短編ミステリ読みかえ史

2017.05.01

短編ミステリ読みかえ史 【第98回】(2/2)  小森収

 日本語版マンハントの中から、面白そうなクライムストーリイを拾っていくうちに、ぶつかったのが、ロバート・ターナーの「男のルール」という一編でした。原題はFight Nightです。邦題は原題のシンプルだけど意を尽くした良さを生かしていないと思いますが、それはいいでしょう。7ページほどの小品です。語り手である「俺」が、友人のマックスと酒場で呑んでいると、居合わせた見知らぬ男がからんできます。言いがかりの果てに殴り合いが始まる。小説はその顛末――一夜の殴り合い――を語るだけのものです。この小説の眼目は単純明快です。
「映画やテレビで殴り合いをする奴ら、あいつらどうしてああ面白そうなんだ?(中略)あすこにゃ、何ンかが落ちてるぜ。欠けてる。何ンだと思う? 恐ろしさ、ってことさ。怖さ、ッてものさ。そいつァ、骨が、骨と肉に当る音なんだ」
 この一文が示すとおり、即物的な暴力をあるがままに見つめ、人が死に到るまでを描く。読者は息をつめたまま、この短い小説を読み終えます。極力説明を廃し、殴り合って人が死ぬという平凡な事実を淡々と描くことで、逆にショックを与える。クライムストーリイのひとつの典型が、ここには結晶となっています。
 同じ作家の「いよいよ夏休み」は、19歳の娘がひとつ年長の女との喧嘩に向かうところから始まります。母親はその夜のブリッジの集まりの準備に忙しく、緊張した娘の気配に気づきません。缶切りをジーンズにくるみ(それが定めた武器なのです)、決闘の場に向かう。凄惨に終わる決闘の結末は、あからさまには書かれず、不気味な余韻をもって終わります。
 この二編は、ほとんど理由らしい理由もないままに、暴力をふるい合う人々を簡潔に描いただけの短編でした。「男のルール」は決闘を傍観する男が語り、「いよいよ夏休み」は決闘の当事者の娘の一人称でした。アイデアストーリイとは、また異なる、純粋に暴力沙汰の経緯に終始しています。ハードボイルドの源流にヘミングウェイを置くならば――「殺人者」とか――これは通俗ハードボイルドのひとつと考えることも出来るでしょう。50年代のアメリカは、ティーンエイジャーの暴力を描くことが、一種の流行でもありましたから、「いよいよ夏休み」は、その一変種かもしれません。しかし、そうした歴史的・社会的な考察をはねつけてしまうだけの、暴力的な人間の在り様がここには描かれていました。
 ターナーは、短編を書く上での綾のつけ方というか、趣向をこらしたり設定をひねってみたりする術を心得ていて、そういう意味で技と腕前を持っています。語り手が事態の全貌を分からずにいるのに、読者には暗示してしまうというのが、そのひとつです。
「女ぎらい」は、極端で強力な母親に育てられたらしく、宗教的なまでに女性を遠ざけている三十代男を、学生たちが悪戯半分で、スネイクダンサーの女に挑発させる話ですが、ことの結末は平凡ながら、語り手が事態を悟らぬまま、読者だけが理解します。その直前に、悪戯仲間に不幸が起こるというのが不気味です。「だいじな客」はメイン州の田舎に引っ込んだ元ボクサーの一人称ですが、人のいいこの男が、やがて、パンチドランカーらしいと分かります。そこにボクサー時代の興行主が訪ねてきますが、細君はいい顔をしない。おまけに、明らかにギャングであるその興行主は、主人公のかつてのマネイジャーを殺して逃げてきたらしいのです。パンチドランカーでところどころ記憶を失くした男の、その記憶の欠落ゆえに、語られぬまま、事件の結末は読者に暗示されます。
 こうした一人称の巧みさは、「教えてあげよう」という一編に、効果的に発揮されています。ハイスクールの登校第一日目の女子学生が、スクールバスを待っているところに、自動車の男から声をかけられる。彼女の学校の教師だという言葉を、うかうかと信じてしまいます。ひとけのないところへ車は走り……という展開は予想通りですが、たまたま通学カバンの中にあったコンパスを武器に、生命からがら逃げ出します。ここからの展開が、読者の予想を許さないもので、一度助かることで、彼女が守ろうとするものが変化してしまう。そのあたりの機微を若い女性の一人称でとらえていました。
 D・S・デイヴィス編の『アメリカ探偵作家クラブ傑作選』に採られた「十一時のニュース」は、読者には理由の伏せられたフラストレイションを抱えた若い男の一人称で、どうやら、何かが起こるらしいその夜の、彼の荒んだ気分が、アクションを通して描かれます。この場合は、実はその夜なにが起こるのかというのが、話のオチとして用意されているだけで、オチの内容そのものは、小説の狙いとしては面白いのですが、効果の面では巧くいっていません。「湖の女」のような、三角関係から配偶者の生命を狙うといった平凡な設定をひねってみせたものも、一通りは読ませるという域を出ていない。後者のようなストーリイに起伏があるものは、得意ではないのかもしれません。むしろ「第二の初夜」のように、美人局の失敗談を一席うかがう軽い作品の方が、面白く仕上がっています。
 ともあれ、「男のルール」に代表される、見過ごされがちだけどシンプルな視点から、犯罪や人の生き死にに関わる一景を切り取ってみせる、ロバート・ターナーという作家は、いま一度忘却の淵から生還させたいものです。

