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2018.04.17

「レイコの部屋」傑作選 vs.白土晴一さん(設定考証・リサーチャー)前編

ミステリーズ! 84
 隔月刊でお届けしている『ミステリーズ!』に不定期連載中、編集部Fが出版業界のプロフェッショナルからいろいろ知識を授けてもらうインタビューコーナー「レイコの部屋」より、よりぬきで『Webミステリーズ!』に再掲いたします。

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 もともと出版業界の様々なプロフェッショナルを招いて、主に文芸作品が本となって世に出るまでを支える職人たちの仕事に迫るという主旨で始めた(うろおぼえ)このコーナーですが、22回ともなるとさすがにネタが切れたというのが正直なところです。
 しかし持つべきものはSFファンの友人知人の多い先輩。SF班K浜と話をしていた時にとんでもなく面白そうな職業名を耳にしました。
「設定考証?」
 英米では一般的ですが、小説やドラマのネタを提供したり、作中に盛り込まれている情報の記述が正しいかチェックしたりする、リサーチャーというお仕事があります。日本でも、ハードSFの科学的考証をプロにお願いすることもあるし、創元SF短編賞受賞者の高島雄哉(たかしまゆうや)さんもアニメ『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダムTHEORIGIN激突ルウム会戦』のSF考証を手がけられていますが、cakesに連載された記事の中で、すごくわかりやすくまとめられています。

 ということで、今回はアニメーションや漫画の設定考証で活躍されている白土晴一(しらとせいいち)さんにお越しいただきました。赤裸々な質問担当でSF班K浜も同席してのインタビュー、レイコの存在は今回空気と思ってお読み下さい。

