短編ミステリ読みかえ史

2018.07.02

短編ミステリ読みかえ史 【第112回】(1/2) 小森収

 フレドリック・ブラウンの『未来世界から来た男』は、1961年にまとめられた短編集ですが、第一部SFの巻と第二部悪夢の巻の二部構成で、ショートショートが多くを占めています。以前「報復宇宙船隊」を、ティーンエイジャーのころの初読時に、すでに失望したと書きました。第一部に入っていますが、読み返して苦しいと感じるのは、アイデアの中核=事態の真相を、学者の推測の形でしか書けていないところです。にもかかわらず「報復宇宙船隊」は1950年の作と、比較的旧作に属していて、第一部のショートショートの中では、ましな方でした。直近2~3年間に書かれた多くのショートショートは、落語の小噺ほどの軽さで、一編の小説として読むには、つらいものがあります。それでも、第一部の最後を締める「おしまい」くらいまで徹底されると、愉快なアイデアだけがそこにあるという風情が、面白い落語のまくらを聞いたときのような魅力に近く、かつ、フレドリック・ブラウンの名が残ったのは、こうしたアイデアだけがむき出しとなったショートショートの力が与っていたことも事実でしょう。雑誌にぽつんと、こういう作品が載ると、アクセントになり、目立ちもします。しかし、同時に(とくにSFの場合は)、アイデアの目新しさ珍奇さに比して、そのアイデアを生かすための状況や人物の設定の仕方、その描き方が、どうしてもステロタイプというか単調になってしまう。それはショートショートに限らず、やや長い短編作品――「未来世界から来た男」「おれとロバと火星人」「漫画家とスヌーク皇帝」といったマック・レナルズとの共作や「不死身の独裁者」などにも、あてはまっています。
 第二部の悪夢の巻は、いま読むと、その大部分が、短編ミステリの範疇に入りうるものでした。そして、率直に言って、こちらの方により秀作が多いように思いました。第一部が二十世紀発明奇譚というショートショートの連作から始まっていたように、第二部も「~色の悪夢」という題名で統一されたショートショートの作品群から始まります。そして、ショートショートがアイデア頼みである点は変わりません。第一部の「雪女」と第二部の「緑色の悪夢」は、同工異曲とまでは言わないにしても、似た発想のアイデアです。背後には「男は強い」というマチズモが当然の当時の社会と、それをひっくり返してみせるという発想があります。しかし「緑色の悪夢」には、その通念からはずれた男の存在と、さらに、もうひとつ別次元での「男は強い」を揺さぶる発想があって、それは「雪女」には欠けているものでした。
「ばあさまの誕生日」はクライムストーリイの、「死信」はスレッサー流のアイデアストーリイの、ともに贅肉をそぎ落としたようなショートショートでした。集中のショートショートで一番の秀作は「熊の可能性」でしょう。ありえない設定のファンタジーであるがゆえに主人公が陥った不安は、現実的な悲劇のファンタスティックな拡張でもありました。
 最後に収められた三編には、とくに触れておく必要があるでしょう。「いとしのラム」は、妻の帰りを待つ画家の夕べが淡々と描かれていきますが、この画家はなにがしかの屈託を抱えているらしい。その屈託が分からないまま、その画業を彼が認めていない、しかし売れっ子の画家(その家には主人公がうらやむ、明り取りのための天窓があるのです)が、近所に住んでいることが知らされる。彼は妻を探しに外へ出ますが、彼の行動は読者には妙に偏って見え、何か知らされていないことがあるようです。終わってみればニューロティックなクライムストーリイなのですが、その姿が徐々に露になってところが読ませます。「悪ふざけ」は、人を驚かせるのが好きで、そのためのグッズのセールスをしている主人公が、床屋と組んで愛人をかつごうとしたところ……という話。スレッサーの書きそうなクライムストーリイですが、プラクティカル・ジョークの悪どさが生々しい。そして最後の「人形」です。どこからともなく手に入った人形を娘に与えると、家族そっくりのその人形は、やがて、家族の近未来を予言するようになる。気味が悪くなった大人たちは娘を説き伏せ、人形を手放そうとします。不気味な人形の正体は分からないまま、そして事態の全貌も分からないまま、不気味な結末を迎え、唐突に小説は終わります。
「人形」は、この短編集に入っている理由が分からないほど、一編だけ異質な作品です。「人形」ほどではなくても「いとしのラム」「悪ふざけ」も、この短編集の色合いからは、はずれています。それは『まっ白な嘘』のときに感じた、ある種の生々しさに近い個性を宿していました。『未来世界から来た男』の最後の五編は、53年作の「いとしのラム」をのぞいて、40年代の作品でした。分かりやすいアイデアで短く書かれたショートショートではなく、こうした異様さ生々しさを抱えた短編を軸に、フレドリック・ブラウンの短編は再評価される必要があるように、私には思えます。


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