ラウンジ

2006.04.05

酔読三昧 【第2回】萩原香[2006年4月]

怪談話を読むときは、しんとした部屋で
ひとりバーボンを水割りで呑むことにしている。


萩原 香 kaori HAGIWARA

 

 バーボンが好きだ。独特の香りがいい。これをストレートでぐいぐい呷る。つまみはいらない。チェイサーもだ。

 これだと酒瓶がすぐ空になる。金がもったいない。だからいつもは安いウイスキーを呑む。ニッカの小瓶なら、180mlで税込み286円だ。もっと安いのはトリスだが、まずい(と思う)。昔から、安いウイスキーならニッカがうまいと言われている(はずだ)。

 実は、べつにまずくてもかまわない。喉もと過ぎれば同じこと。あとは酔うだけ。味の違いがどうの、年代物でどうのに興味はない。ビールだろうが、日本酒だろうが、ズブロッカだろうが、アルコールを差別はしない。みりんだけはだめだ。呑んだことがあるが、あれはやめたほうがいい。

 酒といえば、死にかけたことがある。学生のころ日本酒一升を一気呑みし、急性アルコール中毒にかかり泡を吹いて昏倒。救急車で搬送される途中、心臓が停止した。酔っ払っていたので臨死体験ができなかった。若さとは愚劣さの謂いでもあるか。迷惑をかけた皆さん、ごめんなさい。

 あれから数十年、いまだに呑みつづけている。『酒とバラの日々』のジャック・レモンだ。『失われた週末』のレイ・ミランドだ。アル中までもうひと息だ。「死んだら湯灌は酒でしてくれ、/野の送りにもかけて欲しい美酒。」オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』(岩波文庫・小川亮作訳)の詩が腹に染みる。

 アル中で死んだら、赤い顔をした幽霊になるのか。千鳥足の。足はないか。

 怪談話は好きだ。『怪奇小説傑作集』(全5巻・平井呈一他編訳/1~3英米編、4フランス編、5ドイツ・ロシア編)は、海外の古典的名作を集めた定番アンソロジーだ。新版が第2巻まで出ている。第3巻は今月だな。

 E・M・デラフィールド「帰ってきたソフィ・メイスン」(第2巻)は、好みの1編だ。殺されてから40年も、亡霊となって現われつづける哀れな女。だが慄然とするのは、生きている側の男の、その良心の欠片もない姿。正統怪談の骨格を持つ80年近くも前の作品なのに、恐怖の表出は現代的である。

 W・F・ハーヴィー「炎天」(第1巻)では画家が、夏のあまりの暑さにぼうっとして散歩で道に迷う。行き着いたのは一軒の墓石屋。出てきた親爺は、先ほど描いた絵のなかの人物そのままではないか。「この暑さじゃ、人間の頭だってたいがい変になる」こちらは一種の運命譚。『世にも奇妙な物語』か。

 高校生のとき、ひとりでアニメを作ったことがある。何十枚もの紙に絵を描き、8ミリ・カメラでコマ撮りする原始的な手法。クーラーのない、暑い夏休みをすべて注ぎこんだ。わずか3分の代物で、原作がこの「炎天」だった。文化祭で発表して評判はどうだったのだろう。覚えていない。

 ともあれ、『怪奇小説傑作集』に“捨て曲”はない。ポケミス版『幻想と怪奇――英米怪談集』(全2巻)も良質だが、まずはこちらから怪談話の世界に足を踏み入れよ。最高の入門書だ。

 そして怪談話は話芸、語り口が命である。翻訳では日本語が要。であれば、平井呈一はまさに匠。その職人芸が『恐怖の愉しみ』(上下巻)で冴えわたる。むろん作品の選出は具眼の士、平井翁ご自身。こちらは古典怪談アンソロジー中級編か。

 A・E・コッパード「消えちゃった」(上巻)には、足払いをかけられる。車で旅する夫婦と友人。大きな街で、友人が新聞を買いに行った。戻ってこない。妻が捜しに車を降りる。戻ってこない。迷子か事故か。夫は警察署に駆けこんだ。そのうち車がどこかへ行ってしまった……飄々とした筆運びに乗せられ、結末で虚空に放りだされる。

 デ・ラ・メア「失踪」(下巻)では、何も起こらない。怪異がない。ただ、田舎の屋敷に暮らす兄妹と、下宿人の女性との諍いが延々と描かれるだけ。読んだあと、“書かれていない出来事”が、ぞわぞわ背筋を這いあがってくる。恐怖の実体を、幾重にもオブラートでくるむ手法。語りのみで怖がらせるこの妙技。

 平井呈一は手ずから怪談も書いている。わずか2編だが『真夜中の檻』で読める。表題作は、ゴシックの結構に日本の土俗とエロティシズムを盛った傑作だ。英米の名作に互して遜色なし。

 ちなみに怪談話を読むときは、しんとした部屋でひとりバーボンを水割りで呑むことにしている。ヘヴィメタルもジャズもなし。アルコールをちびちびと、恐怖はじわじわと――これならアル中にならんかな。

(2006年4月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。現在は、弊社刊の隔月刊誌〈ミステリーズ!〉で、荻原浩先生の連載「サニーサイドエッグ」の挿絵を担当。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。


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