ミステリーズ! 84
 隔月刊でお届けしている『ミステリーズ!』に不定期連載中、編集部Fが出版業界のプロフェッショナルからいろいろ知識を授けてもらうインタビューコーナー「レイコの部屋」より、よりぬきで『Webミステリーズ!』に再掲いたします。

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 【前回までのあらすじ】

  インタビュー
  文字起こししたら
  原稿用紙30枚を
  超えたんだなあ
           れいこ

 というわけで前後編に分けての「レイコの部屋」、後編のはじまりはじまり~。というわけで、さっそく前号vol.84を押し入れからひっぱりだして来てください。ガチで続きから始まります!

レイコの部屋第23回
 vs.白土晴一(しらとせいいち)さん(設定考証・リサーチャー)後編


K浜「ねえ、リサーチャーの仕事の依頼ってどういうふうにやってくるの?」
白土さん(以下白)「アニメスタジオなんかで「今これでこう悩んでいるんだけど、どう思う?」って訊かれた時に「それはこうすればいいじゃないですか」と答えると「じゃ、あとも宜しくお願いします」となる。漫画の編集さん同士で話した時に名前が挙がったので、と依頼が来たこともあります」
K浜「編集同士の情報交換ってけっこうあるよね。そういえば、考証とリサーチャーって仕事の内容は違うの? リサーチャーっていうと、さっきの週刊誌のデータマンのイメージがあって、それと作品考証というと違う気もする」
白「重なる部分もありますが、自分が今やっていることがそもそも考証なのか?と疑問を抱くこともある(笑)。リサーチャーの基本的なスキルとしてリサーチ技術はもちろん必要で、ストーリーを呑み込んだ上で最終的に善し悪しを判断できるかというところに考証があると思います」
 ――今回ご紹介する際の肩書きはどちらが宜しいですか?
白「ここ最近自分でもよくわからないのですが、ここしばらくチーフリサーチャーと名乗ったりしてます」
K浜「チーフリサーチャーって、部下がいっぱいいる感じだよね」
白「そう思うでしょ? いないんだ、これが」
 ――(笑)広告代理店感があるのに。
K浜「いっぱい部下がいたら採算合わないでしょ」
白「いちおう僕にも理念があって、本当を言えば、何人もリサーチに強い専門家がいて、その調べた結果をストーリーに落とす時に、海外だとプロデューサーの仕事かもしれないけど、最終的な判断を下す脚本部門のトップの人と話す別の技能職がいる。考証もそういう位置になったらいいと思ってチーフとつけていますが、昔も今も自分しかいない……あ、もちろんいろんな人の助けは借りていますが」
 ――それは「この人に聞けばわかる」的な人脈を持っているということですか?
K浜「編集もまったく一緒じゃん。植物に詳しいやつ誰か知らない? とか」
白「人に尋ねることも勿論ありますが、現場があるときにはフィールドワークばっかりしています。それこそ『ドリフターズ』のときは、関(せき)ヶ原(はら)に年に5、6回通いました」
 ――ひえー。
K浜「『この世界の片隅に』の片淵須直(かたぶちすなお)監督は毎週呉(くれ)に行ったんでしょ? いい勝負だよね」
白「このあいだ片淵監督と対談したんですが、まあなかなかお互い狂っていましたね。監督の域までは行けないけど、僕も関ヶ原でカメラ抱えて一人でぶつぶつ言いながら、第一話冒頭の島津(しまづ)の逃走経路をぐるーっと回って、現在の田んぼはこうなっているけど、地形を見る限り、たぶん江戸時代の様式から考えると、この田んぼの切り方はこれくらいの幅だから大体角度は何度くらいですねー。とか、ここに「切土(きりど)」っていう古くからの土木技術が施されて、今は国道が走っているけどたぶん経路自体は変わっていないんじゃないかとか」
 ――国道走っているんですか関ヶ原!?
白「現在の地形をよく観察すると、古い地形や古い道路技術とかがわかるから、こうだからこうで、こういう表現でいいんじゃないかって」
K浜「そういう仕事って、例えば『この世界の片隅に』だと片淵さんの労力を半分にするようなものなの? 片淵さんは全部自分でやっちゃうんだろうけど、大変だよね」
白「片淵さんはたぶん他人に渡したくないって言うと思う(笑)。まあ、クリエイターが自分でやりたければやるのが一番いいからそこは……でも、堺三保(さかいみつやす)さんにはお前も狂ってるって言われる(笑)」
 ――なまなましい話になりますが、通う経費なんて普通は出ないのでは……
白「出ないですよ(笑)。報酬の八割ぐらい取材にぶっ込んだこともあります。ギャランティは資料代と取材費込みで、付き合う幅や時間によって変わります。そこで足が出たら僕の読みの甘さ、という」
