ラウンジ

2009.12.07

創元推理文庫創刊50周年記念対談〈第1回:ミステリ編 北村薫×桜庭一樹〉(1/3)[2009年12月]

この対談は、〈ミステリーズ!〉vol.34(2009年4月号)に掲載されたものです。(編集部)

記念対談ミステリ編1 (対談中のひとこま。左:桜庭一樹先生、右:北村薫先生)

●創元推理文庫との出合い
北村 わたしは田舎の町で育ったわけです。本屋にある文庫はほとんどが新潮文庫というような。そしてミステリが好きだった。すると新潮文庫にはディクスン・カーの『皇帝のかぎ煙草入れ』とクイーンの『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』が入っているので読む。まず『皇帝のかぎ煙草入れ』を読んで、次に『Y』『X』『Z』という順番だったかな。ところが、新潮文庫は悲劇四部作が『X』『Y』『Z』の三冊で終わっちゃうわけですよ。
 角川文庫版の『最後の悲劇』もまだ出ていなかったので、町の本屋にはないこの先は、創元推理文庫というもので読めるそうだというのを、どこで知ったのかなあ。取り寄せてもらったんですよ、『レーン最後の事件』を。ところが、悔しいことに新潮文庫は自社で出していないからなのか、解説でネタバレをしているんですよね、『最後の事件』の犯人を。
 そんなわけで、エラリー・クイーン作品は『X』『Y』『Z』のあとにまだあると知って、取り寄せて読んだ『レーン最後の事件』が、一番最初の創元推理文庫です。小学校六年生か、中学校一年生ぐらいのときなので、昭和36年かな。とにかく、『最後の事件』が文庫だと創元だけで読めたときです。
 今でも覚えているんだけど、駅前のわりに小さな本屋さんで、創元推理文庫は置いてなくて、文庫というと新潮、角川、岩波ぐらいしかなかった。(ミステリでいえば)ポケミスも置いてなかった。そちらにはありました?
桜庭 ポケミスは、小学校の図書室の棚の上のほう、ガラス戸がついているところに入ってました。よじのぼって取った記憶があります。ジャンル小説はあったんです。文庫も、創元とハヤカワのミステリとSFがあって。それが創元推理文庫との出合い、かな。
 私は小学校高学年ぐらいから大人向けのホームズを読みだして、クイーンは図書室にあった子供向けのを借りて読んでたんですけど、そのとき友達にネタバレされました(笑)。『Yの悲劇』を教室で読んでたら、よく本読んでる子がぱーっと近づいてきて、「それ私も読んだよー、その本、最後の章のタイトルが『悲劇の○○』だから、目次読むと犯人が○○だってわかっちゃうんだよね」って(笑)。
北村 ネタバレされた〈悲劇の少女〉だ(笑)。
桜庭 いまだに怒ってます。
北村 大阪の人なら、これが〈ワイの悲劇〉や、って言うところ(笑)。
桜庭 ガラス戸の中には世界名作全集のたぐいもあったので、それもよじのぼって取りました。上にあるってことはあんまり読まれていなかったはずだけど、もしかしたら司書に好きな人がいたのかもしれない。
北村 わたしのころは小学校の図書館にミステリなんて全然なかった。東京創元社の児童文学全集の中に「推理小説集」として入っていたものぐらいでしたかね。
桜庭 子供向けの世界名作全集的なものは子供のころからありました。ホームズと少年探偵団は子供のころ、ポプラ社などでわーっと出ていて。
北村 怪盗ルパンもありました?
桜庭 ありました。まずホームズを子供向けで読んで、それから江戸川乱歩に行ってそのあとルパン。やっぱりホームズが一番好きだったので大人向けのを読んでみて、そうしたら今度はクイーン行ってみよう、アガサ・クリスティも読んで……という流れ。
 中学に入ると、図書室にあった文庫本と、それから古本屋の百円均一棚を活用して、新刊よりも、そっちを優先して読んでいました。
北村 わたしは小学校二年生のころから乱歩を読んでいて、帰り道で友達に物語るのが楽しみで。読んだ部分を話して聞かせる、語り部をやってました。乱歩は最初に読んだのが少年探偵団もの。そして高学年になって文庫本で『皇帝のかぎ煙草入れ』。カーの一番おどろおどろしくないところから入りました。クイーンは悲劇四部作から入って、中学生になったころに、国名シリーズが本屋さんに並ぶようになって、それを読み始めた。ホームズ、ルパンについていえば、小学校の図書館に南洋一郎のルパンがありましたが、全冊揃っていなかったんですね。予告編で読むとすごく面白そうだった『三十棺桶島』がめちゃめちゃ読みたかったんだけど、入ってなかったんです。『三十棺桶島』って何よりも題名がすごい。『三十棺桶島』。どうしたことだいったいこれは(笑)。横溝正史の『病院坂の首縊(くく)りの家』 に匹敵するインパクトの題名ですよ。
桜庭 ミステリはご自分から、自発的に読み始めたんですか?
北村 大人のミステリは面白そうだなと思って本屋に行ったら、『皇帝のかぎ煙草入れ』があった。まずこれの題名に魅かれたんですね。続いて、帯に「世界ミステリの最高傑作」みたいに書いてあったので『Yの悲劇』を手に取ったんです。文庫本もそのころはパラフィン紙のカバーがかかっていた。
 新潮文庫ではカーの『黒死荘』も予告に入ってて、結局出なかった。のちにハヤカワ・ポケミスの『プレーグ・コートの殺人』で読めましたが、当時手に入らなくて残念でした。
 一方『三十棺桶島』ですが、大人になってから読んでもだめなんですよね。瀬戸川猛資(たけし)さんもおっしゃってたけど、子供のときに読むからああいうものはすごいんだと。特にね、自分が殺人鬼だとお母さんに思われちゃうところがある。それはとてもおそろしいことですよね、子供にとって。

