ラウンジ

2006.08.07

酔読三昧 【第6回】萩原香[2006年8月]

小生はグルメではない。
高校までウナギの蒲焼きなんて食べたことなかった。


萩原 香 kaori HAGIWARA

 

 窓の外は雨。心は鈍色。

 ふん。詩情あふるる書き出しだな。たんなる二日酔いではないか。はい。ビールの生卵割りで迎え酒でもしたら。はい。

 子供のころトンカツがご馳走だった。「ただいまーおかあちゃーん、おかずはぁあー?」小学校帰りの夕飯どき、がらがら玄関をあけながらの第一声。

「カツだよーっ」「わぁーい!」「サメのカツねー」「わ゛~」よく食べさせられたなあサメ(フカともいう)のカツ。ぱさぱさした白身なので味も素っ気もない。ソースをだだがけせんとならん。みなさん食べたことは? あるひとはだいたい貧乏人だな(間違いない古いぞ長井秀和)。

 ちなみに小生はグルメではない(貧乏人だもの相田みつを)。高校までウナギの蒲焼きなんて食べたことなかった。両親なんぞマグロのトロを買ったはいいが「なんだ灰色じゃないか。いかん、きっと腐ってる」って捨てたほどだ。

 親が親なら子も子で蛙の子も蛙。友だち(金持ち)の誕生会で土産にバームクーヘン(ちゃんと輪になってるやつ)をもらったのだが、お菓子とは知らず「なんだよこれー」そっくり親に渡してしまった。それきり口にした記憶がないから親が食べてしまったのだろうひどい親だな。だから息子が酒呑みになるんだよ。しかしあれは木の切り株にしか見えない。

 ところでMacも好きだ。ビッグマックは飽きたな。学生のころみんなで何個食べられるか競争したことがある。4個がリミットだったなあ。そのマックではなくてMacである。仕事で絵を描くのに1台、趣味のヘヴィメタルを聴くのに1台パワーブックを持っている。自称ヘビーユーザーなので何でも訊いてください。難しいことは訊かないように。

 それはともかく子供のころは自称将来漫画家だった。学生になってからは自称本格ミステリ・マニアになった。自称ばかりだな。江戸川乱歩の『続・幻影城』所収「類別トリック集成」を何度読み返したことか。やっぱり本格はトリックだな連続殺人だな意外な犯人だな論理のアクロバットだなだなだなだ、ひとりで興奮していた。

 映画となると本格ものは少ないか。『探偵/スルース』(1972)は言わずもがな。ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインの演技合戦は神業の域だ。『シーラ号の謎』(1973)はフーダニットのちょい佳作。電撃フリント!ジェームズ・コバーンは実家のとなりのおばさんにそっくりで下品だ。

 『サスペリア』の続編でもなんでもない『サスペリア2』(1975)の緊急避難的トリックには感激した。全編に漂う童謡の調べ、壁に塗りこめられた幼児の絵、笑いながら歩いてくるマリオネット、鏡に浮かぶダイイング・メッセージ。これらの道具立てが異様な雰囲気を醸しだす。ダリオ・アルジェントが稚気たっぷりでいちばん好きなミステリ映画かな。

 さて小説だが。『Yの悲劇』は基本中の基本図書だ。本格ミステリのオールタイム・ベストにしてエラリー・クイーンの代表作。あんまり有名なので粗筋は書かない。堂々たる構築美に精緻きわまるロジック。意外な犯人像もさりながら、神ならぬ名探偵のつけた結末に衝撃を感じる。いいのかいいのかいいのか、きっとこれから読む方は煩悶するのではないかな。

 結末の衝撃度ではロス・マクドナルドの『さむけ』が並ぶ。ハードボイルドなのに最後の最後でトリッキィな本格ものに反転、事件の真相はタイトルそのままに寒気を呼ぶ。そして『Yの悲劇』『さむけ』のキーワードはともに「呪われた血族」。『チャイナタウン』(1974)もそうだったな。ジョン・ヒューストンとフェイ・ダナウェイ、アメリカの悲劇か。

 アメリカの悲劇といえば『陽のあたる場所』(1951)がある。モンゴメリー・クリフト扮する貧しく野心的な青年の成り上がりと破滅。エリザベス・テイラーが美少女だった。日本だと『青春の蹉跌』(1974)だな(話がそっくりなんだけど)。こっちはショーケンと桃井かおり。学生のころ桃井さんのファンだったなあ。最近は榮倉奈々がいいかな。しかしなんで瑛太と顔がそっくりなんだ双子か。

 本格ミステリでも好きなのが〈童謡殺人〉ものだ。マザーグースの歌詩どおりにつぎつぎ人が殺されてゆくというあれ。ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』が代表格だな。「コック・ロビンを殺したのはたあれ。わたしだわと雀がいった」ファンタスティックでナンセンスな童謡がはらむ不条理な恐怖。

 あとはアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』か。孤島に集められた10人が〈テン・リトル・ニガーズ〉の歌詞どおりに殺される。順繰りに全員。島にはもともと10人しかいない。じゃあ犯人はどこだ誰だってことになる。夢幻的な極限状況を描いて胸苦しいほどの逸品。

 で、この魅惑的な設定を使ってこんなミステリを思いついた。孤島に集められた10人。そんな彼らのもとに1体また1体と死体が増えてゆく。〈テン・リトル・ニガーズ〉の歌詞どおりの殺されかたで都合10体。さあて死体はどこからやって来たのか迷惑な。誰がどうやってなんのために? どなたか代わりに書いてくれませんか。

 それはそうと『僧正殺人事件』には続編がある。山田正紀の『僧正の積木唄』だ。ファイロ・ヴァンスが解決したはずの事件は終わっていなかった。探偵役は金田一耕助。つまりこれは東西本格ミステリ二大巨匠へのオマージュであり挑戦である。古き懐かしき〈探偵小説〉の興趣に満ちた力作だ。

 その山田正紀の『カオスコープ』がこれまた面白い。こちらはうって変わってニューロティック。巻末の著者覚書で某映画にインスパイアされたとある。『オープン・ユア・アイズ』(1997)かな『バニラ・スカイ』(2001)かなこれはミスディレクションかな。

 話はこうだ。記憶障害に冒された作家と、いつも「携帯の向こうの相棒」と会話を続ける刑事。おりしも〈万華鏡連続殺人事件〉が街を震撼させている。この事件をはさんで2人が対峙する展開はまるで白昼夢の五里霧中だ。にもかかわらず着地点はロジカル。さすが職人芸プロの業。なんとも芸域の広い作家である。

 芸域の狭い身としては自称ナントカで多芸に見せるしかない。いまはしかし自称なんだろう。公称酒呑み、だろ。はい。

(2006年8月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。

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