K浜「昔、翻訳家の浅倉久志(あさくらひさし)さんから聞いた話だけど、きっと一箇所わからない用語を翻訳するためだったんだろうけど、何のために買ったかわからない昔の本がよく仕事場で見つかると」
白「今日もそういう本買ってきました」
 ――資料はどこで探すことが多いですか?
白「必要だったら新本古書洋書ネットPDF、あらゆるアーカイブ、何だったらどっかのフォーラムに行って人に聞くこともあります。あらゆる手段や方法で調べます。たとえば、テロ装備展とかは毎年行ってイスラエルのセキュリティ会社の人と話し込んだり……ちなみに今日ブックオフで買ってきたのはこれです」
K浜「なにこれいったいなんの役に立つの『歩くことが楽しくなる飛石・敷石作法』!」
白「日本庭園が作中に出てくることがありますが、その敷石の法則って地域によって違うんです。取れる石や時代、庭の設計によっても違うので。こういう知識を頭に一旦通しておけば、そういう概念があるとわかったうえでチェックできる」
 ――地味に値段が高い。
K浜「(奥付を見て)建築資料研究社、か」
白「日本間だけ集めた写真集とか、こういう本はたくさんでていますよ。あとは直接行って写真を撮ってきたり。『ジョーカー・ゲーム』の建物はほぼどこかに行って撮ってきたものです」
K浜「(まだ本を見ている)これ5刷かあ」
 ――他に類書がないんでしょう。私たちは基本的にフィクション中心にしかチェックしないので、盲点にある本ですね。
白「この仕事をするようになってから、逆にフィクションは読まなくなりましたね。研究書や現場の人のノウハウ本、体験記や回想録とか」
K浜「SFファンだったのに、すっかり「この世の人」になっちゃって……」
白「日常生活については、研究書だとなかなか出てこないので、その時代の日記を読むのがいい。このあたりはヨコジュン流です。キャラクターがリアルであるのは、何を食べ何を喋っていたということに基づきますから、日常生活そのものを書かなくても調べることは重要です」
 ――横田順彌(よこたじゅんや)さんの押川春浪(おしかわしゅんろう)シリーズは、本当にそういう描写の積み重ねで作中の空気をつくっている。
白「横田さん、時折すごいことを何気なく書いていますね。何々通りの何の店で何が何円だったとか、調べるのがものすごく大変なことが、こう、さらっと書いてある。労力の掛け方が並大抵でないことをあまり簡単に書かない方が良いと思うんですが、それは粋(いき)じゃない、と」
K浜「田中芳樹(たなかよしき)さんの歴史ものといい勝負だよね。この一行を書くために調べるという執念が」
 ――ネットに情報があるのがデフォルトの世代には新鮮でしょうね。
白「もちろん若い世代の方も、ネットにないことは文献を当たるでしょうが、最初から文献に当たるよりはまずネットで当たりをつけるのが全体的に自然になっているでしょう」
K浜「岡田斗司夫(おかだとしお)さんがどこかで言っていたけど、わからないことをWikipediaで最初に調べるな、興味があったらそのテーマの本を何でもいいから一冊読んだ方が良い。で、そのあとWikipediaを読めと。そこから別の手がかりが拾えるようになるから。誰か一人の視点から書かれたものを読んでから、複数人の視点で書かれた記述に当たれって、これは面白いよね」
白「Wikipediaも最後のほうに参考資料や出典が書かれているから、それから見ればいいと思う。まあWikipediaだけっていうのは勧められないけれど、もしやるんだったら記事のある各国言語のページを片っ端からチェックして、google翻訳につっこんで各国の記事を比較して違いを検討するとか、ネットだけで出来ることはかなりありますよ。僕自身は紙の本ベースで育ってきた調べ方の応用になりますが、ネットと紙が両方あるなかで、ネットの検索方法を紙に広げていくというのも当然出てくると思います」
K浜「でも解説書く時なんて、図書館学でいうところの参考業務が必須だったのに、今はその相当な部分をネットだけでこなせるでしょう。かつては一生懸命Locus(注・アメリカの著名なSF専門情報誌。「ローカス賞」を主催していることでも知られる)を山のように積んでいないと作家のコメント拾えない、みたいな時代だったのに」
白「昔は国会図書館や大宅壮一(おおやそういち)文庫に籠もってやっていましたね。その方法を、もっと効率的にネットの調査に転用すればいい。あとネットアーカイブはたいしたものなので、みんな活用した方がいいと思います」
 ――そういうネットサーチの指南書があってもいいですね。
白「単純なノウハウ本だと、たいして面白くならないかも。もしリサーチャーや設定考証の仕事に興味がある人がいたら……まあやめとけとしか言わないけど(笑)、調査を仕事にしたい人に向けて助言するなら「君がまずやるべきは英語を覚えること」だ、と」
