短編ミステリ読みかえ史

2017.12.01

短編ミステリ読みかえ史 【第105回】(2/2) 小森収

 松本清張のアンソロジーで優遇されているのが、リチャード・デミングです。しかし、必ずしも、作品が秀れているわけではありません。
「第一容疑者」は、クライムストーリイというより、倒叙と呼びたい一編です。ジョーンズは食料品店を営んでいますが、口うるさい女房を殺したい。しかし、動機からも機会からも、彼が容疑者ナンバーワンであることは確実です。日ごろから、虫も殺せぬ善良な男を装ってはいますが、いざ犯行に及べば、警察が疑うことは必定です。それでも用意周到に計画を練って、強盗の犯行に見せかけて妻を殺してしまう。架空強盗犯の目撃証言や、始末した凶器や売り上げの現金といった、彼の工夫が、警官とのやりとりの中で、予想ほど効果を発揮していないことが分かります。このあたりが、倒叙の面白さでしょう。それでも、証拠がないために、警察は手出しが出来ない。そんなところに、意外なことを警官から教えられる。彼が入手したように、拳銃を質屋から買うのは、ほぼ100パーセント入手経路を辿れるというのです。しかも、始末したはずの拳銃が、警察の発見するところとなる。狼狽した彼は質屋の口を封じることにする。さて、事件の顛末は……というもの。結末は驚くようなものではありませんが、倒叙の型を破ってはいました。
「絞殺魔」「鳩時計」は、第二巻の『決定的瞬間』に二編採られた作品ですが、ともに、精神異常を扱っています。こうした内容は古びやすいし、精神病に対する荒っぽい考え方は、現代で通用するとはとても言えませんが、それにしても、大した作品ではない。「絞殺魔」は、語り手の新聞記者の義弟に対する態度が、偏見を持っていると言ってもよく、これで、シリアルキラーとするには無理だらけでしょう。まして、その妻の行動も、作家の手つきが目立ちます。「鳩時計」は、自殺願望者に対するヴォランティアの電話相談を、主人公に据える着眼点は良いのですが、終わってみると、犯人の行った細工が何のためで、どういう効果を狙ったのか、実はあやふやです。読者が見る側からしか、犯行が考えられていないのです。
「血なまぐさい家系」は、財産目当てに次々と親戚を殺していく甥の裁判を、主人公の化学者が苦々しく見守っています。甥は無罪になり、やがて、引退した主人公のもとへやって来る。現在は主人公の信託財産になっているものが、彼の死後は甥の手に渡るのです。毒殺をめぐる攻防を柱にしたクライムストーリイですが、化学を応用したアイデアだけが剥き出しになっていました。「感度のいい陪審員」も、同じように、被害者から見た犯罪者を描いていますが、こちらは犯人の無罪を信じています。ヒロインは陪審員として裁判に臨み、被告席の彼の視線から、何かを感じ取ります。彼女はその瞬間、彼の無罪を信じ、始めは11対1で有罪と判断されていた陪審員の話し合いが、彼女の頑張りで逆転無罪となります。調子の良い展開を、あまりそうとは感じさせない巧みさはありますが、無罪となった彼が、ヒロインを訪れてからは、そうなるだろうという話がそうなっていきます。
「女の感覚」は、会社を潰して自暴自棄になった夫が、列車で一時間半のバッファローのホテルで酒浸りになっているという電話を、ヒロインが受け取ります。夫のことが心配で、潰れた会社の共同経営者(は、彼女に気があるらしい)に、後をつけさせたのでした。駆けつけてみると、夫はナイフで胸を刺されて倒れていますが、ホテルの部屋は中から鍵がかかっていて、苦労して押し入ったのでした。密室ものではありますが、これほど謎めかない密室も珍しく、解決にも驚きがありませんでした。
 こうしてみると「第一容疑者」が、かろうじて読めるという程度で、デミングはクライムストーリイやサスペンス小説の短編は、あまり得手ではないようです。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。

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