短編ミステリ読みかえ史

2017.11.01

短編ミステリ読みかえ史 【第104回】(2/2) 小森収

 ヒッチコック・マガジンでは二回ギルフォードの特集が組まれたと書きましたが、その二度目の中編特集号を入手できたので、読んでみました。三編それぞれに佳作で、そういう意味では力の入った特集になっていました。それでも、先に書いたギルフォードの長短が出ているということに変わりはありませんでした。
「殺人三銃士」は、ひとりの女に入れあげた三人の男たちが、彼女の心を射止めた、しかし、ろくでなし以外の何者でもない男――彼女は頻繁に夫婦喧嘩をしては、家を数日空けることのくりかえしなのです――を殺してしまおうという話です。騎士道精神を想わせないでもない、少々古めかしい三人組の恋路にしても、それを捧げられる女の本心にしても、それを描く上での綾に欠けるので、単調さは否めません。ストーリイを運ぶ巧みさはあるので、最後まで読ませますが、どこをとっても、最初に思いついたであろう着想をもって書いているように見えてしまうのです。
 同様のことは「愛情5000ドル」にも言えます。主人公は新進気鋭の弁護士なのですが、してはならない決断と分かっていながら、下した決断の実行から、話が始まります。愛する妻が浮気性で、しかもタチの悪いヤクザ者に引っかかっています。主人公は5000ドルを払うことで、妻から遠ざかるよう要求する。男は喜んで金を手にし、約束も守りますが、主人公の妻が彼のもとへ戻ってくる保証がないどころか、実際問題としても、戻ってきそうにはないのです。5000ドルの大金は、ほとんど捨てたも同然です。その同じ日、彼から金をむしり取った男の死の報せが入ります。札びらきっていたはずの大金は見当たらず、彼に金を貸していたという男が逮捕されます。しかも、あろうことか、逮捕された男は、彼に弁護を依頼してきたのでした。男は金を取り立てようとして、もみ合いになり、被害者の拳銃で誤って撃ち殺したと主張しているのですが、言葉巧みに、自分が5000ドルを持っていること、その金の出所が弁護士であることを匂わせてくる。弁護してくれれば、5000ドル払うというのです。
「殺人三銃士」が、三人の男が共謀して殺人を企てるという根本に強引さがあるように、この「愛情5000ドル」も、弁護士が最初に5000ドルを払うところに、いささか無理があるように思いますが、それはいいでしょう。そこに目を瞑れば、展開は巧みなもので、裁判が始まると、妻が巻き込まれることを恐れねばならず、それがために、彼女と連絡を取り……と、ますますのるかそるかになってくる。裁判は無事無罪を勝ち取りますが、もちろん、それでメデタシメデタシになるはずもありません。このあたりの起伏のあるストーリイ運びは見事なものです。ギルフォードは、短くキレ味のある作品よりも、この手の、ある程度じっくりした話の方が得手なのかもしれません。最後のオチも、上手いものです。読んでいる間は、この「愛情5000ドル」も、不満を感じることはありませんが、読後の印象は薄い。主人公と妻との関係の推移や、依頼人のキャラクターの描き方が、いかにも通り一遍なのです。
 特集の3本の中編でもっとも出来が良かったのは「旅路の果て」という作品でした。
 ふたりのいとこ同士がいて、その関係は、20年以上前に遡ります。ふたりで分け合った遺産を、主人公は大不況で失い、彼のいとこは財産を残す。ともに見初めた女性も、主人公ではなく彼のいとこの妻となります。しかし、いとこは病を得て、家には健康な男手が要るからと、手に職のない主人公に同居を勧め、主人公は居候の身となって過ごしています。いとこ夫婦の間には、ひとり息子がいて、この男の子だけは、主人公を嫌っているようです。こうした経緯が、まずはゆったりと語られていきます。いとこの病は苦痛の多いもので、鎮痛剤を飲んでも、なお苦しみは続く。主人公はそれとなく自殺を勧めてみる。やがて、彼の死は主人公の望むものとなっていき、ある夜、処方の分量よりはるかに多くの薬を、いとこに飲ませます。その夜、いとこは死にますが、その直前に息子と話し込んでいる。ごく自然の成り行きとして、主人公は未亡人に求婚する。彼女の答えは、息子が賛成してくれるならでした。
「旅路の果て」という邦題(原題はA Simple Uncomplicated Murder)のとおり、何十年にもわたるスパンで、いとこを殺した主人公の人生をたどって行きます。再婚に賛成するとは思えなかったひとり息子は、主人公のことを嫌っていると認めた上で、彼の母親のこれからを幸福にすることを条件に、結婚に賛成したのみならず、陸軍士官学校へ入学することで、新婚家庭からも距離を置くというのでした。平凡でさして個性のない男が、自分にも出来る殺人の機会に巡り合い、その一回をものにして、妻と財産を手に入れる。自分を嫌っているばかりか、父親殺しにさえ気づいていそうな息子は、なぜ結婚に賛成したのか? という大きな疑問を胸に秘めつつ、彼の生涯は時を刻む。同じ疑問を胸に、読者も読み進む。やがて、愛する妻にも死が訪れる……。結末はぼんやりとは予想できるものの、計画の全貌は読者の意表をつきますし、さらに、その後にドンデン返しを見せるあたり、まずはクライムストーリイの秀作と言えるでしょう。

