短編ミステリ読みかえ史

2018.08.01

短編ミステリ読みかえ史 【第113回】(1/2) 小森収

 ロバート・シェクリイの「危険の報酬」は、SFマガジン創刊号の巻頭に掲載され、のちに世界SF全集の第32巻『世界のSF(短篇集)現代篇』に収録されました。さらに言うと、現代篇の中でも第五部「新しい波」の中に収めらました。1969年――ニューウェーヴの騒動の渦中のことでした。少々脱線すると、大衆文化の多くは20世紀の中盤には、アメリカが主導することになりますが、50年代の終わりから60年代にかけて、その対抗運動としての新しい波が、ヨーロッパから起こることになります。映画とSFが、そのもっとも典型的な例で、フランスのヌーヴェルバーグと、イギリスのニューウェーヴです。ハリウッドとパルプSFという、たいへん分かりやすい仮想敵があったことでも、60年代を通じて本家アメリカの屋台骨を揺るがすほどに猛威をふるったことでも、共通しています。同じ時期に、ミステリも、似たような、そして、マグニチュードの面ではさらに大きな体験をします。イアン・フレミングのジェイムズ・ボンドが引き金となった、スパイ小説と冒険小説の大流行――その主要な担い手の多くはイギリスの作家でした――です。これが単なるブームとしてとらえられ、映画やSFのように「新しい波」と意識されなかったのには、相応の理由があると私は思いますが、いまは、このくらいの脱線でとどめておきましょう。
『世界のSF(短編集)現代篇』の第五部「新しい波」は、以下のような構成でした。「危険の報酬」ロバート・シェクリイ「誰が人間にとってかわられる?」ブライアン・W・オールディス「次元断層」リチャード・マティスン「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス「交通戦争」フリッツ・ライバー「終着の浜辺」J・G・バラードです。このアンソロジー全体が、そもそも年代順の配列になっていて、そういう制約もあって、新しい波=ニューウェーヴとは必ずしも言えないでしょうが、それでも、黄金時代のSFを経て、実際に月面に降り立った人類が、これからのSFを模索する方向のひとつに、シェクリイの「危険の報酬」はあったのでしょう。
「危険の報酬」は、主人公のレアダーが、殺し屋に追われているところから始まります。そして、どうやら、その模様がテレビ中継されていて、なおかつ、視聴者の中から彼が助かるための手段を与えてくれるスポンサーも現われているらしい。生命をかけた追跡がショウになっている――しかも、視聴者参加のショウになっているのでした。この短編が疑似イヴェントものとして、初期の筒井康隆に影響を与えたであろうことは、容易に分かるでしょう。殺し合いが暇つぶしのホビーになる、あるいは、なくてはならない不気味な因習として生き残る(ジャクスンの「くじ」ですね)というのは、ひとつの発想として、短編小説において、必ずしもユニークなものではありません。シェクリイ自身を見ても『人間の手がまだ触れない』に入っていた「七番目の犠牲(七番目の犠牲者)」という作品があります。先月後回しにした作品ですが、殺人衝動を抑えられない人間が一定数出ることを不可避とし、それらの人々の間で、登録制の殺し合いの場を、社会が設けるという話でした。標的役と狩人役が交互にまわってくる――標的は返り討ちも可なのですが、圧倒的に不利に思えます――。しかも、防御のための監視を請け負う会社まで出来ているのです。
 シェクリイに特徴的なのは、そうした負の衝動を社会が公認し制度の下に置こうとした、そんな社会を描いたことでした。「危険の報酬」がとりわけ目をひくのは、主人公がなんのとりえもない平凡な人間であるがゆえに、危険にさらされることで大金をつかむチャンスが与えられ、それがショウになってしまっていることに加えて、その平凡な主人公を助けるという慈悲を与えるチャンスが、視聴者の特権となっていることでしょう。慈悲というものが、とてつもない偽善であるばかりか、それが金を払ってでも得る価値のある快楽であることを描き出したところに、この作品の最大のユニークネスはありました。
 とはいえ――シェクリイの「危険の報酬」の美点を認めるにもかかわらず、この短編に、私がさほど魅力を感じないのも、また確かなことです。ひとつには、人が殺し合うことの持つ、これは表沙汰には出来ないという感覚が、シェクリイには見当たりません。イーリイの「ヨットクラブ」の前半の倦怠感と、それと対照的な結末が示す解放感。あるいは、ジャクスンの「くじ」が、「石を使う」と一言で表現した野蛮さを暗示する力。そんなものはマスメディアの前では捨象されると、シェクリイは考えたのかもしれません。しかし、果たしてそれだけのことだったのでしょうか? そんな疑問を抱きつつ、シェクリイの『無限がいっぱい』を読むことにしましょう。


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