ラウンジ

2007.09.05

酔読三昧 【第18回】萩原香[2007年9月]

秋梨惟喬の『もろこし銀侠伝』は、中国武侠小説の結構に
本格ミステリの巧みを綯(な)い交ぜた連作集。
滝田務雄の『田舎の刑事の趣味とお仕事』は
思いっきり脱力系、腰が抜けるぞ。


萩原 香

 

 まずはお詫びである。前回原稿落としました先月更新できませんでした(あ、そうだったの)。なにせ猛暑で呑み会がオンパレードのへべれけで刀折れ矢玉尽き〆切に間に合わせられなんだ。拙稿を楽しみにしていた全国たぶん5人くらいのファンの皆さんごめんなさい。もう2度としませんからまたやるかも知れんな2度あることは3度4度。担当の顔も3度まで。仏かい。

 とはいえ1行も書かずに呑んだくれていたわけではない。400字で2枚までは書いたのだ。もったいないしせっかくだからまずそれを載っけよう。

 ――急に、茹でタマゴが食べたくなった。

 知り合いのデザイナーと朝まで呑んでべろべろになり、我が家に帰り着いたもののリビングの床にダウンし、午後2時まで転がっていて目が覚めるやビールを買いに走り、いままたこうやって酔っ払っている。脳味噌が高野豆腐になった感じだ。どんな感じだ。

 手もとには荻原浩さんの『サニーサイドエッグ』がある(上手いなあ面白いなあ)。エッグカップに入った本物のタマゴが煙草をくわえている表紙だ。じっと眺めていたら食べたくなったのである。

 早速お湯を沸かす。おいしい茹でタマゴのレシピを紹介しよう。沸騰したお湯にタマゴを入れてきっちり8分。白身はぷるぷる黄身はとろ~り半熟。最高に旨い。何個でも食べられる。10個喰ったこともある。気持ち悪くなった。

 その日の夜は、隅田川花火大会のTV中継を観ながらバーボンをストレートでぐびぐび。脳味噌は絹ごし豆腐になった感じ。だからどんな感じだ。そのうち雪花菜(おから)のようにぼそぼそになったりしてなあ。

 しかしよく記憶が飛ぶよなあ。ここのところ酔っ払うとその度合いが激しくなってきたように思える。待てよ。なんだ素面のときだってけっこう飛んでいるではないか、ということに気がついた。わはははな~んだ心配することないではないか。酔っ払っても素面でも記憶が飛ぶんなら同じじゃないか。とても心配なことではないか。

 とはいえ、こんな酒ボケのまんま仕事もなーんもしなくて起きては呑み呑んでは寝、酒のあいまに読書し映画観つつヘヴィメタル聴きながら一生過ごせたらいいだろうなあ。中年になってひきこもってしまうのも魅惑的ではある。家族にふくろ叩きだろうなあ。金稼いでこいってか。

 ひきこもりとくれば、坂木司の『青空の卵』に始まる3部作がまず思い浮かぶ。柴田よしき『朝顔はまだ咲かない――小夏と秋の絵日記』では、主人公の小夏は19歳の女の子。いじめが原因で高校を中退し自宅マンションの一室に閉じこもったまま。外の世界とのパイプは親友の秋だけ。この2人が織りなす友情と成長の物語は初々しく清々しく微笑ましい。

 目から鱗のフレーズがあった。「あたしは絶望しているわけではなかった。外の世界を嫌悪しているわけでもなかった。けれど、外に出たいと思わないのだ。……結局、あたしが本当に答えが欲しいと思っている問いは、どうして外に出たくないのか、ではなくて、なぜ外に出ないといけないのか、なのだ」

 う~ん、そうかこういう発想もあるのか。そうだよなあ。「なんで働かなきゃならんのかわからん」喰うためだろうが――

 ここまでが前回分の書きかけ。よしこれで枚数けっこう稼いだな。では今回分。

 さて相も変わらず酔っ払ってご帰宅のおり、マンションの通路の足もとをふと見やると、なにやら黒いものが6本の肢をじたばたさせている。瀕死のゴキブリだろうか迷惑な。酔眼を近づけるとなんとメスのカブトムシではないか。仰向けに転がってて自力では起きあがれないらしい。

 よく飼ったよなあカブトムシ。幼い日の思い出が走馬燈のように甦る。キュウリとかスイカやったよなあ。すぐ死んじゃったけど。こいつももう弱っているんだろうか。だからこんなコンクリの床であがいているのか。どれどれ、と手を差し伸べるとかじりついてきた。6本の肢のとげとげがちくちくと痛くてこれも懐かしい。

 すっかり少年(の酔っ払い)に戻ったわたしはカブトムシを連れ帰り、使っていない植木鉢に入れてさっそくキュウリをやってみた。さっそくカブトムシもかぶりつく。命の最後の炎を燃やしてるんだろうなあ袖摺りあうも多生の縁。最期を看取ってやるかね。