 C・B・ギルフォードの作品のうち、日本でもっとも有名なのは「探偵作家は天国へ行ける」でしょう。この作品や「新車で飛ばそう」といったEQMMに発表された作品は、以前EQMMコンテストに即して短編を読み返していたときに触れていて、私はあまり評価していません。そのほかにも、日本語版EQMMに掲載されたものが、いくつかあります。
「結びの神の結婚生活」「ラブレター」といった作品は、小鷹信光流に言えば〈夫と妻に捧げる犯罪〉ですが、平凡な着想の短編でした。「ロシア・ルーレット」は、サーカスの一座がたまり場としている酒場の主が主人公です。サーカス芸人の三角関係が、その決着をつけるために、誰かが本当に死ぬまで、いかに死の淵を覗くかの競争に、各人の芸が走っている。そのことを憂えた主人が、三人に拳銃を手渡し、子どもたちも見ているサーカスの舞台ではなく、誰もいない、いまここで決着をつけろと迫る。ロシア・ルーレットをやろうというのです。ロシア・ルーレットの段取りに見所はありますが、結末は予想がつくものです。
 日本語版EQMMに載ったもので面白いのは、「老女の灯」という愉快な詐欺の話です。正直一途に生きてきて、夫と死別した主人公の老女が、一大決心をするところから始まります。夫の残したアルバニア国債(東側の小国の国債で無価値なのです)と、数百ドルの全財産を現金として財布に持ち、一流ホテルに乗り込みます。まずは最初に、セイフティボックスに「日々値上がりしている大切な国債」を預けます。これが全財産で、しかし、売り時を間違うと大損をするので、現金化は時機を見てと、先手を打ちます。そして、これより先贅沢領域とばかりに、サインひとつで何でも叶うホテル暮らしを始めます。
 もちろん、いつまでも現金化を先延ばしには出来ませんが、当面、一流ホテルのサーヴィスは抜群です。払いを催促されると見るや、直接世話をしているメイドやボーイ、支配人を呼んで、皆さんのサーヴィスには感激したので、遺言状を書き替えて、あなたたちを相続人にすると宣言する。将来、相続できる財産となると、値上がりしている債権を途中で売れとは言いづらくなるという狡猾さ。という終始頬がゆるみっぱなしの、おばあちゃん詐欺師の話は、見事なサゲまで軽快さを持続していました。ギルフォードはユーモアがそれほど上手い作家ではありませんが、この作品は例外的な成功作でした。
 ギルフォードには、EQMMよりもマンハントの方が似合っているようで、むしろ、こちらの方に読むべき作品があるように、私には思えます。
「まだ物語は終らない」は、小さな(多分に保守的な)町の有力者4人が集まっています。その町に移り住んで、体のいい売春稼業をしている女性をなんとかしたい。合法的には何も出来ないのですが、そんなところに、知恵遅れの青年が用事で顔を出す。以心伝心で、各メンバーが企んだのは、彼にその女が好意を持っていると信じ込ませることなのでした。企みの顛末は悲劇となりますが、淡々とした筆致に終始します。
「犯罪学研究家」は、デパートの駐車場で白昼誘拐を決行する男が、いきなり描かれます。相手の女の手持ちの金品は奪いますが、身代金を要求するでもなく、身体めあてでもない。しかし、犠牲者の自由を奪う睡眠薬を持ち、移動のために自動車のトランクには呼吸用の空気穴をあけてあると、用意は周到です。読者は彼がなんのために誘拐しているのか見当がつかないまま、彼の犯行につきあうことになります。
 これらの作品は、異様なシチュエーションのクライムストーリイとして、いまの目で見ても斬新なところがあります。このほか、「車はいつも狙っている」は、妻を自動車事故ではね殺された男が、2年後に出所した犯人を、復讐のため車でつけねらいます。「女房の墓は花ざかり」は、使用人をこき使うことが生きがいのような老嬢につかえる庭師が、奉公を辞める辞めないで妻と諍いになり、殺してしまいます。薔薇を植え込むよう命じられていた芝生に死体を隠しますが、翌日、老嬢はすべてお見通しとばかりに、死体は自分が別の場所に隠したから、警察に通報されたくなければ、庭師として働けと迫る。ただし、勤務時間外に死体を探すのは勝手と、ゲーム感覚もあるようです。庭師はこきつかわれながら妻の死体を探しますが、見つからぬまま、芝生はどんどん花園になっていくというのが笑わせます。この二編はオチが平凡で読めてしまう(後者は、ある有名短編のヴァリエーションですし)のが難点ですが、それでも一読楽しめます。
 これら一群のクライムストーリイ(「旅路の果て」を含めてもいいです)や、「老女の灯」のユーモアに、C・B・ギルフォードの実力は見ることが出来ます。それらは当時のミステリ雑誌の中にあっても、楽しめるものであったろうとは思います。しかし、スタンリイ・エリンやロアルド・ダールとは言わない。シャーロット・アームストロングやQ・パトリックといった、同時代の作家のクライム・ストーリイと比べると、構成や文章、小説としての閃きや綾といった部分で、一歩劣ることは明らかなのでした。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。

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