レイコの部屋第22回
 vs.白土晴一さん(設定考証・リサーチャー)前編


 ――今回はSF班K浜と古くからのご友人ということで、わざわざお時間を割いていただきました。旧交を温める間もなくインタビュー始めちゃっていいんでしょうか。
K浜「(気にしてない)ねえねえ、この仕事って何がきっかけで始めたの?」
白土さん(以下白)「横田順彌(よこたじゅんや)さんのところに出入りしていたことがきっかけでしょうか」
K浜「横田さんってことは、日本古典SF研究会(注・1945年以前に書かれたSFを対象とした研究会)が最初?」
白「いや、宇宙軍(注・野田昌宏(のだまさひろ)宇宙軍大元帥を最高顧問に迎えたSFファンサークル)が最初です。古典SF研究とスペースオペラというまったく違うものに興味を持っていて、二つ参加していました」
 ――その二つに興味があるのは筋が通っている気がします。
K浜「通ってないよ!まあ荒唐無稽なところは共通しているか」
白「師匠は誰と訊かれれば、横田さんでしょうか。横田さんが古典SFについて書かれていることを自分でも調べていたのが、設定考証という仕事につながっています。SFに限らず、調べること自体若い頃から趣味だったので、国会図書館にえんえん籠もって……」
 ――荒俣宏(あらまたひろし)さんみたい。
K浜「會津(あいづ)さんもそうだよね。會津信吾(しんご)さんも調べ物がものすごく好きな人だけど、まあ世の中には一定数そういう趣味の人がいる」
白「その頃、ライターのようなこともやっていたので、仕事も趣味も調べ物でした。でも、ライターよりも調べ物をやっている方が面白くなってきた」
K浜「それってお金になることと結びついていた?」
白「(即答)ほとんどなかった」
K浜「週刊誌のデータマン(注・原稿執筆のための材料を取材し情報を集める記者)とアンカー(注・データマンが収集した資料や情報を記事にまとめる人)に相当するような分業制って、ライターの業界にしかないでしょ」
白「ほぼそうですね。最近ではアニメ制作でも、リサーチの専任を雇った方が楽というスタンスが広がっていますが、僕みたいな存在を知らない人は業界でもまだ多いです」
 ――KAI-YOUに掲載されているインタビューを拝読したら、全国でも20人くらいしかいないとありました。
白「よく考えると20人もいないかも(笑)。純粋に考証というと、SFでは堺三保(さかいみつやす)さんや鹿野司(しかのつかさ)さんがいらっしゃいますし、軍事考証の専門家もいますが、自分はジャンルを限定していないですね」
K浜「時代劇の考証は需要があるんでしょ」
白「時代劇はそれだけの市場規模があるので。時代劇ではないですけど、僕も『純潔のマリア』というアニメで歴史考証に加わりました。谷口悟朗(たにぐちごろう)監督が、アニメでは中世の歴史背景を強調したいと希望されたので」
 ――原作がある作品でも、映像化する時に特定の要素をより強く出すことはOKなのでしょうか?
白「もちろん原作ありきで、今の話は「どう見せる」かということです。考証というのはわりと演出の部分が多いんです。演出の幅をどのくらいに定めるか……例えば、中世を舞台にしていても、リアルな「中世なりの概念」が導入されてしまうと、ストーリーを追う時のノイズとなってしまうことも考えられる。エンタメとして重層的なものを敢えて省くという選択肢もあります。小説も漫画もアニメも、それは同じだと思いますが」
 ――リアリティレベルを、その物語ごとにカスタマイズする。
白「それをどのくらいに収めるかは演出に関わってくるので。『純潔のマリア』は、谷口監督が「ほぼガチでやりたい」と言うので「……じゃあガチで」と(笑)。この作品のとき僕はスタジオで、監督の横にいて絵コンテから全部目を通しつつ、文献にある情報を映像に落とすのにどういうルートがあるかをスタッフに説明するという仕事をしていました」
 ――そこまでいくと、チェックのお仕事ではなくてクリエイターの仕事ですよね。
白「どこまで関わるかは作品によって違ってきて、チェックしかしないものもあります。仕事によってはワンポイントのみとか。それはそういう仕事として請け負います」
K浜「SF考証でも、基本設定からアイデアを出すのと、高島さんが『ゼーガペイン』で経験された「それらしい用語を考案する」という局所的なものまで、一言で考証といってもかなり幅があるみたいだよね」
白「言語を整えて台詞を深めていく仕事も考証の一部ですね。僕も受けることがある。一方で、影も形もない段階から脚本家と監督と僕が呼ばれて一から相談するケースもあります」
 ――設定考証と一言でいっても、作品によってずいぶんスタンスが違うんですね。
白「監督やプロデューサーが、考証に対して常に「作品を深める」ことを求めるわけではなく、「適度に落としこむ」ために依頼するという面もあります。例えば、昨今の深夜帯アニメには深夜帯なりの情報量が必要になりますが……」
 ――深夜帯の番組は、視聴者が求める情報がよりディープになる?
K浜「うるさい奴が見るんだよ」
白「その言い方(笑)。作品世界が安くならないよう、情報を詰めて作ったものの方が、ソフトを買う時に手が伸びやすいというのもあります。でも、やり過ぎても敬遠される。どのくらいの情報量で収めるのがいいか、個々の作品それぞれで求められるものが違ってくる」
 ――視聴者にとって最適化された情報量を模索する。
白「そううまくいかないこともありますが」
K浜「小説でも、事実に大きく依拠(いきょ)するものを書く時に、どこまで細かく情報を盛り込むかというのと一緒かな」
白「アニメにしても漫画にしても小説にしても、それぞれ提供できる情報量は媒体ごとに変わってくるけど、それをどのあたりに定めるか、アニメでは脚本家や監督と相談して決めていきます。『純潔のマリア』では、今後しばらくこれほど中世の情報を盛り込むことはきっとないというぐらいに詰めました」
 ――例えば、白土さんがチーフリサーチャーとして参加したアニメ『ジョーカー・ゲーム』の原作はミステリとして書かれていますが、その点は考証をする上で意識されましたか?
白「ミステリとして、という質問に沿っているかわかりませんが、文字で書かれている情報と映像で見せられる情報は当然違ってきます。表現が難しいですが、文字で書かれた情報は、視覚的に中心に据えづらいので、映像の方の情報密度を上げる努力をしなければならない。小説ではこう書かれているところを、映像に最適な形で変換するにはどうしたらいいか、という」
K浜「ほとんど監督の仕事じゃないの、それ」
白「ストーリーとキャラクター以外は、なんだかんだいって口を出すことになる」
K浜「それがさっき言っていた「演出」ってこと?」
