短編ミステリ読みかえ史

2009.12.07

短編ミステリ読みかえ史 【第9回】(2/2) 小森収



――今年、映画公開にあわせて、フィッツジェラルドの『ベンジャミン・バトン』が翻訳されましたね。ミステリやSFと呼んで差し支えないような短編を集めています。
門野 ピーター・ヘイニングという、イギリスのアンソロジスト――作家でもあるようなんですが、アンソロジストとしては日本でも知られた人です――が、“The Fantasy and Mystery Stories of Fitzgerald”という短編集を編集してるんです。私も、この本で、フィッツジェラルドが、ミステリやファンタジーを一冊にまとめられるくらい書いてたんだと知ったんです。今度の角川文庫の短編集も、たぶん、これを参考にしてるんじゃないかな。「最後の美女」以外はみんなこれに入ってますから。まあ、角川が中身をパクったというんではなくて、このコンセプトなら、誰が選んでも、こういった内容になるんでしょうけど。
――「最後の美女」って、南部の駐屯地の話? あれは、ミステリと見ない人もいるでしょうね。私でも入れるかどうか……で、ピーター・ヘイニング選の短編集は、フィッツジェラルドの書いたミステリとファンタジーを網羅したものと言っていいんですか?
門野 ミステリやファンタジーの定義をどうするかということで、中身が変わる可能性はあるんですが……たとえば、有名な短編で「リッツホテルくらい大きなダイヤモンド」ってありますね。あれはこの種の短編集に入っていてもおかしくないですね。角川もヘイニングもこれを抜いたのは、まあ、有名すぎるからなのかな……(笑)。
――「リッツ」はフィッツジェラルドの中でも、評価の高い短編じゃないですか。逆に言うと、この短編集の中で、フィッツジェラルド全体から見ても評価されてるものはあるんですか?
門野 「ベンジャミン・バトン」は、何度も映画化の企画があったようなので、ある種有名だったわけですが、それ以外では、「異邦人」が、いろんなアンソロジーや短編集に収録されてたり、翻訳されてたりするんで、有名かなという気はします。あとは「家具工房の外で」ですか。ただ「異邦人」にしても、じゃあなにか積極的に評価されてるのを聞いたことがあるかというと……。
――「異邦人」「最後の美女」同様、Fantasy and Mystery Stories と銘打ったものに、よく選ばれましたよね。まあ、オチがオチだからかな。
門野 「異邦人」は荒地出版社の三巻本に違う邦題で収録されたのを読むと、また、イメージが違います。訳文のせいだと思いますが。フィッツジェラルドというのは、わりと翻訳家の裁量が出やすい文章じゃないでしょうか。翻訳家の力量が問われるというか、訳すのがとても難しい文章だという印象です。
――角川の短編集で門野さんのお気に入りは?
門野 「異邦人」が抜きんでてすぐれていると思います。あとは「家具工房の外で」かな。エラリー・クイーンが良いと言った「ダンス・パーティの惨劇」は得心がいかないというか……。
――フィッツジェラルドが書いたミステリで最高作だとクイーンが言ったというやつね。ただ、そう言いながら『犯罪文学傑作選』にフィッツジェラルドは入れてないわけだから、そもそも買ってないんじゃないかな。それで、フィッツジェラルドが一冊になるくらいミステリやファンタジーふうのものを書いてたというのは、お金目当てなんですか?
門野 ケルトの血が流れてる人だから、神話とか幻想譚とかに対する素養はあったと思うんですよ。だから、ジャンルとしてのミステリを書いたというより、物語を紡いでいるうちに、そんなふうなところが自然と出てきたものだと思います。サタデー・イヴニング・ポストなんかは、別にそういう話じゃなくても、高い原稿料を用意するわけですから。
――確かに、ミステリを書いてやろう、ファンタジーを書いてやろうというところは、見えないですね。まだしも、フォークナーには、それがある感じがする。『駒さばき』のスティーヴンズ検事なんて、ヨクナパートファ郡にいろんな人物を創造してるうちに、ああいう知的強者、言ってしまえば名探偵を書きたくなったんじゃないかと、私は邪推してるんです。まあ、EQMMのコンテストにも応募してるくらいだから。
門野 フォークナーは、よくEQMMを知ってましたよね。

「リッツ・ホテルほどもある超特大のダイヤモンド」(この邦題は、私の読んだ岩波文庫『フィッツジェラルド短篇集』のものです)は、ある意味でリチャード・マシスンの「ノアの子孫」やジェシ・ヒル・フォードの「留置場」といった、〈アメリカのあるところからは生きて還れない〉というパターンの先駆でもあります。ただし、全体にホラ話の雰囲気と寓話的な諷刺の気配が濃厚で、肌を刺すような恐怖はありません。
 1920年代フィッツジェラルドの亜流としてデヴューし、ストレイトノヴェルの作家としては冴えないままに終わったミステリ作家がいます。次回は、その作家をとりあげる予定です。

小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『小劇場が燃えていた』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』等がある。


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