ラウンジ

2010.02.05

東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第3回:ファンタジー編 井辻朱美×金原瑞人〉(1/3)[2010年2月]

この対談は、〈ミステリーズ!〉vol.36(2009年8月号)に掲載されたものです。(編集部)

記念対談ファンタジー編1 (トークショー中のひとこま。左:井辻朱美先生、右:金原瑞人先生)

■井辻朱美のベスト5【東京創元社編】(順不同)
『ダークホルムの闇の君』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/浅羽莢子訳
『洞窟の女王』(と『女王の復活』)H・ライダー・ハガード/大久保康雄訳
《ホークムーン》《ルーンの杖秘録》《ブラス城年代記》)マイケル・ムアコック/深町眞理子・井辻朱美訳
《コナン・シリーズ》R・E・ハワード/宇野利泰・中村融訳
『ジェニーの肖像』ロバート・ネイサン/大友香奈子訳
番外:『ゼンダ城の虜』『紅はこべ』『月長石』『黒いチューリップ』『スカラムーシュ』など

■金原瑞人のベスト5【東京創元社編】(順不同)
《ゴーメンガースト三部作》マーヴィン・ピーク/浅羽莢子訳
『心地よく秘密めいたところ』ピーター・S・ビーグル/山崎淳訳
《アンドルー・ラング世界童話集》アンドルー・ラング編/西村醇子監修
『ソロモン王の洞窟』H・ライダー・ハガード/大久保康雄訳
『何かが道をやってくる』レイ・ブラッドベリ/大久保康雄訳
番外:『アーサー王ここに眠る』フィリップ・リーヴ/井辻朱美訳


●創元推理文庫との出会い
井辻 東京創元社って、昔から『千一夜物語』を出していたり、アンドルー・ラングの童話全集を出していたりで、児童向けのファンタジーを出していたんですよね。最初はそれを読んでて、大人になった頃には帆船マーク(現在の創元推理文庫F分類)で、ジュヴナイル版で読んだデュマやハガードの原作を読み始めた。だからすごく長い長いおつきあいなんです。『怪奇小説傑作集』全五巻なども読みましたし、基礎は創元で出来ているという感じですね。
金原 基礎って何の基礎ですか。
井辻 私は幻想文学しかやってないので……。
金原 「私の」基礎ですか(笑)。僕にとっての東京創元社は、たとえば中学生の頃はSFだったんですよ。それからミステリ。確かに『ゼンダ城の虜』やハガードの《クォーターメン》といったものを創元推理文庫で読んだんだけど、その頃の僕の認識ではどっちもファンタジーというより秘境冒険ものだった。
――その頃はファンタジーという言葉も一般的ではなかったし。
金原 井辻さんや僕たちの世代のファンタジーと、たとえば今の大学生のファンタジーというのは、イメージがずいぶん違うものかもしれないと思うんです。たとえば〈現代詩手帖〉の1978年5月号の特集が「ファンタジー 騙りの構造」。ここで取り上げられている作家はラヴクラフト、ギュンター・グラス、カルロ・エミリオ・ガッダ、ホフマン、ノヴァーリス……。いわゆるいまでいうファンタジーとは違う幻想小説ばかりが載ってるわけです。ファンタジーという言葉が『指輪物語』《ナルニア》をさすようになったのは、日本では80年代以降だと思います。
井辻 79年にハヤカワ文庫にFTが出来て、それで定着していったような気がしますね。
――でも創元推理文庫のファンタジー・ベスト5に、作品は違いますが、お二方ともハガードを選んでいますね。
金原 最近はそういうものもファンタジーのうちかな、と思うようになったので。
井辻 でも、私が選んだ『洞窟の女王』はスーパーナチュラルですよ。
金原 二千年生きていれば、それだけでファンタジーなのかな。
井辻 古代文明ものだし、ファンタジーです。
金原 たとえば『ホビットの冒険』『指輪物語』の出版元が違うのは、ファンタジーというくくりではなくて、子どもの本かどうか、というところで判断されたからなんでしょうが、これがファンタジーというジャンルをごちゃごちゃさせちゃった原因かなとも思うんですよ。
井辻 そうですね。トールキン以前は、幻想文学と児童文学のファンタジーとは完全に別のものと考えられていましたね。その頃の私は、幻想文学の方をファンタジーだと思っていたんです。
――えっ?
井辻 だって子ども向けのものって、どこかファンタジーとして徹底してなくて、ちゃちだと思ったんです。
金原 だから僕らの以上の世代がファンタジーのベストを選ぶと、中井英夫や稲垣足穂や三島由紀夫が入ってしまう。今の大学生が選ぶと、まったく違う結果になるでしょうね。