白「最終的な決断は当然監督が行いますが、谷口さんからは「設定監督と名乗れ」と言われてすぐ断った(笑)。僕は考証の専門が一様ではないし、リサーチだけやっているわけではないので、なんと名乗ればいいのか未だにわからないです。歴史物も、『ID-0』みたいなスペースオペラも、少し前ですが『ヨルムンガンド』『ブラックラグーン』……」
 ――え、『ヨルムンガンド』『ブラックラグーン』もやってらしたんですか?(大ファン)
白「『ブラックラグーン』はアニメではなく原作の方を少しだけお手伝いしてます……いやお手伝いしたともいいにくいのは、僕などいらないくらい、作者の広江礼威(ひろえれい)さんが拘(こだわ)って調べる方なので。『ヨルムンガンド』も原作の3巻目から関わりました。『軍靴のバルツァー』とか、漫画の仕事もやっています」
K浜「え、原作ってこと?」
白「キャラクターの動きやドラマ部分、言葉のやり取りは漫画家さんが全部作られるので、原作とは違いますね。「ここちょっとおかしい」「こうした方が場面がはえる」とか、立ち位置的には編集者に近いかも」
 ――すごくわかりやすい。
白「「ここは(考証的に)ぬるくしても面白い方がいい」とか。考証はあくまで考証なので、「面白くなるなら考証を破れ」というのが僕のイデオロギーです。そういう突き抜けたところがない作品はきっと面白くないとも思いますし」
K浜「絵的に格好いいことはある種の説得力だよね。某作品で巨大潜水艦がいきなり水面を突き破ってジャンプして出てくるとか、実際ああはならないんだろうけど、文句なく格好いい」
白「そのあたりは正しい正しくないではなく、トータルで見て良いと思うものはそう提言します。決めるのは監督や漫画家さんですが、「こっちの方が面白いから。これは2ちゃんやネットで叩かれたとしてもやった方がいい」って言われると、監督も安心するという面もある」
K浜「やっぱり監督は気にするんだ」
白「まったく気にしない人もいる(笑)」
 ――「こうした方がいい」という提案が絵になった時、「あ、まずった」と思うことってありますか? 動かしてみないとわからないこともあるのでは。
白「原画やラッシュの段階でも見ているので、たとえリテイクを出すにしても、トータルの作業量を読んで「やったほうがいい」ものは指摘します。ストーリー上で重要でなければ流す、ということも仕事の範疇(はんちゅう)ですね」
K浜「でも、なんでアニメ制作ってみんな集まって作業するの?別の場所でそれぞれ打ち合わせするのはだめ?」
白「アニメーターは作業時間帯も作業スタイルも個々で変わってくる。バラバラな人間を一つにまとめようとする時、一箇所に集めた方が作業管理は楽ということです。30分アニメ1話につき250カットなんて時もあるので、回収する手間を考えてもそうした方がいい。小説に喩(たと)えると、1シーンごとに別々の作家が書いて1冊にまとめるイメージですね。そのバラバラのカットを集めるため編集さんが一人ずつ訪ねて原稿を取りにいくわけにはいかないでしょう? 全体の流れは監督が決断するけど、絵的な部分で統一をとるために作画監督がいて、個々の場面が設定通りかを一緒に確認します」
K浜「え、1枚1枚確認するの?」
白「それを僕がしてしまうと作業工程が一つ増えてしまうことになる。そこで止まると後がつかえるので、危うそうなところだけコンテの段階で見るということが多いです。コンテと脚本の間くらいの段階で「ここは気をつけて」みたいな資料を作り込んでおいて渡したりもする」
K浜「そういえば漫画の仕事もやっているみたいだけど、これはアニメの仕事の方が早かった?」
白「アニメの方が早かったかな。確か『モデルグラフィックス』の仕事を受けた時に、英語も読めるし軍事にも詳しいからと漫画の仕事を推薦されて、それが『ヨルムンガンド』だったんです。これは武器商人の話で、現在2巻まで出ていて人気も上々だけど、今後のネタを考えるのに加わってくれと。日本語の文献に武器商人の話なんて中々ないので……」
K浜「日本では学問として勉強しようがない(笑)」
 ――『ヨルムンガンド』の最終エピソードが○○ネタになるのは、もしかして……
白「僕が入っているからです(笑)」
 ――ネタバレ防止のため詳細は伏せますが、『ヨルムンガンド』には現在の10年先くらいじゃないと不可能な、とある技術が登場して重要な役割を……すみません私すごいファンなんです。
白「高橋慶太郎(たかはしけいたろう)さんとはその後も仕事をご一緒して今はサンデーGXで『貧民 聖櫃 大富豪』という作品のお手伝いをしてます。もともと活字方面の人と思われていたのが、漫画にもアニメにも付き合う奴と認識されたみたいで、現在の仕事が中心になってきました」
K浜「10数年前は全然そんな仕事していなかったよね。調べ物が大好きな人というだけで」
白「そうですね。本ばっかり読んでいた。設定考証という仕事については本当にここ10数年で一歩ずつ広がっていった感じです。現在では、映像表現の費用対効果について口出しできるくらいには現場を見てきたので、そこを重宝してもらえているかな、と。うるさいと思われることもあるかもしれない(笑)」
 ――ここ10数年で考証のお仕事が増えたということですが、それはやはりインターネットの発展に負うところが大きい?
白「それは確実にありますね。ツッコミが増えるのがいいか悪いかは別として、面白ければ別に考証はなくてもいいというスタンスです。考証すると、正しいか間違いかはっきりしてしまう」
K浜「考証はサイエンスだからね」
白「それは叩きやすい原因につながっているかもしれない。間違っていても面白ければそれでいいんじゃないか、という個人的な気持ちはありつつ、気にする人自体は確実に増えているので、指摘することに意味はあると思います」
 ――リスク回避に作り手が意識的になっている。
白「積極的に作品を膨らますというポジティブな方向にもっていけるといいんですが」
 ――ちなみに原作のあるものと完全なオリジナルでは、設定考証の際どちらが難しいですか?
白「難しい質問ですね。そういう質問の答えの常で、つまらない答えになるんですけど(笑)やはりケースバイケースとしか。原作があるが故(ゆえ)に縛りがあって表現が大変ということもありますし、監督との相性もある。もちろん原作がある方が作業の全体量の予測は楽です」
 ――何を描くかは最初から決まっているわけだから。
白「とはいっても絶対的な作業量が見えたからといって楽になるものでもなく……オリジナルなら「ここが大変」という箇所があったら、ストーリーを調整すればいい」
K浜「それ、創作と翻訳のどっちが難しいか、みたいな議論だね」
白「どっちが難しいかと訊かれると、どっちも難しい」
 ――今の答えは大変腑(ふ)に落ちました。
白「他人を説得することにこの10数年を費やしていますから(笑)」