●ホームズ派対ルパン派
北村 やっぱりわたし、子供のころはルパンが好きでしたね。かっこよくてね。
桜庭 ホームズだってかっこいいですよ!
北村 『813』なんかね、非常に面白くて。歌舞伎で名だたる役者が続けて出てくるような華やかさがある。凶暴な殺人者、警察きっての名頭脳を誇る老警部や純情可憐な女性などが次々に出てきて、しかも犯人が●●。「あーっ!」ってびっくりしてね。今だったら●●が犯人だからって驚くこと、絶対にないんですけど。当時は純真でしたから(笑)。
桜庭 黒髪の女性が出てくると、その人は絶対に犯人だった、ような気がします。
北村 あと『813』では、×××がルパンだったりもする。そんなことありっこないじゃないかと(笑)。びっくりしてね。こりゃ驚いたと。
桜庭 でもホームズも変装はすごいじゃないですか、おばあさんになったり。
北村 ドルリー・レーンもすごいですよ。変装できればいいってもんじゃないけど(笑)。子供のころに読んだルパンは本当に恰好よくて、話も絢爛豪華な活劇調で面白かった。小学生のときに南洋一郎版を読んで、中学生ぐらいになって新潮文庫を読み返しましたね。
 大人向けのホームズは大学生になってから創元推理文庫で初めて読んで、案外面白く読めました。でもルパンのほうがやっぱり心のふるさとにいますね。
桜庭 私はやっぱりホームズですね。最近、コナン・ドイルってアイルランド系なんだよ、って教えてもらって、ああって納得したんです。もともとゴシックホラー的なものに憧れがあるので、推理の部分だけじゃなく『バスカヴィル家の犬』にあるような、おどろおどろしい雰囲気や暗い感じが好きでした。そのくせ怖いのは苦手だったんですけど、最後にはホームズが謎を解いてくれるので、一緒に乗り越えられました(笑)。
 大人になってから、あのとき好きだったゴシックホラー的な雰囲気のものを探したら、レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』にたどりついて。創元推理文庫のそういう、作品の傾向が本ごとにつながってる感じのあるところが好きです。
北村 ホームズという人のどこが好きなの?
桜庭 ちょっと悪漢みたいなところ、ヒーローでいうとスーパーマンじゃなくてバットマンみたいなところが魅力です。本人はちょっと危険な人で(笑)、そういう危険な人を理解するためにワトスンがいて、そのうえで暗い怖い話が展開されるところが好き。ホームズが怖くてわかりにくい人なので、読者のためにワトスンという安全装置がある。ホームズの言動を不思議がっていて、別のことを考えてたら、真相が出てきてびっくりという。
 だけど私はちっちゃな女の子だったので、おじさんのワトスンには感情移入しづらい。そこで下宿のハドスン夫人の外見イメージを若いメイドさんにして、その子の視点で入りこんで(笑)読んでいました。それぐらいこの小説世界が好きだったので、本当にホームズのことを心配しながら、作品に入りこんでいました。
北村 わたしはルパンが好きで、ファンブックみたいなものを自作しました(笑)。ルパンびいきの視点なので、ホームズに対しては「官憲の手先め」(笑)という態度。今読み返すとどうかわかりませんが、長編はホームズよりルパンのほうが圧倒的に面白かった。『バスカヴィル家の犬』は一番最初はラジオで聴いたのかな、つまんないなあと思ってね。『緋色の研究』も図書館で読んだけど……。
