ラウンジ
2006.10.05
酔読三昧 【第8回】萩原香[2006年10月]
萩原 香 kaori HAGIWARA
ついこないだ。とある集まりで中国の強い酒をがぶがぶ呑んで椅子から転げ落ちてしまった。意識ははっきりしていたはずなのに腰が抜けたのだ。妙齢の美女がいたのに生涯の恥である。ざまあみろ。というわけで、後悔してないわけもないではなくいまビール+生卵の迎え酒をやっている。
そう長くはない残りの人生このままだと真っ暗ではないか、とはふとそう思う。のであるので来し方の思い出話にでも耽って反省してみようか。反省してなんとかなるもんなら苦労はないし、昔はよかったなあなどと言う気はさらさらないが。
昔話というと、少年時代井上陽水、青春時代森田公一とトップギャラン、学生時代ペギー葉山の御用邸などなどが思い浮かばれるのでありますが、私鉄沿線野口五郎なんてのもあったりして明大前で志垣太郎(俳優ね)を見かけたな。テレビで見るのとそっくりなので驚いた。
うんと小さいころ、4つ上の兄貴やその友だちらに大福(おまんじゅうね)を買いにやらされた。「だいふくくださーい」行かされたのは近所の電気店だった。「売ってないってー」戻ったら兄貴たちがゲラゲラ笑っていた。こういうことするとPTSDに罹るんだよ。
そのせいか幼稚園児になって詐欺を繰り返した。近所の駄菓子屋にはクジ付きの菓子があった。当たるともう1個その菓子がもらえるのだ。店番のおばさん(いつもおねーさんと言えと怒られたな)はいつもあっち向いてるから「おばさーんあたったよー」と菓子をくすねても発覚はしない。
で毎度のこと、菓子をよけいにくすねて店を出ようとしたところに、なんと兄貴が立っているではないか。仁王のことはよく知らないが仁王立ちというやつだ。「おまえなにやってんだっ! 返してこいっ!」このときばかりはさすが年の功だなー小学生の兄貴は偉いなーと思った。それでも大福の恨みは忘れまじ。
この事件のおかげでまっとうな幼児になったかというとそうはイカのとんちき。ピカピカの小学1年生になったもののまったく宿題をやらない。「しゅくだいはー?」「ないよー」家に帰るや母親を騙しつづける。そうこうしているうちに担任の先生から紙切れを渡された。「お父さんかお母さんに見せるのよっ」ははあん、バカではないから(ほんとか)ピンと来る。もちろん手紙は教室でこっそり破り捨てた。
ところがどっこい幼児は幼稚。破り捨てたのは机のなか(教科書とか入れるあのスペース)。あくる日、担任の先生と両親に怒られまいことか。それ以来まじめに宿題はするようになったな。しかし当然いたいけな子供の屈託は別な捌け口を求めるものだ。
あのころ2B弾というものが売られていた。花火というよりミニ爆弾みたいなやつ。爆竹か。これを大量に買いこんで空き地でパンパン爆発させるのが日課になった。そのうち近くの家の玄関に投げこむのが面白くなって、しまいにパトカーが来てしまった。どこのどいつがチクったのだ。こんこんと説諭されて解放されたものの純真な子供の心が傷ついたことは言うまでもない。
反省はどうしたのかな。
それはともかく、小学生のころはよく風邪をひいた。学校は休めるしゴロゴロしてられるし楽しみでもあった。おまけに狙ったように大晦日には必ず熱を出す。「ったくっ! この暮れの忙しいときにあんたって子はっ!」母親はいつも怒っていたな。親の理不尽な罵声がどれほど子供を追いつめることか。そういえば「おまえは橋の下で拾った子なんだよー」と言われたこともあったよなあ。ショックのあまり嘘泣きしたらプラモデル買ってくれたよねおっかさん。
反省はどうしたのかな。
それはともかく、今回は少年少女が出てくる小説をとりあげよう。
樋口有介の〈柚木草平シリーズ〉は、ありえなーい設定が中年男の心をくすぐる。というかこれは青春小説だな主人公が38歳であるにしてもだ。彼は刑事事件専門のフリーライターなのだが、なぜかそのまわりには美女ばかりが群がってくる。なかでも最高の美女はひとり娘の小学4?年生。別居中の妻にますます似てくるしっかり者だ。父と娘のかけあい(漫才)が読みどころのひとつか。これが笑える。
おまけに美女はみんな強い。その強い女(娘含む)に鼻先をひきずりまわされながら男は事件の渦中へ投げこまれてゆく。『彼女はたぶん魔法を使う』『初恋よ、さよならのキスをしよう』は、かけあいの知的なフレーズが粒立ち、可笑しくて爽やかで重苦しくなくほろ苦く後味すっきりの私立探偵小説である。癖になる軽ハードボイルド。「軽」の冠は褒め言葉。ウェットで説教臭い重厚ハードボイルドは嫌いだ。
ちなみにこのシリーズ、主人公は38歳のまま歳をとらないのだそうだ。そうかモラトリアム探偵か。「美しいおねーさんは好きですか?」大好きですの永遠の男の子。
ところで『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』は日常の謎系高校生活ミステリである。ただし主役のカップル(?)は非日常系だ。キモカワ少女のスウィーツ・アディクトに凡人をめざす名探偵コナン。お菓子に耽溺するのはどこか「性的」なニュアンスがまとわりつく。そう思うのは中年男の深読みか。
たぶん次作『秋期限定××××××事件』(だと思うが)で彼らは、間近に迫った青春時代(つまり性的な世界)を拒みきれなくなるのではないか。つまりこのシリーズはひとつの〈失楽園〉、無垢性からの追放を描こうとしているのではないか。などとまたしても深読みしてしまう(よけいなお世話だ)。作者は『犬はどこだ』で端正な大人のミステリを紡ぎだしてみせた米澤穂信。なまなかな腕ではない。
さて最近のでは道尾秀介の『シャドウ』がなかなかだ。主人公は小学5年生の男の子と女の子。ふたりの父親は医科大の同級生でともに精神科医(だよな)。母親同士も夫たちの後輩で同級生だった。そして子供同士も同級生とくる。
話はこうだ。母親のひとりが癌で死に、もうひとりの母親は飛び降り自殺をし、女の子が車に撥ねられて大怪我、おまけに父親ふたりとも精神に変調をきたしてゆく。ひとり健気なのは男の子。ただこの子にも、記憶の底からふいに淫靡な光景(カバー絵を見よ)が浮かびあがってきたりする。いったい何が起こっているのか。全編に漂うニューロティックな雰囲気。その雰囲気に紛れていたるところにフックが仕掛けられ「巧緻」という表現がぴったりの作家だ。ご用心。
しかし小学5年生のころ自分は何をしていたのだろう。あ、休日の学校に忍びこんで屋上にあがり手製のロケットを飛ばして白煙もうもう、またしても怒られたのではなかったか。汚れなき悪戯なんだからさ。ほんと大人は判ってくれない。
■ 萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
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