K浜&レイコ『あー(納得の二重唱)』
白「英語圏のネットのほうが絶対的に情報は多い。英語が出来た方が確実に世界は広がります。他のことにも役立ちますし。あと、数字に強いに越したことはないですね。というふうにごくごくつまらないことしか言えません。ネットで調べる際の検索キーワードは当然言葉なわけですよね。社会人類学者のように、調査対象に通じる言語を学ぶ、その対象を指す言葉のバリエーションを広げるための努力をする。調査の力は言語の力だから、言語力があったほうがいいという、きわめてシンプルな結論です。類語のバリエーションがどれくらいあるかも重要ですね。19世紀の船員さんのスラング本とかたくさん買ってつい読んじゃうとか繰り返していると、自然とそうなります」
 ――先日、1949年に刊行されたアメリカのノンフィクションを編集しましたが、驚くほど今の英語じゃないというか、この50年程度でかなり語の使い方が変わるという恐ろしさを味わいました。
白「言葉は5年で変わりますね。だから、辞書はいろんな年のいろんなバージョンを持って、調べる時代の刊行年のものを引けるように……これこそデータアーカイブ化して欲しい(笑)。でも辞書に載っていない言葉も多いから、結局当時の本を読むしかないですね。まあそうやって調べた情報を、逆に言えばエンターテインメントでそこまで盛り込んでしまうと、視聴者や読者がついていけない話になってしまうから、それは加減すべきとは思います。とはいえ「それ」が何を指しているか作り手側は知っていて損はないし、使わないという判断を選択することも出来る。つまり材料は豪華な方が良いんです。どれを取捨選択するかの幅があった方が結果として豊かになる。ただ、詰め込み過ぎる選択はあまり感心しないですね。
K浜「たとえばね、宮内悠介(みやうちゆうすけ)さんの小説の巻末には山のように参考文献が載っているけど、彼の場合は資料を、きっとデータの裏取りとは別の意味で使っている気がする」
白「なんというか、「流れ」で資料を見る人もいます。ある概念を参照するにしても、細部ではなく「大筋でこうじゃね?」の方に行くタイプのクリエイターというか、僕はこちらの方が純粋なストーリーテラーだと思います。細かいことに拘(こだわ)って積み上げていくタイプと、大枠を通じてストーリーテリングしていく二つのタイプの人がいると、お仕事していて感じることがある。これは良い悪いではなくその人の個性ですね」
 ――ディティールではなく、つまり思想を知るために読む、ということでしょうか。
白「例を挙げると、『ドリフターズ』の時代考証は、厳密な意味での歴史からは遠い部分もあるというか、視覚的表現としてより刺激的な方向を選んでいる。でも、僕は主人公の一人である島津豊久(とよひさ)の性格描写にある「中世的自力救済」、これは何事も権威に頼らず自分自身でけりをつけるっていう概念ですけれど、要するに己は己によって救済されねばならぬっていう意識で、中世をこれほど見事に体現しているキャラクターはいないと思いました」
 ――それは原作者の平野耕太(ひらのこうた)さんのキャラクター造形がすごいんでしょうか。
白「大変素晴らしいと思います。他人を簡単に天才だという気はないけど、平野さんのそういうところは天才的だと思う。島津家というのは戦国の中でも中世的な家風を維持した人々だから、織田信長(おだのぶなが)のような「近代人のはじまり」ではない。「敵は首を切る」とか、すべての法体系すらも自分自身の中に還元される。アニメ版『ドリフターズ』の設定考証をお引き受けした時、とても良いなと思ったのは「精神が素晴らしく考証されている」というところでした」
 ――キャラクターの衣装やヘアスタイルなどの、外見的な問題ではない。
白「僕はそちらよりも重要だと考えます」
K浜「今の話、「リサーチ学」と呼んでいいのかな、学校で生徒に教えられたら面白いのにって思いながら聞いていたけど、マーケットあるかな?」
白「若い人に「こういうやり方があるよ」って教えることはあるけど、設定考証が出来るかどうかは本人の資質も大きく関係があります。アニメの現場で設定制作という仕事もあるんですが、そういう子たちも多くはプロデューサー側になっていくか、演出家になっていくか、二つの道に繋がっていって、なかなか最後まで設定だけという風にはなりません。でも、これは重要な仕事のはずで――物語を作る上でストーリーとキャラクターが一番重要なのは変わらないけど――それ以外の表面に現れない黒子の部分もしっかりしていないと。先程の設定考証チームの話と重なりますが、ストーリーテリングも集団でやった方が続き物は効率が良い。脚本家チームを作るうえでの集団作業やクリエイティヴィティについてなら2時間くらい語れますよ(笑)」
