ラウンジ
2007.07.05
酔読三昧 【第17回】萩原香[2007年7月]
ジーサンを連れた犬にまた会えるだろうか。
萩原 香 kaori HAGIWARA
早起きは三文の得、である。自慢だが毎日午前4時30分には起きる。おかしいんじゃないのか。起きて何をするのかというと、まあいろいろである。亀をつついて怒らせたり、コンビニへ買い物に行ったりもする。何を買いに行くのかというと、もちろんビール。旨いんだなあ早朝ビール。
で、清々しい朝まだきの住宅街をてくてく歩いていると、ここのところ、ジーサンが杖をつきながら時速約100メートルで散歩しているのによく出くわす。そばには若い柴犬が健気にも歩調を合わせ従っている。ジーサンの脇を往きつ戻りつじりじり前進。ときどき犬は坐りこむのだがジーサンは歩いていく。リードがずっとたるんだままだからべつに支障はない。
坐りこんだ犬はしきりに道路の反対側に首を伸ばす。反対側には電柱が立っているのだ。マーキングしたいのであろう。しかしジーサンはただひたすら前を向いて歩きつづけるばかり。犬はしかたなさそうに立ちあがり、またジーサンの横を行ったり来たり。わたしはそれを眺めながらしばし佇むのであった。
ふと気づくと、ほかにもジーサンバーサンがわらわら犬を連れて散歩しているではないか。なかには猫と散歩しているのもいる。猫って飼い主と散歩するのか。それはともかく、日の出どきの街なかは老人パワーに満ち溢れているのであった、というわけでもなく、老人とペットという構図になにやらもの思いに耽るいとまもなくコンビニに着いてしまうのだった。
犬といえば、ブルテリアはぶさいくだな。ジョナサン・キャロル『死者の書』で衝撃の登場をするが、荻原浩さんの『サニーサイドエッグ』にも出てくる。「ミステリーズ!」連載第1回の挿絵にこれを描いたのだが、絵が下手なのでダブルぶさいくになってしまった。
ユーモア・ハードボイルドの傑作『ハードボイルド・エッグ』に続いて、しがない自称私立探偵の最上俊平が、なけなしの勇気とへらず口で若く美しい女性のために猫捜し。今度もとんでもない秘書のおまけ付きでみごとなスラップスティックに仕上がった。なによりも知的に組み立てられた文体が心地よい。『サニーサイドエッグ』は7月下旬刊行なので皆さんよろしく。
その刊行に合わせて、荻原浩さんと不肖わたくしの対談が「ミステリーズ!」に載ります。偉そうだな萩原香。発売は8月上旬。呑み屋で対談をしたから酒ではおおいに盛りあがったものの、まともな話ができたかどうかははなはだ覚束ない。酔っ払って「荻原浩と萩原香でオギヤハギ~」なんてしょーもないこと叫んだような。荻原さんごめんなさい。ま、相手に小生を選んだのは編集部の不覚だな。
さてと。犬といえば、カルロス・フェンテスの『聖域』では、大女優の息子が母親への近親相姦的な愛憎の果てについには犬に変身してしまう。絶対神としての母親。息子はその神から「生」を、つまりは「死」を贈られたわけだ。「死」とは「時間」の謂いである。「生きのびるにはこうするよりほかにないんだ。たえず、べつの存在に変身してゆくことだ。……時間につかまれば、きみは殺されるんだぞ」
フェンテスはメキシコの作家だが、かのアンドレ・ブルトンはこの国を「シュルレアリスムの選ばれた土地」と呼んだそうな。そのブルトンが大暴れするのが『ウルトラマン』第17話だった。巨大なゴム毬みたいな体から煙突みたいなのをにょきにょき生やしたそのデザインがシュールで出色の4次元怪獣だったなあ。あ、このブルトンとは違うか。
そういえば『ウルトラマン』にはダダっていう宇宙怪人も出てたよなあ久しぶりにモーフィングするとどうしても豊川悦司になるんだよなああの顔。トヨエツ・ファンが聞いたら袋だたきだろうなあこの場を借りて深くお詫び申しあげます。
その豊川悦司だが、こないだWOWOWの『犯人に告ぐ』(原作:雫井脩介)で主役の刑事を熱演していた(ハヤタ隊員は出てなかったな)。今秋公開予定の劇場版映画を1回だけTVで先行放映するという謳い文句。でもこれって戦略的に見てどうなのかね。TVで観ちまったらわざわざまた劇場まで足は運ばんだろうに。
いかん、あのブルトンを忘れるところだった。川又千秋の日本SF大賞受賞作『幻詩狩り』では、アンドレ・ブルトンらシュルレアリストたちの群像が作品に品格を、重力のようなものを与えている。わたしの好きなイヴ・タンギーも出てくる。そしてこのシュルレアリストたちはやたらと自殺者が多い。これは歴史上の事実。この事実をなんらかの虚構で繋ぎ合わせることはできないか。これが本書執筆の動機だとは作者の弁。開巻は現代の日本。取締官(特別司法警察職員)たちがひとりの女性を尾行している。あきらかに“患者”だ。みんないずれ廃人になって死ぬ。“ブツ”のせいだ。これがいまこの国の社会にひそかに蔓延しつつある。女はどこかに隠しているはずだ。“ブツ”は、病原は根絶しなければならない。場合によっては“患者”も。かくして取締官たちが押収した“ブツ”とは、1冊の詩集『時の黄金』だった――
ときに1948年、アンドレ・ブルトンはモンマルトルのカフェで待ちぼうけを喰わされていた。知り合ったばかりの天才詩人フー・メイがいっかな現われない。「時間」そのものを言葉で創りだせる、その詩をぜひ見ていただきたいと彼は言っていた。なんという妄想。タイトルはたしか『時の黄金』だったか。時間切れだ、ブルトンは席を立った――
フー・メイは『時の黄金』を完成させて死んでいた。彼と親しかった異邦の画学生は、フランス語を読むのが苦手だったのでこれを遺書と勘違いして書き写し、つぎつぎとフー・メイ生前の知人たちに送りつけていった。やがて、そのころ著名なシュルレアリストたちは不可解な死を遂げはじめる。それはまた昭和の末の日本でも翻訳され、そして――
けっして読んではならない詩。読めば「時」の真実を知り、生死のあわいを超え、解脱し、自閉死する。オクタビオ・パスは『弓と竪琴』のなかでこう記した。「詩は純粋な時間に到達する道」だと。肉体を脱ぎ捨て永遠の相のもとへ。鈴木光司の『リング』が恐怖の伝染なら、こちらは法悦の伝播だな。〈死ぬのではない。行くのだ。加わるのだ。そして、もう、もどるつもりはない。ざまあみろ〉これは作中人物の遺書。
ともあれ『幻詩狩り』は過去と現在を往来し、ついには遠未来まで達する壮大な幻想譚だ。にもかかわらずリーダビリティは抜群。SF門外漢の筆者にとっては得がたい収穫であった。
しかし、言葉を紡ぐというのは疲れる所業である。疲れたら缶ビール片手に音楽を聴こう。ゴシック・シンフォニック・メタル・バンド Within Temptation は荘重かつリリカル。Heart Of Everything も Silent Force もともに名盤だ。9オクターブを操るヴォーカル、シャロン・デン・アデル嬢の妖精のような歌声は永遠を封じこめたかのよう。
晴れた朝に永遠が見える。もうすぐ夜明けだ。ジーサンを連れた犬にまた会えるだろうか。
■ 萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
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