 数日後、やはり酔っ払ってご帰還のわたしが家に入ると、服になにやら黒いものがくっついているではないか。ゴキブリだろうか非常識な。酔眼を近づけるとなんとまたメスのカブトムシ。部屋の隅に目をやると、先日のカブトムシは植木鉢でキュウリに頭をつっこんでいる。間違いないアル中の幻覚でもない2匹目のドジョウだカブトムシだ。

 やむをえまい。あくる日、近くのホームセンターへ飼育ケースと腐葉土を買いに走った。ついでに昆虫ゼリーなるものまで。キュウリやスイカは水分が多すぎて下痢してしまうと知った。バナナは格好の餌だがすぐ傷む。昆虫ゼリーなら個別のカップで手間いらず。イチゴ味、バナナ味、メロン味といろいろあってなかなか美味である。ちょっと食べてみた。

 というわけで、我が家にはいま2匹のカブトムシがいる。たいへん元気である。死にそうもない。餌代がかさむ。メスばっかりでモテモテなのはいいがオスもどこかに転がっておらんかな。

 昆虫といえば『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)は痛覚を刺激する。昆虫型エイリアンが支配する惑星に人類が闘いを挑む一見おバカSF戦争アクション。ブゥゥゥーン、じゃなくてグオォォォォーンて飛んでくる巨大昆虫の鋭利な羽根(?)でスパーッと人間の胴体バッサリなんて鳥肌もん。バガボンドかい。監督があのポール・バーホーベンだからねえ。『ロボコップ』(1987)もそうだったけど、エンタテインメント作っていながらエンタテインメントの能天気さを揶揄する仕掛けがたっぷりでした。

 ところで巨大な虫、大虫とは中国故事では虎のことである、とは高島俊男『水滸伝の世界』の受け売り。『水滸伝』108人の豪傑の1人、顧大嫂なる女傑の渾名が母大虫、つまり牝虎というわけだ。というわけで話がつながった。本の紹介にとりかかろう。

 中国は古の、つまり『水滸伝』の時代かな、時の首都臨安の城市で大店の主人が毒殺された。しかしこの人物、武芸に秀で“殺三狼(しゃさんろう)”なる秘技の達人。日ごろより刺客への用心怠りなく、口にするものすべてを毒味していたほどだ。ではいったい誰がどうやって。つまりこれはハウダニット。

 秋梨惟喬(あきなしこれたか)『もろこし銀侠伝』は、中国武侠小説の結構に本格ミステリの巧みを綯(な)い交ぜた連作集だ。中編「悪銭滅身」も連続毒殺事件を描いたハウダニット。梁山泊随一の色男、浪子燕青若かりしころの雄姿が活写されている。そういえば副大将玉麒麟廬俊義も出ておったよな。

 しかしなんだな。『水滸伝』は近代的な小説作法からすればめちゃくちゃだが、国家権力に取りこまれて官軍となり、殲滅戦に駆り出された梁山泊軍108人がつぎからつぎへと死んでゆくくだりになると、これはもう英雄悲劇だ古典だ歴史に残るのも宜(むべ)なるかな。いちばん好きなのは黒旋風李逵だなあ。

 なお収録作「殺三狼」は第3回ミステリーズ!新人賞を受賞している。おめでとうございます。そして同時受賞が滝田務雄(たきたみちお)の「田舎の刑事の趣味とお仕事」だ。おめでとうございます。短編集『田舎の刑事の趣味とお仕事』は思いっきり脱力系、腰が抜けるぞ。

 鄙びた田舎の暇な警察署。巡査部長の黒川鈴木は姓が並んだような名前だが生真面目ひと筋の人物。そんな彼の前に、ワサビ盗難やらコンビニ立て籠もりやらトーテムポール損壊やらの事件が立ちはだかる。部下の白石というのが思いっきり無能な(と彼は信じている)ので、彼の精神状態は常に不安定である。

 その不安定な精神状態の均衡を破るのが黒川の奥さんだ。「田舎の刑事のウサギと猛毒」では、ウサギの縫いぐるみを携えて現われる。名前はウサ丸くんという。この奥さん、どうも腹話術が得意らしい。むろん黒川にとっては初耳だ。以下引用。

 ……妻は大きくうなずいてウサギの頭をなでた。「あなた、ウサ丸くんなら大丈夫ですわ。この子はやればできる子ですもの」「そうですか、ウサ丸くんはやればできる子ですか」理由はよく説明できないが、黒川は無性に泣きたくなった。「あ、いい年をして泣きそうになってるぜ、こいつ」

「な、泣きそうになんかなっていませんよ」「うわあ、声裏返った、カッコ悪すぎ」「裏返っていません、絶対に裏返っていません」「ムキになるなよ。バカ丸出しだな」「バカじゃないもん。ボク、事件とか解決しているもん」黒川がウサギにいじめられているところへ……

 この奥さんは“天然”で得体が知れない。笑えて怖い。もっと黒川夫婦のかけあい漫才が読みたいものだ。

 さてと、カブトムシの餌を取り替えてやらんと。あ、しまった。カブトムシにかまけてうちのカメに餌をやるのを忘れていた。わかったよ水槽でばたばた騒ぐなって。世話が焼けるなあ。おちおち酒も呑んでおられん。

(2007年9月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。

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