいて姿を消した。どうやら彼は〈人類教会〉の総本山に赴いたらしい。入信? まさか。ではいったい。江神の身を案じるアリス(有栖川有栖)とマリア(有馬麻里亜)、そして就活組の織田、望月の面々もまたそのあとを追う。

『月光ゲーム――Yの悲劇'88』『孤島パズル』『双頭の悪魔』に続くこのシリーズ第4作は、前作から15年ぶりに書き下ろされた大作1300枚だ。

 木曾の山奥のかつての寒村はいまや信徒の〈街〉と化していた。居並ぶ近未来的な建築物。この聖地に聳える総本山もまたUFOを思わせるような偉容の〈城〉。これを統べるは若く美しい女性宗主。教団は奇矯な宗旨ながら穏健な活動を続けて発展しているが、内部分裂の兆しも芽生えているという。

 やがてアリスたちは〈城〉のなかで江神と再会を果たす。なぜここに来たのか? と、答えを聞く間もあらばこそ、教団幹部の1人が不可解な状況下で殺されてしまう。分裂の果ての犯行? だが〈城〉の門は閉ざされ、教団は警察への通報を拒絶し彼らは軟禁状態に。やがて次なる殺人が――犯人はこの〈城〉のなかにいる。

 ここから逃れるには連続殺人事件を解決するしかない。仕掛けられたトリックを見破り、犯行の動機を焙りだし、真犯人を追いつめろ。閉ざされた〈街〉そして〈城〉という壮大な二重の密室のなかで、江神たちの推理は脱出への糸口をたぐり寄せられるか。

 さすがは有栖川有栖。堅牢な構成、周到な伏線、緻密なロジックに堪能することしきり。かてて加えて、もはや留年がきかない江神、発展するのかアリスとマリアの恋(?)、就活はうまくいくのか織田+望月の迷コンビ、の行く末やいかに。シリーズ第5作は完結編との噂。彼らもまたどのようなそれぞれの〈卒業〉を迎えるのだろう。ファンにとっては気がかりで気もそぞろなのである。

 で、小指の話だが。インベーダーのエイリアンが日本にも潜入していたとして、ヤーさんと入れ替わったとする。だがこのヤーさんには、ままあることらしいが小指がなかったとする。どうやって見分けるのだデビッド・ビンセント。

(2007年10月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。

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