ラウンジ

2006.11.06

酔読三昧 【第9回】萩原香[2006年11月]

わたしの得意技は
ルー・テーズ式のバックドロップである。


萩原 香 kaori HAGIWARA

 

 どんなに酔っ払っても自宅にはちゃ~んと帰り着く。どうだすごいだろと自慢したいところだが残念でした脳みそには「帰巣回路」みたいなものが作られていて、酔いとは無関係に活動してくれるおかげだそうだ。な~んだじゃあ誰だって帰れるわけか。しかしということはつまりいくら呑んでもいいということだなよしよし。

 かつて知り合いの編集者が酔っ払ってガイジンとストリートファイトをし、バックドロップを見舞ってやったと自慢げに話していたことがあった。ちっちっちっちっどうせ相手の股に手をかけて抱えあげ一緒に倒れこむタイプのやつだろ。たいして効かんのよなあ。

 ちなみにわたしの得意技はルー・テーズ式のバックドロップである。相手のウエストに両腕を絡みつけエビぞりざま真うしろに叩きつけるタイプ。昔は岩石落としと言った。12チャンネルの『プロレス名勝負物語』(だったかな忘れた)を喰い入るように観ていたのは中坊のころだったか。黄金期のアメリカン・プロレス。

 後方回転エビ固めのパット・オコーナー、瞬殺コブラツイストの創始者サイクロン・アナヤ、シュミット式バックブリーカー元祖ハンス・シュミット、膝蹴りキチンシンクのジン・キニスキー、耳殺ぎニードロップのキラー・コワルスキーって猛者ぞろいのなかでもルー・テーズは偉大な鉄人であったな。神様はカール・ゴッチだ。

 高校の体育の時間のとき級友にこのバックドロップをかけて失神させたこともあった。ごめんなさいごめんなさいよ。卒業以来ご無沙汰いたしておりますがその後お変わりございませんか脳腫瘍なんぞできてはおりますまいな。できててもあの日のことは思い出さないように。

 こちらだって小学生のころ級友に文鎮(いわば鉄の棒だな)で思いきり頭を殴られたことがある。もちろん気絶。通りがかった先生に首をつかまれ2、3回ぶんぶん揺すられ「あーだいじょうぶだいじょうぶ」と言われた。なにがだいじょうぶなもんか。おかげでアタマがいかれて今日に至ったしだいではないか。

 それはともかく親父が大のプロレス好きだった。またまたう~んと小さいころ、家にテレビなんて贅沢なものもないから近所の蕎麦屋によく連れていかれて中継を観ていた記憶がある。力道山だとかシャープ兄弟だとか。『チャンピオン太』なんて漫画もあったな。

 中学時代はたしか国際プロレス華やかなりしころ。なにしろビル・ロビンソンが人気で決め技の人間風車なんてあなたカッコ良くてねえ。逆フルネルソン(?)でこれまたエビぞりながらのスープレックス。昼休みのたんびに学校の砂場で級友をほん投げておったもんです頭が砂まみれでじゃりじゃり。

 そのころ4つ上の兄貴は高校生で柔道部。帰ってくると六畳間で稽古の相手をさせられ投げまくられた。しまいにプロレスごっこになってこうなると最後はわたしが寝技で勝つ。そんなこんなで毎日どったんばったんやってるうち根太(注:ねだ→家の床板を支えるふと~い横木)がぼっきり折れてしまった。やだねえ木造家屋のウサギ小屋は。

 親父の怒るまいことか。「ばかやろお修理に13万円(昭和40年代当時)もかかったんだぞお!!!!」そうですかそうですかひたむきな青少年の育成のためなら安いもんじゃないですか。親父とっくに死んでるが成仏してるだろうな。出るなよ。

 どうもプロレスというのは昔から世評がよくない。いかがわしいからだろう。だがそのいかがわしさこそが魅力なんだが。だいいちいかがわしくない職業なんてあるのかね(あるのか)。と言いつつこの流れからすれば当然プロレスがらみの小説を紹介せねばならないのだが、これがなかなか。

 あった。伯方雪日の『誰もわたしを倒せない』だ。

 プロレス業界で起こる殺人事件。これに挑むは格闘技マニアの新米刑事。そして彼の推理の指南役が天才新人レスラーとくる。奇を衒っただけの素材としてプロレス/格闘技が選ばれているわけではない。行間から作者の愛着とこだわりが伝わってくる。わたしにはわかる。

 で、えーっプロレスなんてと引いてしまうあなた。騙されたと思って読んでごらん。騙されるから。前にも触れた桐野夏生の『ファイアボール・ブルース』が凛としたハードボイルドの秀作なら、こちらは由緒正しい骨格の本格ミステリだ。とにかくトリッキィ。

 第1話「覆面(マスク)」――ここで使われる××トリックには「おっ」と声が出た。しかし待てよ。第2話「偽りの最強」――ふうん。あれ待てよ。第3話「ロープ」――「あっ!」と仰天。3話目だからこそ成立する××トリックだ。とはいえ待てよ。第4話「誰もわたしを倒せない」――なるほど大仕掛けだなあ。でも待てよ。

 ちょっと待てよ。ここまで読み進んでわたしの首は右45°に傾いていた。どこか変だなあ。だいいちあれとこれとそれはどうなった?

 ちゃんとカタがついて…「エピローグ」を読んで首がしゃきっとなった。小説のあちこちで釈然としない部分、積み残しがあったのだがここで一挙に収斂し解明される。

 そうか連作の枠組みをうまく使いよったなこの作者。いくつかの鮮やかなトリックは見せ技で最後にとっておきの決め技か。冒頭から結末まで周到に企まれた構成にスリーカウントをとられてしまった。騙される快感は本格ミステリならではのもの。

 それに主役(と言えるな)の天才新人レスラーの造型がいい。この人物のカリスマ的存在感は捨てがたいな。カリスマといえば『ファイアボール・ブルース』の火渡抄子がカッコ良かった。モデルは神取忍とか。そしてこの神取を軸に取材したのがいまは亡き井田真木子の傑作ノンフィクション『プロレス少女伝説』。プロレスなんてーってまだ言ってるあなた、これも読んでごらん。著者の凛とした佇まいが伝わってくる。

 そういえば先日キム・イル大木金太郎が死んだ。享年77歳。力道山がいちばん可愛がっていたとも言われ原爆頭突きでボボ・ブラジルと頭突き合戦を繰り広げた。うちの叔母さんはボボ・ブラジルに顔がそっくりだったな。その叔母さんも死んじまった。出ないでね。

(2006年11月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。

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