桜庭 論理的なようでいて全然違いますよね。おどろおどろしい。毒を塗った吹き矢で人を殺すとか。話も途中から、昔の、全然別の土地が舞台になっちゃったりして。そこがいいんだけど。
北村 そういうものだと思って読めばいいんだけど、ミステリとして読むと不満があってね。『四人の署名』でしたっけ、テムズ川でインド人が出てきて吹き矢を吹くのは。読んだのが小学校五、六年のころだったから、高学年にもなって読むもんじゃないよな、と思っちゃった(笑)。
桜庭 えーっ、ルパンだってけっこう適当じゃないですか! 絶体絶命のルパンがたまたま手をついた机に何かのボタンがあって、そこを押すと助かるとか。
北村 いいじゃない、最高じゃない(笑)。ルパンは歌舞伎だから。
桜庭 それに、金髪の人に必ず毎回恋をするし。どうして毎回金髪の美女なんだろう(笑)。
北村 『八点鐘』の結末は子供のころわからなかった。大人の話じゃないですか。事件が解決して最後になったら「きみはぼくの言うことをきく」みたいな感じになってたでしょ。ルパンが解決して「そのときあの鐘が鳴るという約束でしたが」なんて言うと時計まで用意してあって、ヒロインがルパンの手にいだかれてしまう。ちょっとあやしい話になってしまう。
桜庭 そういうところが私、ルパンはちょっと……(笑)。ホームズにはそういうあやしい話がないんですよ。そこが良いと思うんです(笑)。
北村 それはわからなくもないけどね。『八点鐘』は大人になってみると、なるほどそういう話だったのかと思いいたる。ともかく活劇でむちゃくちゃ、波瀾万丈なところがよかった。「ルパンが通れば道理が引っこむ」(笑)。
桜庭 ホームズも推理なんかむちゃくちゃだけどそこがいいじゃないですか。これこれこういう理由できみの職業はこれだ、ってやるところとか。
北村 あれもリアルじゃないところがいいわけですよね。わたし、神の如き名探偵大好きですから。
桜庭 北村先生の短編「紙魚(しみ)家崩壊」が、私はすごく好きなんです。「名探偵が出てきたときにはすべてわかっているのはなぜか。なぜなら“事件とは、探偵にとって多くの場合、すでに読まれた本”だからだ!」というくだりが特に好きで。そういう様式だと言ってしまえばそれまでのことなんですけど、「これだ!」と。ホームズってそうだよね! って思ったんです。
北村 結局、わたしはホームズとはあんまりいい出会いをしてなかったんですね。雑誌の付録で読んだりとか。子供のころ一番印象に残ったのは「オレンジの種五つ」なんですよ。あれは怖かったですよね。オレンジの種が送られてくるでしょ、かつての悪い仲間から。それがすごくおそろしかった。悪いやつが本当に出てきたらどうしようかと思った。
桜庭 もしかして、男性はルパンのほうが好きとかあるんですか?
北村 いや、それは人それぞれでしょう。また、時期によっても変わる。わたしだって今の時点でどっちか読めといわれたら、ホームズの短編になりますしね。
 いずれにせよ、ルパン派であれホームズ派であれ、創元推理文庫は楽しめますよ。



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