短編ミステリ読みかえ史
2010.02.05
短編ミステリ読みかえ史 【第11回】(2/2) 小森収
ウールリッチの小説を読んでしばしば感じるのは、警察の無力ということです。主人公に脅威を与える人物に対して、警察は役に立たない。ストーリイの都合上、そうでなければならないのですが、こんなに役に立たなくていいものなのか。そこで思い出すのがパール・バックの短編「身代金」です。『犯罪文学傑作選』のところで出てきましたね。さらに遡れば、アンブローズ・ビアスのいた19世紀のアメリカを思い出してみましょう。ウールリッチが想定しうる警察は、案外無力だったのかもしれません。
もちろん、ウールリッチが警察の実力を正確に反映しているというわけではありません。むしろ、印象だけで判断すると、そのあたりいい加減な気がします。ただ、無力な警察を許す社会と読者が存在したであろうとは言えるでしょう。そうした俗世間の印象と結託する。ウールリッチの通俗性というのは、そういうところに顕著なのだと思います。それが証拠に、ウールリッチによく出てくるのは、個人的に主人公に協力し助けてくれる警察官です。「妻がいなくなるとき」「アリスが消えた」「階下で待ってて」「マネキンさん今晩は」
さきほど、ウールリッチは短命な量産家と書きました。数年前に白亜書房から出たコーネル・ウールリッチ傑作短編集(全5巻プラス別巻1)の第1巻『砂糖とダイヤモンド』
30年代の数年間の量産ぶりを見ると、ある程度パターン化した類似作が書かれているのも無理からぬことであると同時に、ヴァラエティに富んだものになっていることも、当然のことのように感じます。似たような形式ばかりで、こなしきれる数ではありません。
親しい相手を助けるという同じパターンながら、父親の殺した義母の死体を始末すべく息子が奮闘する「死体をはこぶ若者」は、コミカルなクライムストーリイですし、金に困って、もとの雇い主に頼り、断られて殺すというパターンは、シリアスなクライムストーリイで、くり返し用いられました(「毒食わば皿まで」「さらばニューヨーク」ヴァリエーションとして「妄執の影」)。大不況下であることを思い出させますね。
ウールリッチにも、犯罪を犯す人間を主人公とした小説が、かなりあります。しかし、犯罪者を描いたと言えるのは、ギャングが金でアリバイを買う「七人目のアリバイ」
「睡眠口座」はウールリッチの特徴がよく出た短編と言えるでしょう。イチかバチかの詐欺に駆り立てられた主人公は、みごと他人になりすまして大金をせしめますが、その瞬間から身の回りで事件が起きる。小説作りの面から考えると、主人公の犯行方法はひとつのアイデアでしょうが、そこから派生する不可解な事件の連続に重点はあります。その不可解さに主人公ともども読者も引きずりまわされますが、読後落ち着いて考えると、主人公を助ける男の行動は突飛なことだらけです。彼に焦点をあてて話を創っていれば、それはそれで、奇妙なクライムストーリイになったのかもしれませんが、出来上がったものは、主人公を窮地に陥れようとする、作者の側の都合だけで話を作った小説になってしまいました。解決のことなど考えずに書き進めているのではないかと考えることが、ウールリッチを読んでいて、私にはよくあります。初めに書いたように、不可解さの提出とそれに伴うサスペンスの盛り上げは上手くても、解決をつける手際が悪いという特徴は、ディテクションの小説であろうと、サスペンスストーリイであろうと、クライムストーリイであろうと、共通しているのです。
本当のことを言うと、孤独に対するウールリッチの感覚というのも、私はいささか眉に唾をつけています。ウールリッチの描く、互いを信頼している(出来ている)カップルの間には、いささかのすれ違いもありません。「バスで帰ろう」
もう一点、ウールリッチの短編には、異常者の犯人を登場させたものが多いという特徴があります。このことも、ウールリッチの通俗性と、ときとしてその弊害を示すものと、私には見えます。それについてと、そして、それらの弱点を抱えたストレイトノヴェル作家くずれのミステリ作家が、どのような地平に到達しえたのかは、来月書くことにしましょう。
■小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』
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