ラウンジ
2006.09.05
酔読三昧 【第7回】萩原香[2006年9月]
萩原 香 kaori HAGIWARA
夏が来れば思い出す♪。何を? 何をだ? なんにも思い出さん。脳が酒灼けしているせいだろうか。だいいちいまはもう秋♪そうねだいたいね。冬のリヴィエラ♪行ったことがない。もうすぐ春ですね♪気はたしかか。
気がたしかといえば、ひとつだけ強烈な夏の思い出がある(なんだこの文脈)。
ずっと若いころ友人たちと西伊豆の海に出かけたときのことだ。台風一過で抜けるような青い空のもと、ビールを呑んでは泳ぎ泳いではビールを呑みまた泳いでと、火渡りの修行ができそうな砂浜で甲羅干しの2日間。ここを先途と焼きまくったはいいが、帰るときには全身まっ赤っ赤じゃないか。
要するに2a度くらいの火傷だ。家に帰って、ひりつく全身の皮膚を冷やそうと水風呂に入るも激痛が走る。因幡の白ウサギだってこんなに辛くはなかっただろう比喩が違うな熱いトタン屋根の猫か。とにかく痛くて痛くてTシャツにも腕が通らない。
そのうち全身の皮膚が1枚まるごと浮いてきた。脱皮まぎわの蛇みたいな気分だ。別な肌。汗をかくとその皮膚の下に水疱ができる。ぷくりぷくりぷくり、いまやどす黒くなった体じゅうに無数の白い斑点がああ気色悪い。しかしこれをぷちぷち潰すのはけっこう面白かったな。
そういえば同じように肌を焼きすぎて、皮膚が腫れ毛穴が詰まり汗が出ず病院送りになった知り合いがいた。こっちは運がよかったな。大量にビールを呑んでいたから熱中症にもならなかった(ような気もする)し。ほんとはビールじゃ水分補給できんからこれも運か。それにしても海辺で呑むビールは旨かったなあ。
ところで海の向こうに何があるのかはご存知か? 補陀洛である。彼岸である。異界である。エレホンである。ネバーランドである。隠れ里である。
ど~こか遠~くへ行~きた~い♪ ときどきふと、どこか遠い遠いところへ行きたいと思うことがある、てなことはないんだなこれが。
よい宿でどちらも山で前は酒屋で 山頭火行くにしてもこうでないとな。
本題に入ろう。今回は異世界の話、つまりファンタジー、“ここではないどこか”を描く物語をとりあげる。
ハリポタのおかげで、ファンタジーはちょっとしたブームが続いている。トールキンの『指輪物語』もルイスの『ナルニア国物語』もル=グウィンの『ゲド戦記』も片はしから映像化された。これらの名作に読み耽っていた30年前には想像だにしなかったことだ。もっともラルフ・バクシ(フリッツ・ザ・キャットね)が監督した『指輪物語』(1978)があったけど(実写をトレースしてアニメにしたやつ。つまらなかった)。
たしかに上の3作はファンタジーの代表格だ。しかし筆者にとってはマーヴィン・ピークの〈ゴーメンガースト〉3部作『タイタス・グローン』『ゴーメンガースト』『タイタス・アローン』が最高峰。
舞台は山のごときゴーメンガースト城。あたかもピラネージを彷彿とさせるこの世界に、第77代当主タイタスが産声をあげたところから物語の幕はあがる。巨大な巌の迷宮には無数の部屋と無数の人間がひしめき蠢いている。登場人物はみな異形の人間ばかり。包丁両手にコマみたいに回転しながら襲ってくる料理人なんてのもいる。
それはともかく、タイタスの成長と血で血を洗う城内の権力闘争を軸に展開する人間絵巻は、過剰なまでの想像力に溢れて読む者を圧倒する。メインストリームの文学史ではおそらく語られることのない、孤絶比類なき小説である。あのスティングが映画化権を買ったという話があったがどうなったんだろう。
T・H・ホワイトの『永遠の王』(上下)も素晴らしい。こちらはいま品切れになってると思うが紹介だけさせておくれ。これは〈アーサー王と円卓の騎士〉の物語。であるが魔法使いマーリンは、オックスフォード英語大辞書(OED)をかかえながら時間を逆に生きている。だから予言者。だから森のなかでひとりの少年と出会ったとき、彼がアーサー王になる宿命にあることはすぐわかる。
