短編ミステリ読みかえ史

2017.09.01

短編ミステリ読みかえ史 【第102回】(2/2) 小森収

『うまい犯罪、しゃれた殺人』は、ヒッチコック劇場の原作となった作品――その中でも優秀なもの――を集めたものでした。それはテレビドラマになるという前提で、選ばれたものでもあります。当時の、そうではない作品、たとえばEQMMに紹介されたままで終わっている作品に目をやってみましょう。
 EQMMコンテストで処女作賞を獲った「人を呪わば」は、妻に対する不満がつのっていく主人公が、妻への不満をひとつひとつリストアップしていき(アメリカ人はリストが好きですね)やがて、そのリストとともに拳銃を手にするに到るのですが、その拳銃を探す過程で、思わぬものを見つけてしまう……。ユーモラスだけど平凡なクライムストーリイでした。俳優のエージェントである主人公が、主な収入源である女優の犯した犯罪の尻ぬぐいをする「10パーセントの殺人」は、おそらく、サゲを思いついて逆算したのだろうなと思わせる、そこだけの話でした。確かに、シャレたサゲではありますが、同時に、それだけで短編が一丁上がりというのは、いかにも安易でしょう。こういう作品が、おそらく、オチだけが浮き上がった短編として、スレッサーの悪い側面を強調する結果となったのでしょう。
「邪道」「いまわしい思い出」「フロリダ旅行」といった作品は、中核となるアイデアを得ると、それをラストで炸裂させることを目指すスレッサーの作法が、アイデアに魅力が欠ける場合にどうなるかを示すことになりました。中では軍隊時代に主人公をいじめた上官を、偶然見つけて復讐を企む「いまわしい思い出」が、仕上がりの良い方でしょう。田中千禾夫の戯曲「雲の涯」と比べると、お国柄も分かろうというものです。
「権威の象徴」は、中心となるアイデアが、必ずしも意外性という形で発揮されないところが、いわゆるスレッサー流ではありませんが、なかなか愉快な一編です。たまたま聴診器を手に入れた、医者でもなんでもない主人公が、ちょっとしたイタズラ心から、白衣の胸にブラ下げて、大病院の中を闊歩すると、誰も怪しまない。それどころか、医学上の質問まで受けてしまい、適当にごまかすとそれが通ってしまうのです。もちろん、そんな都合のいい事態が長く続くわけはない(スレッサーはそんな甘い展開はしませんね)のですが、イタズラがバレたのちのオチが、また愉快でした。
「権威の象徴」が、アイデアをラストのオチに求めない成功例とすると、アイデアをラストのオチに集約し、なおかつ、かなり高度な考えオチにすることで成功したのが、「憲法違反」というショートショートです。主人公は出張先のクリーヴランドの賭け屋に、結構な借金があります。財布の主は、信託財産を持っている細君ですが、その紐はかたい上に、賭け屋からの催促の手紙なんぞは、勝手に開けて読んでしまう。憲法違反じゃないかと文句をいうと、ならFBIにでもなんにでも突き出せばいいと、落語みたいな夫婦の会話です。ところが、今回の催促は強硬で、一計を案じた主人公は、自分あてに脅迫状を書いてクリーヴランドから送る。細君はそれを開けて読むだろう。さて、その一計の結果や如何に? 見事な考えオチを読者に委ねて、短い一編の幕をさっと閉じてみせます。
 こうした作品は、私には『うまい犯罪、しゃれた殺人』に収められた作品よりも、面白く感じられました。実をいえば、40年以上前に「処刑の日」を読んだときに、すでに、さして面白いとは思わなかったのです。そんな中で、初期のスレッサーでも一、二を争うと考えるのが「20年後」という作品です。
 一人暮らしの自分の家にやってきては世話を焼く娘との会話から、主人公が退職した警官だと分かるのが巧妙な上に、娘とのやり取りも、ふたりの関係や娘の家族のことを浮かび上がらせて、なかなか達者な始まりです。退職したのちも警官であり続ける男(かつての仲間から、内部情報を教えてもらっている)には、ひとつ気になっている事件があったのでした。強盗事件で、店番をしていた女性が、犯人から灰汁を顔に浴びせられ、失明してしまう。その前に犯人の顔を見ていて、しっかり憶えているのだけど、写真を見て、この男と指させないのです。しかし、彼にははっきりとした心当たりがあって、心証は100パーセント黒。あとは写真で確認するばかりなのでした。そんな彼女が20年ぶりに、名医のおかげで視力を取り戻せるかもしれないというのです。男は顔写真を一枚胸に秘め、彼女が包帯をとるのに立ち会います。
 ここには「ふたつの顔を持つ男」のような、主人公をショックが襲うアイデアはありません。主人公と女性の会話から、持参した写真を犯人だと示すことはないだろうなという予想もつくでしょう。しかし、20年間事件を忘れない刑事の執念や、刑事を辞めても刑事であり続けようとする執念――ミステリには、ときとして平然と出てくる執念。たとえば「逃げるばかりが能じゃない」のように――が、実は、実生活の感情と、どれほどかけ離れたものか。そんなことを含みにして、淡々と小説は終わります。原題をMr.Justiceという1962年のこの短編を、スレッサーらしからぬ秀作と呼ぶべきか、いまひとつのスレッサーらしい秀作と呼ぶべきなのか? それが次回以降の課題になりそうです。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。

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