 最初に説明を失念しましたが、このインタビューを文字起こししたところ、なんと400字詰原稿用紙換算で30枚までいってしまいました! 白土さん、本当に長々と拘束してしまい申し訳ありません。

 というわけで次号に続く

 夏、生きているだけでつらい(編集部・S嬢)。おまけの編集部日記です。

 一時期ネットを賑(にぎ)わせていた、「猫を抱っこしてナデナデするだけの係」を募集していたアイルランドはダブリンの動物病院。応募資格を読むと「猫のごろごろ(注・猫は気持ちいい時や甘えたい時、ときに具合が悪い時にもごろごろと喉を鳴らします)の意図を感知できればなおよし」とあり、猫飼いとしては喉ではなく腕が鳴るところです。
 同じ記事を熟読していた本誌編集人・猫原さん(仮名)から「……面接会場で会おう」(にやっ)とエールを送られました。
 負けられない戦いが、今始まる。

 ここまで書いたところで、本人より「超難読漢字にルビが振っていない」とクレームが入りました。
 そんな難しい漢字、私が使えるわけないだろうと読み返すと、彼は静かに「猫原」を指さして、
「……にゃんばら……」
 と呟いて、どこかに行ってしまいました。
 というわけで、これから「猫原(にゃんばら)」にはちゃんとルビを振って使っていく所存です。
 皆様もどうぞご留意下さい。

『ミステリーズ!vol.84』2017年8月号より転載)

(2018年4月17日)



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