前半はスラップスティック、けっこう抱腹絶倒のお話なのだが後半にいたるや転調、悲劇的な英雄叙事詩の様相を呈し胸がきりきり痛んでくる。面白うてやがて哀しきとはこのことか。戦乱の果てに勝ち取った平和と秩序。それが内部から食い荒らされてゆく無惨。
ディズニー・アニメ『王様の剣』(1962)とリチャード・ハリス御大がアーサー王に扮する『キャメロット』(1967)は、この小説をもとにしているとか。他にアーサー王ものの映画といえば最近ではブラッカイマー制作『キング・アーサー』(2004)か。傑作『ザ・ロック』(1996)のエド・ハリスはモーフィングするとロバート・デュバルだなまたやってる。
個人的には、甲冑や武具の美しさに惹きこまれた『エクスカリバー』(1981)が好きだ。監督はジョン・ブアマン。『脱出』(1972)は男が男を×××××で怖かったな。『未来惑星ザルドス』(1974)はショーン・コネリーが毛むくじゃらでいやらしかったな。
さてと。あとお薦めはダイアナ・ウィン・ジョーンズの諸作だ。『わたしが幽霊だった時』がケンカばかりしてる姉妹たちの結束を描いたファンタジー版『若草物語』なら、『九年目の魔法』は少女の成長とロマンスを描く、さしずめ『あしながおじさん』か(違うかな)。この2作が代表作だが、〈デイルマーク王国史〉4部作『詩人(うたびと)たちの旅』『聖なる島々へ』『呪文の織り手』『時の彼方の王冠』や『ダークホルムの闇の君』『グリフィンの年』も遜色なし。ジブリの『ハウルの動く城』(2004)がきっかけにせよ、我が国でも広く読まれるようになったのは慶賀の至りだ。
ジョーンズは我が子に向けて、そのおりおりの成長に合わせた内容のファンタジーを書いてきたとか。だから児童書系の作品が多いのだろう。ただし楽しくユーモラスな語りのなかには、大人のほろ苦~い認識というやつが隠し味で織りこまれている。ガジェットだけのお子様ランチ的ファンタジー(ってあれのことかい?)とは一線も二線も画す。
実はファンタジーにはいろいろカテゴリーがある。ラプソディーなんてファンタジーメタル・バンドではないか。ま、音楽はさておき小説のほうだがアダルト・ファンタジー、エピック(英雄、叙事詩)・ファンタジー、ヒロイック(剣と魔法)・ファンタジー、ダーク・ファンタジー、都会派ファンタジー、児童書系ファンタジーとかとかとめんどくさい。
めんどくさいのでこのへんにしておく。どうしようもないライターだな。
どうしようもないわたしが歩いてゐる 山頭火どうしようもない人間はうろうろするしかない。うろうろ歩いているうちに隠れ里に紛れこめるかな。この俳人も“ここではないどこか”を求めて放浪していたのではないかね。
こじつけめいて、では次回。
■ 萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
- バックナンバー
- マイクル・フリン『異星人の郷』の直筆サイン本を抽選で販売![申込締切9月30日]
- 【読者プレゼント】ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』サイン本を3名様にプレゼント【9月4日応募受付締切】
- 決定! twitterユーザーが選ぶ〈東京創元社 夏の100冊 2011〉(その1)
- twitterユーザーが選ぶ〈東京創元社 夏の100冊 2011〉応募要項
- 【読者プレゼント】豪華ファンジン、ロバート・J・ソウヤー『見上げてごらん。』のサイン入り本を3名様にプレゼント!
- 「あなたの復刊してほしい創元推理文庫2011」応募要項
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書から特選古書、ロバート・メイヤー『悩みのスーパーヒーロー』を1名様に![2011年2月]
- 魔夜峰央〈May探偵プリコロ〉好評連載中!
