ラウンジ
2006.12.05
酔読三昧 【第10回】萩原香[2006年12月]
萩原 香
今年もあとわずかである。忘年会の季節である。わたしなんぞいつも忘日会である。休みの日は昼間から缶ビール片手に映画を観るのが楽しみなのである。
このあいだ『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)を観てしまった。映像、つまり絵は美しかったな。それだけ。DVDのレンタル代390円也。最近、トム・ハンクスとティム・ロビンスの区別がつくようになってきた。下手すりゃどっちもニクソン顔じゃないか。違うか。
それから『隠された記憶』(2005)というのも観た。それだけ。「カンヌ映画祭監督賞受賞」とか「全世界が驚愕した深層心理サスペンス」とかに釣られた。DVDのレンタル代390円也返せよな。英語タイトルは「HIDDEN」か。カイル・マクラクランの 『ヒドゥン』
(1987)のほうがよほど面白いぞ。あ、どうせこちとらB級映画好き親父だけど。
そういえばジャック・パランスが死んでしまった。『シェーン』(1951)の悪役ガンマン。こんな迫力のある面構えの俳優っていなくなったなあ。蟹江敬三さんがいるか。ふたたびごめんなさい。ファンですから。まあ怪優ならクリストファー・ウォーケンだろうなあ。『マウス・ハント』
(1997)でちょい役なのにネズミ退治専門業者を嬉々として演じていたもんなあ。
と、ここまで書いたところで某宴会に出席のため中座。
で翌朝、バーボンと焼酎とビールと赤ワインと日本酒をチャンポンにがぶ呑みしたので3日酔い。洗面所の鏡を覗くとまあ死神が取り憑いたような顔しとるではないか。「男たるもの四十路を過ぎたら自分の顔には責任を持たなくてはいけない」はい、持ちたくないです。
鏡の向こうの顔を見ていて、レオン・スピリアールトという画家を思い出した。彼の自画像は「孤絶」を顔に貼りつけたような異形のものばかり。ぽっかりあいた虚無の穴を覗きこんでいるかのような気分になる。危ない。眺めていると青木ケ原樹海に行きたくなってくる。じゃあお弁当は、おむすびを海苔でくるんで厚焼き卵と缶ビールも1パックほど持って。大丈夫かわたしは。
迎え酒が旨いからまだ大丈夫。
顔の話のついでに、いしいひさいち『女(わたし)には向かない職業』の藤原センセを見てると鈴木京香さんが思い浮かぶな。しかし藤原センセの酒ボケぶりは他人ごととは思えない。女性の酒豪は男のそれをはるかに上回る。酔っ払って階段を転げ落ち、金網入りのガラス戸を突き破ってかすり傷ひとつなし、という某女優の逸話もあるくらいだ。もっともわたしも、酔っ払って工事中の縦穴に頭から落ちて怪我なしという経験があるが。
それはもかく、いしいひさいちは偉才だ。ギャグ・センスは言わずもがな。同じ絵描きのはしくれとして嫉妬する。しゃかしゃか描いているようでいて、きっとしゃかしゃか描いているのだろうが、描線がぴたりと決まっている。この腕は半端じゃない。まさか下描き抜きのフリーハンドじゃなかろうなあ。足もとにも及びません。
と、またもやここで忘年会が入って中座。何日かけて書いているのだ。
で翌朝、ビールと米焼酎と芋焼酎とバーボンの軽~い2日酔いで筆が進まんな。ちょっくらビールをひと缶。すごいな同時進行エッセイだな『24-TWENTY FOUR-』だなだなだなだな。琥珀エビスはなかなかの味で254円也。
描線の話で言えば、異才中の異才、諸星大二郎のそれはがりがりと刻みこむようだ。ブラックユーモア・カトゥーンの鬼才ローラン・トポル(トポール)に近いか。『グリムのような物語/スノウホワイト』は粒選りの諸星版暗黒童話集。その換骨奪胎ぶりはさすが。この作家性は貴重である。
グリム童話とくれば、ダーク・ファンタジーの奇才ジョナサン・キャロルの『炎の眠り』は逸品だ。なにしろ小説の結末あたりで、あの「赤ずきんちゃん」が出てきてとっても怖いことを言う。そこから広がる底知れぬ悪夢の世界。なんだいま品切れかい。じゃあまずデビュー作『死者の書』から読んでいただきたい。なんてことない話に見えて、そのなんてことなさのタガがどんどん外れていってしまいにはアッと驚く大どんでん返し。悪夢だ。
そうだ「赤ずきんちゃん」映画なら『狼の血族』(1984)だな。エロティックで土俗的で幻想的な映像美はまた格別。脚本はなんとあのアンジェラ・カーター、と思ったら彼女の『血染めの部屋――大人のための幻想童話』に原作が収められていた。ついでだが『グリム・ブラザーズ/スノーホワイト』
(1997)の継母シガーニー(シガニーじゃないんだ)・ウィーヴァーはエイリアンより怖い。
ところで映画の映像美は絵画に通ずる。バーボンをちびちび舐めながら好きな画集を繙く。なんと優雅な趣味ではないか。わたしの場合はがぶがぶやりながらばらばらめくるのだが。へべれけになっても映画や画集は観られるが本は読めないな。辛いところだ。
イヴ・タンギーというシュルレアリスムの画家が好きである。ダリやマグリットやキリコほどに有名ではない。鉱物だか軟体動物だか得体の知れないものが地平線まで埋め尽くしている「弧の増殖」という作品は魅惑的だ。これに触発され、しかもお題を「狐の増殖」と勘違いして「狸の増殖」なる絵を描いたことがあった。タヌキがキャンバスを埋め尽くすやつ。みんなの嘲笑を博した。今は昔の話。
我が国では葛飾北斎か。大枚はたいて『初摺・北斎漫画(全)』を買ってしまった。浮世絵ではない。人物、動物、植物、風景など森羅万象を網羅せんとしたスケッチ集である。これこそ下描きなしの筆写。そのコミカルでデフォルメの効いた描線はためらいなしの一気呵成。そしてたった一本の線が生み出すリアル。まさに天才中の天才の神業。
いしいひさいちの描線の淵源は北斎にあり、と言ったら言いすぎになるであろうか。言いすぎたら人間ごめんなさいをしなければいけない。べつに謝る気もないが、いしいひさいちの「地底人対最底人」シリーズは傑作だな。『文豪春秋』も『忍者無芸帳』も可笑しい。『バイトくん』時代からのファンだったが、これからも頑張っていただきたい。
さてと。ここでご報告。荻原浩さんの『サニーサイドエッグ』〈ミステリーズ!〉連載も12月発売号をもって終了です。わたしも緊張と興奮と愉悦と酒まみれの全12回、拙い挿絵をつけさせていただきました。来年の夏ごろには単行本化されるとか。乞うご期待!
と、ここで♪♪♪♪♪♪♪♪と電話が。またしても呑み会のお誘いであろうか。家人はもう帰ってこなくともよいと言っている。脳裡に松村和子(いまどこでどうしている興味はないが)の『帰ってこいよ』のメロディが流れはじめた。じゃ。
■ 萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
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