短編ミステリ読みかえ史

2018.02.01

短編ミステリ読みかえ史 【第107回】(1/2) 小森収

 1973年に、それまで約3年にわたってミステリマガジンに連載された、小鷹信光の「パパイラスの舟」が一区切りし、「新パパイラスの舟」が8月号より連載開始になりました。毎月テーマ別で、短編ミステリのアンソロジーを編んでいくという野心的な連載でしたが、単行本にまとまるのは、30年以上のちのことでした。連載が切り替わる直前の「パパイラスの舟」では、当時未訳作品の多かった、直近10年間くらいのMWA賞短篇賞の紹介も行っていて、同時に、それは世界ミステリ全集の『37の短篇』が出た時期でもありました。その37編のうち、本邦初訳だったのは、リース・デイヴィスの「選ばれた者」と、エドワード・D・ホックの「長方形の部屋」で、ともにMWA賞受賞作でした。「パパイラスの舟」では、マージェリイ・フィン・ブラウンの問題作「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」を、受賞まもない時点で紹介(本邦初訳ははるかのち、『エドガー賞全集』における深町眞理子訳)しており、当時のこうしたミステリマガジン周辺の動きは、戦後の短編ミステリを評価・総括しようとした、ほとんど唯一のムーヴメントであったと思います。その中心にいたのが、小鷹信光でした。『37の短篇』の編者は石川喬司でしたが、各編の解説をつけたのは小鷹信光でした。小鷹信光はその後、いくつかアンソロジーを実際に編みますが、このころ、二冊の重要な個人短編集を、日本独自の短編集として編んでいます。ひとつはリチャード・マシスンの『激突!』であり、もうひとつが、ヘンリイ・スレッサーの『夫と妻に捧げる犯罪』です。
『夫と妻に捧げる犯罪』は小鷹信光らしく、各編の初出誌が明記されています。おおむね50年代の最後の3年間から60年代の最初の3年間くらいの作品です。当時からみてひと昔前の作品群ですが、スレッサーの全盛期の作品ということになります。ヒッチコック編のふたつの短編集が、アメリカで出版されたのが、60年と62年でした。『夫と妻に捧げる犯罪』は、このふたつと、それほど執筆時期に差がありません。しかし、その中身には大きな違いがあります。
 この短編集は四部構成になっていて、第一部の「夫と妻に捧げる犯罪」と第二部の「クライム・アンド・サプライズ」に、秀作が多く入っています。巻頭に収まっている「愛犬」は、愛犬家の夫と犬恐怖症の妻という組み合わせで、妻が催眠療法を受け、犬を恐れるようになった過去の出来事をつきとめるうちに、意外な犯罪が浮かび上がってくる。いまとなっては平凡な発想の一編を佳作にしたのは、考えオチを巧みに構えた、結末の洗練の賜物でしょう。おなじことは「就眠儀式」にもあてはまり、結末のほのめかし方の巧みさは、ヒッチコック編の二冊には見られなかったものです。「うわの空の殺人」は、結末のつけ方という点では、それほど凝ったものではありませんが、すぐに注意散漫に陥る主人公というのが、ユニークでした。ここでの中心アイデアは、作品の解決やオチそのものではなく、主人公のキャラクターでした。そして、そのキャラクター設定ゆえに、この作品のオチがあり、どこか笑ってしまうような悲劇性があったのでした。
 第二部の「クライム・アンド・サプライズ」は、ヴァラエティに富んでいることが、ひとつの特徴です。「ベッツィが待っている」は、ミッシングリンクテーマを、もっとも意表をつく形に変形したとでもいうべき作品で、泡坂妻夫の『煙の殺意』あたりを思わせる、スレッサーには珍しい謎解きものです。「勲章のない警官」は、ありきたりな警察小説を、ありきたりなままつきつめることで、一編の小説を仕組んでしまったという意味で、ありきたりの域を超えていました。「ペントハウスの悲鳴」は、フィニイの「死者のポケットの中には」の、向こうを張ろうかというサスペンスストーリイですが、結末は意外性というよりも、そのノアールな肌合いに驚きます。「どなたをお望み?」「ブレッシントン計画」に代表されるパターンの一編ですが、殺人方法が、異様かつファンタスティックで、そして、それゆえのオチに、えもいえぬ奇妙な味をたたえていました。第二部の中では、私は「勲章のない警官」の落ち着きを採りますが、これらの作品には、短編小説の様々な手管を身に着けた、手練れ作家の容貌が刻まれていました。
 スレッサーがSFも書いていたことは、広く知られていますが、第三部「ファンタスティック・ドリーム」は、SFないしはファンタジーが収められています。「猫の子」という一編が白眉です。フランスの領主の跡取り息子の父親が、実は猫という、奇天烈な設定を強引に押し通し、苦い結末が見事です。猫というのが、なにかのメタファーかと常に読者に読みを強いていながら、猫以外の何者でもない。アレゴリカルなファンタジーをスレッサーが書いていたということが、まず驚きでした。この短編集全体を見渡しても、最高作でしょう。
 第四部はショートショートが12編ですが、プレイボーイに発表されたものが大部分です。近未来の話と艶笑譚が多く(旧・奇想天外のショートショートフェスティヴェルに入った「グロウ商会」もそうでしたね)、当時、さかんに同誌で活躍していたロアルド・ダールの短編を頭におくと、プレイボーイが好んだ短編の型の双璧であることが分かります。もっとも、同じように、未来の世界を短く切り取ったスケッチといっても、ダールの「廃墟にて」のすっきりした残酷さには、太刀打ちできませんが。


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