- 【読者プレゼント】朝松健の10年1月新刊『弧の増殖』(エンターブレイン刊)を3名さまに!
- 【読者プレゼント】特製文庫本(同人誌)『キャプテン・フューチャー フューチャーメン出動せよ!』を3名さまに!
- 目録奴隷解放宣言!――編集部Sの愛と憎しみの総目録奮闘記――(1/2)[2010年12月]
- 【読者プレゼント】BD(バンドデシネ)ブーム到来?! 話題の新刊『イビクス』『氷河期』『天空のビバンドム』のいずれか1冊を各2名様に![2010年12月]
- 【読者プレゼント】みちのく怪談の世界へ、ようこそ──。 『みちのく怪談名作選vol.1』(荒蝦夷(あらえみし)刊)を3名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書中から、特選古書『展覧会の絵』を1名様に![2010年12月]
- 長谷川晋一/『東京創元社 文庫解説総目録[資料編]』巻頭言
- 『折れた竜骨』刊行記念 米澤穂信インタビュー(1/2)[2010年11月]
- 東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第4回:ホラー編 宮部みゆき×風間賢二〉(1/3)[2010年11月]
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書の中から、特選古書を1名様に![第5弾]
- J:COM×AXNミステリーからの挑戦状、「二重密室から脱出せよ」に参加してきました
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書の中から、特選古書を1名様に![第4弾]
- 全囲碁好き垂涎! イ・チャンホ『イ・チャンホのハメ手対策』サイン本を、5名様にプレゼント(7月31日応募〆切!)
- twitterユーザーが選ぶ〈東京創元社 夏の100冊〉2010年版決定!(その1)
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書の中から、特選古書を1名様に![第3弾]
- twitterユーザーが選ぶ〈東京創元社 夏の100冊〉応募要項
- 【読者プレゼント】人気声優が演じる『タルト・タタンの夢』朗読劇第3回公演チケットを5組10名様にプレゼント!
- PS2ゲーム『ペルソナ4』体験レポート[全文]
- 【読者プレゼント】「こわくて、なつかしい」 『山田野理夫 東北怪談全集』(荒蝦夷(あらえみし)刊)を3名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】豪華ファンジン、チャールズ・ストロス『雪玉に地獄で勝算はあるか?』のサイン入り本を3名様にプレゼント!
- PS2ゲーム『ペルソナ4』体験レポート[部分]
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書の中から、特選古書を1名様に![第2弾]
- 【読者プレゼント】人気声優が演じる『タルト・タタンの夢』朗読劇第2回公演チケットを5組10名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】深水黎一郎『五声のリチェルカーレ』、著者サイン本を5名様に!
- 【読者プレゼント】ぞっとするけど、あたたかい。 『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』(荒蝦夷(あらえみし)刊)を3名様にプレゼント!
- ボードゲーム『Cluedo(クルード)』体験レポート[全文]&『Cluedo』を2名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】朗読劇「タルト・タタンの夢」出演者インタビュー&著者・出演者サイン入り単行本を3名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】畠中恵先生の江戸ミステリをコミカライズ 『八百万(やおよろず)』コミックスを5名様に!(提供:フレックスコミックス)
- ボードゲーム『Cluedo(クルード)』体験レポート[部分]&『Cluedo』を2名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】ジャック・ルーボーさんのサイン入り『麗しのオルタンス』を10名様に!
- 東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第3回:ファンタジー編 井辻朱美×金原瑞人〉(1/3)[2010年2月]
- 人気声優が演じる『タルト・タタンの夢』朗読劇チケットを5組10名様にプレゼント!
- 『リアル脱出ゲーム』体験レポート&企画者インタビュー[全文]
- 【読者プレゼント】台湾語版ドイル『冒険史』と台湾の日推専門誌『謎詭』4号をそれぞれ1名様にプレゼント!