K浜「そういえば日本って複数人による創作、たとえば合作の小説ってなかなか一般化しないよね。欧米ではかなりメジャーなのに」
白「国柄的に作家幻想が強いからだと思います。これは映像の話ですが、アメリカだと『CSI』とか大きい作品だと、脚本が10人くらいいて、ネタだけ出す若い子とかも加わっている」
K浜「それ、勉強になるだろうね。オリジナルの脚本が一人前に書けるようになるのはなかなか難しいみたいだね」
白「実はオリジナリティよりも、脚本家にとって重要な能力は、現場やプロデューサーの意見をすりあわせながら、落ち着くところに落とし込むことができるかどうかです。作業効率と予算の中で、こういう場面を作るのをどう脚本をまとめるか……たとえば「こんな台詞回しが欲しい」というときでも、演じる声優さんによって台詞の書き方が変わってくるし、声優さんも予算の範囲内で依頼しなければならない。製作費に直結する部分を勘案して文字化していくという苦労は、一般的な脚本術では語られない」
K浜「ストーリーテリングのブレインストーミングとはまったく違う苦労?」
白「ブレインストーミングの結果を現実的な形に落とし込むにはどうしたらいいかってことですね。作家さんと最大に違うのはそこで、要するに集団作業でストーリーを作っていくにあたり、予算とか納期とかのバジェットを考えながら組む能力が必要なんです。勿論作家さんにも締切りはあると思いますが。
あと、小説は「大宇宙」と書けば大宇宙になるし「大群衆」と書けば大群衆が現れるけど、アニメは脚本に「大艦隊出現」ってあったらアニメーターさんががんばって大艦隊を描かないといけない(笑)。活字と絵と動画はそれぞれ違った魅力があるけど、各媒体に込められる情報量と情報の質に差がある。そういう意味で単純な比較が難しい」
K浜「でも、僕が小説の原稿で指摘することが圧倒的に多いのは、視点人物の目に景色がどう入っているかまったく考えられていない描写なんだよね。「家があった」と簡単に言っても、その家大きいの小さいの? とか。家でさえあればいいって訳にはいかないことが多い」
白「映像だと、そこのディティールをどう詰めるかがより明確になりますね。「隣の部屋との境にある襖の間から風が吹き込んでくる」って場面を描くと、中心になる部屋だけでなくもう一つ向こうの部屋との位置関係や、風が吹いていることを何で表現するかも描く必要が出てくる」
 ――小説では、逆に何が周囲にあるか頑張って逐一描写してしまうケースもありますね。10メートル先に時計があって、その向かって左にある鉄製のドアが……とか。
K浜「何メートル先とか言われても、読者はすぐに状況を把握できない」
白「アニメで状況説明をする場合のテクニックのひとつなんですが、たとえば『第三の男』みたいに地下水路を逃げる場面で、その構造が重層的であるという表現をしたいとする。そういう場面を考えるなら、最初はまず「ヒューム管」というコンクリートの筒の中を走っていく場面を描く。それが徐々にヒビが入るように変わっていき、次の場面では周囲が煉瓦(れんが)の壁になる。その都市の旧地下下水道という表現になるわけですね。そして、下水管も「卵形管」っていう古い形に変化していく描写を差し入れる。この地下水路を走るシーンだけで、舞台の都市の深みが表現できるんです。勿論三つの場面のうち最適のものに絞ることも可能です。こういった描写をストーリーに適合させる形で提案するのが設定考証ですね。他にも、一言で「和室」といっても造りは色々あるし、「城」だって時代や地方色で異なる。軍人を登場させても下士官か将校かでかなり変わります」
K浜「そう聞くと、本当にアニメって精密になっちゃったよね」
白「映像に対するリテラシーは確実に上がっていますね。とんでもなく細かく見ている人もいます。一瞬だけ映った英文を読む人とか」
 ――『ヨルムンガンド』では、武器売買の契約書まで作ったと聞きました。
白「たぶん実際は潰れて見えないと思いますが(笑)。ちなみに『ジョーカー・ゲーム』のときには、新聞の記事まで全部作りました」
K浜「えっ?」
白「紙面を埋めるために、架空の新聞連載小説『上海(シャンハイ)の女』というのを7話まで書きまして……」
(一同爆笑)
 ――(笑いが止まらない)それ、気が付いた視聴者はいたんですか?
白「これも潰れているからわからなかったと思います。記事だけじゃなく新聞広告まで作ったし、ドイツ語や英語の新聞まで出てくるからけっこう大変でした」
 ――『上海の女』、こんどぜひ読ませてください。本日は有り難うございました!

『ミステリーズ!vol.84』2017年8月号より転載)

(2018年4月9日)



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