●創元のベスト5
井辻 ダイアナ・ウィン・ジョーンズはデビューは古いし、日本でもずいぶん前に紹介が始まっていたのに、なかなか人気が出なかった。そういう意味でも新しい作家という気がしています。『ダークホルムの闇の君』はファンタジー世界を、愛情も抱きつつ、おちょくっている。
――異世界をテーマパーク化して観光客を誘致するという設定が何よりも大胆ですね。
井辻 ファンタジーをやりつくした人のファンタジーですよね。批評性はファンタジーの特性のひとつなんですが、それが自己批評になっているところが特に面白いと思いました。ハガードの『洞窟の女王』は、時空を超えて復活したりめぐり合ったりする壮大なロマンとして好きなんです。
――壮大な話といえば次にあがっているムアコックもそうですが。
井辻 そうなんです。ムアコックの《永遠のチャンピオン》、“マルチバース(多元宇宙)”のものすごく大きな世界観というのが好きです。《ホークムーン》は自分が《ブラス城年代記》を訳したというのもあるんですが、エルリックの新しい作品もそうですが、現代に至るまでの人類史すべてを自分の作品世界に回収しようとしたところが好きかなあ。《コナン》はもう、思い出のコナンなので。
金原 いつごろ読みました?
井辻 すみません本当は創元の宇野利泰版じゃないんです。そもそもは荒俣宏先生のハヤカワ文庫版(団精二名義)で、あの歌い上げるような訳文が好きだったんです。『ジェニーの肖像』も実は創元じゃなくて、最初はハヤカワ文庫で読みました。創元版はすごく最近ですよね。マンガ家の水野英子さんがこの作品を元にして『セシリア』(2004年に、ふゅーじょんぷろだくと刊の叢書・珈琲文庫より復刊)というマンガを描いているんですが、それがとても印象的な作品で、その後中学のときに原作を読みました。これ以降の作品に多大な影響を与えたタイム・ファンタジーの傑作だと思います。
――番外は大ロマン系ですが。
井辻 『ゼンダ城の虜』などは歴史小説なのかファンタジーなのか微妙ですけど、最近は田中芳樹さんが「ルリタニアン・テーマ」としてファンタジーに分類していたりするし、それに好きなので。
金原 僕はやはり《ゴーメンガースト》が創元のベストで、かつマイ・ベストでもある。実は大学院生の頃、浅羽莢子さんの翻訳で出る前に、自分で訳してたんですよ。鉛筆で。
井辻 えっ、すごい。
金原 今でも最初の部分の訳文、手元に残してあります。ところが訳している最中に翻訳が出ちゃった。すごく悔しかったので(笑)、それもあってベストなんです。
――そもそもなぜ《ゴーメンガースト》を訳そうと思ったんですか。
金原 当時、日本でマーヴィン・ピークってまだあまり知られていない作家だったんです。僕は修士論文がポオだったので、丸善の洋書売場でポオの本を探していたら、そのすぐ隣にものすごくごつい本があって。
――同じPの作家ですから。
金原 それで「なんだピークって」と思って、ペンギン版の《ゴーメンガースト》を三冊とも買ったんです。読み始めたら、これが面白くて面白くて。「こんなドロドロしたグロテスクなゴシック小説があっていいのか」とびっくりして訳し始めた。そしたらなんと翻訳が出ちゃった。一生の不覚というか(笑)。ピーター・S・ビーグルは、ファンタジーが好きな人には落としどころをわきまえてるというか、はまるような仕掛けがいっぱいあって、これははずせないかな。それからアンドルー・ラング。「創元から新訳のラングが出るよ」と聞いた直後に偕成社からも「ラングの新版を出すよ」って聞いて、その同時性も面白かったので。
井辻 ラングは私も入れてもよかったんですけど、でもそれは今のじゃないんですよね。私は小学校にあがる前に、創元から出ていた昔の《ラング世界童話全集》を暗記するほど読んだんです。ボール紙の箱に入った本で、川端康成監修のあれはどこにいってしまったのと思っていたら、それが今は偕成社で出ているほうなんですよね。
金原 それで両方を比較して気がついたんだけど、収録作品が違うんだよ。同じ作品が別の色になってたりする。あれはなんでなの?
――昔のは日本で収録作を入れ替えていたそうです。
井辻 そうなんですよ。あとから原書を買ったら「『さくらいろ』に入っていたあの作品はどこ?」とか「なんでこれは『あかいろ』なの?」と疑問だらけでした。
金原 あれって色にまったく必然性がないからね。それから『ソロモン王の洞窟』は小学生の頃に児童向けで読んですごく好きな作品だったので、その完訳版を入れました。ブラッドベリを入れたかったんだけど、短編集よりも長編がいいかなと思ってこれにしました。好きなんですよ。で、番外は『アーサー王ここに眠る』です。井辻さんは訳しててどうでした?
井辻 最初はなんか渋い作品だなあと思ってたんですけど、途中からはまりましたね。
金原 最後までずっと渋いですよ。
井辻 コンセプトが面白かったんですよ。現実のアーサー王というのは、どうしようもない男なんですけど、それを物語化していくうちに、その物語の英雄のオーラが現実の人にもうつっちゃって、周りの人が見ても「この人すごいかも」ってことになっていく。物語の力をテーマにしているところが最高に面白かったです。



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