 先に、50年代のアメリカは、ティーンエイジャーの暴力を描くことが、一種の流行だと書きましたが、その一翼を担ったひとりが、ハル・エルスンでした。マンハントに邦訳された「やつがベシャった!」は、その典型のひとつで、非行グループの一味が警官と小競り合いをする、グループのボスは警官と張り合う愚を知っていますが、中のひとりに向う見ずなのがいて、タフな警官に肚をすえかねている。そして主人公が持っている拳銃を貸してくれと言うのです。貸すと使い道は明らかで、主人公は首を横にふるけれど……という話。「ジャングル」は殺し屋につけ狙われる主人公の話ですが、この手の話は、ヘミングウェイの「殺人者」と比較される宿命を負っていて、たいていの場合は、比べられて、返り討ちとなります。むしろ「よけいな指」という一編が、六本指と呼ばれる主人公の男(原題はSix Fingersです)が、なぜ、そう呼ばれるか分からないままに、不思議な力を発揮するところを見せるだけの掌編で、奇妙な読後感を与えました。
 ハル・エルスンは日本語版EQMMにも、いくつか作品が訳されています。「裏階段」は、ニューヨークで金を使い果たした主人公の前に、謎の男が現われて、彼のアパートに転がり込む話ですが、オチに近づけば近づくほど魅力が減じていきました。「最後の答」は、出だしの不気味さは、ちょっと類がありません。自分のオフィスに向かう主人公が、ビルのエレヴェーターに乗ると、降り際にエレヴェーターボーイが突然「自由とドレイ的束縛と、どちらを選びます?」と質問します。「自由のほうがいいな」と答えると「そのとおりです」と返事がきます。ところが、それで済まない。エレヴェーターボーイは、彼のオフィスまでやって来て「真実と嘘と、どっちをとります?」とか「愛と憎しみと、どっちがいい?」と、二者択一の質問を発するのです。態度もしだいに荒々しくなり、最後には拳銃を手にしての質問になって、しかも、どうやら、その二者のどちらかが正解で他方は不正解だと考えているようなのです。アイデアストーリイのアイデアそれ自体が、時として読者に荒々しく迫ってくる、これは、そのひとつの典型です。ただし、小説の着地のさせ方が、その荒々しさを損ねていて、不条理が身に染みていないとでも言うか、ハル・エルスンの限界でしょう。フレドリック・ブラウンと比較すると、それはよく理解できるかと思います。
 結局、EQMM初登場となった「誰にも教えない」が、一番、すぐれた短編ということになるでしょう。湖水地帯で育つ少年と、近隣一番の釣り名人の偏屈な老人との関係が、老人をさしおいてカニの繁殖場所をつきとめたことから、抜き差しならないものになる。その結果生じる結末までを落ち着いた筆致で描き出していました。
 こうした作家たちの他にも、デイヴィッド・アレグザンダーやE・S・ガードナーといった、これまでに取り上げた作家も含めて、有名無名のマンハントのクライムストーリイを、いくつか読んでみました。現在読んで、評価できるもの、できないものがあるのは当然でしょう。しかし、総体として、このころのクライムストーリイの主流は、ヘンリイ・スレッサーに代表されるアイデア・ストーリイにあって、そこからはみ出したクライムストーリイは、60年代にスリックマガジンを中心に開花するクライムストーリイの眩さの影に隠れて、忘れ去られることになります。大半の作家は、いまでは憶えている人もいません。60年代に短編のSFで高い評価を得て、70年代以降にクライムストーリイの側からも注目されることになる、ハーラン・エリスン(それでも、マンハントに掲載された「ネズミぎらい」など、凡作もいいところです)が、唯一の例外でしょうか。
 いや、実を言えば、ひとり、大物を、これまで私は慎重に避けてきました。『37の短篇』でマンハントを代表した、もうひとりの作家。マンハントといえば、誰もが、まっさきに名前をあげるであろう作家です。次回はその作家を読みかえすことにしましょう。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。

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