- 東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第2回:SF編 山本弘×大森望〉(1/3)[2010年1月]
- 『リアル脱出ゲーム』企画者インタビュー[部分]&『廃倉庫からの脱出』チケットプレゼント(提供:OTOTOY)
- 創元推理文庫創刊50周年記念対談〈第1回:ミステリ編 北村薫×桜庭一樹〉(1/3)[2009年12月]
- ●出版社が運営する文芸系ウェブマガジン・リンク集
- 『堀井雄二ミステリー三部作』インタビュー[全文]
- 【読者プレゼント】北原尚彦先生の蔵書の中から、特選古書を1名様にプレゼント!
- 『堀井雄二ミステリー三部作』インタビュー[部分]
- 【読者プレゼント】アラン・ムーア『フロム・ヘル』(みすず書房提供)を2名様にプレゼント!
- 【読者プレゼント】高野文子さんのオリジナルてぬぐい付き。月刊マンガ誌〈COMICリュウ〉11月号(徳間書店提供)を3名様にプレゼント!
- 『クイズマジックアカデミー』インタビュー[全文]&DSソフト『クイズマジックアカデミーDS』プレゼント!
- 星雲賞受賞、R・C・ウィルスン『時間封鎖』のサイン本を3名さまにプレゼント!
- 『クイズマジックアカデミー』インタビューにいたるまで&DSソフト『クイズマジックアカデミーDS』プレゼント!
- 『逆転検事』制作チームインタビュー[全文]&DSソフト『逆転検事』プレゼント!
- 『逆転検事』制作チームインタビュー[部分]&DSソフト『逆転検事』プレゼント!
- 『赤朽葉家の伝説』をモチーフにしたワイン〈赤朽葉葡萄酒〉(桜庭一樹先生サイン入り)を2名様にプレゼント!
- 北原尚彦さんのサイン入り最新刊『古本買いまくり漫遊記』(本の雑誌社提供)を3名様にプレゼント!
- 『ROMAN ALBUM 銀河英雄伝説 コンプリートガイド』(徳間書店アニメージュ編集部提供)を3名様にプレゼント!
- ●〈Webミステリーズ!〉について
- 容疑者タケウチの返信【書下ろしエッセイ】 竹内真[2008年10月]
- 酔読三昧 【第23回】萩原香[2008年5月]
- 酔読三昧 【第22回】萩原香[2008年1月]
- 酔読三昧 【第21回】萩原香[2007年12月]
- 酔読三昧 【第20回】萩原香[2007年11月]
- 酔読三昧 【第19回】萩原香[2007年10月]
- 酔読三昧 【第18回】萩原香[2007年9月]
- 酔読三昧 【第17回】萩原香[2007年7月]
- 対談 桜庭一樹・道尾秀介「祝・日本推理作家協会賞・本格ミステリ大賞受賞」(1/4)
- 酔読三昧 【第16回】萩原香[2007年6月]
- 酔読三昧 【第15回】萩原香[2007年5月]
- 酔読三昧 【第14回】萩原香[2007年4月]
- 酔読三昧 【第13回】萩原香[2007年3月]
- 酔読三昧 【第12回】萩原香[2007年2月]
- 酔読三昧 【第11回】萩原香[2007年1月]
- 酔読三昧 【第10回】萩原香[2006年12月]
- 読書室|蒼井上鷹「ラストコール」[2006年12月]
- 酔読三昧 【第9回】萩原香[2006年11月]
- 創元ライブラリ版『中井英夫全集』全12巻・全目次[2006年11月]
- 本多正一『中井英夫全集』完結にあたって[2006年11月]
- 酔読三昧 【第8回】萩原香[2006年10月]
- 酔読三昧 【第7回】萩原香[2006年9月]
- 美術室|後藤啓介[2006年9月]
- 酔読三昧 【第6回】萩原香[2006年8月]
- 美術室|中川悠京[2006年8月]
- 酔読三昧 【第5回】萩原香[2006年7月]
- 美術室|森山由海[2006年7月]
- 読書室|坂木司「ぶつり」[2006年7月]
- 酔読三昧 【第4回】萩原香[2006年6月]
- 酔読三昧 【第3回】萩原香[2006年5月]
- 酔読三昧 【第2回】萩原香[2006年4月]
- 酔読三昧 【第1回】萩原香[2006年3月]