短編ミステリ読みかえ史

2018.01.05

短編ミステリ読みかえ史 【第106回】(1/2) 小森収

 ヘレン・ニールスンは、以前、一編読んで、あまり買えませんでしたが、邦訳の数も比較的多く、松本清張のアンソロジーでも四編が採られていました。
「七番目の男」は、やり手の女性ジャーナリストが、キューバから連れて来た、反カストロ派の男が、在米の活動家に巨額の資金を提供しようとする。主人公は、ジャーナリストの依頼で、問題の男の警護と、彼が接触する6人の男を探し出すことを依頼されます。1967年というスパイ小説ブーム真っ盛りの時代の作品で、平凡なスパイスリラーでした。
 ヒッチコック・マガジンらしさがあるのは「証人」「催眠術師」の2作でしょう。前者は、ひき逃げ事件の犯人を弁護するやり手弁護士が、裁判の中で、目撃証人の信頼性に疑問を投げかけるという戦略の下、証人の人間性を壊していく。オチまで含めて、現代社会の犯罪模様を切り取っていますが、これでは、いくらなんでも、検察側が手を拱いているだけに見えるというものです。「催眠術師」は、週末の間金庫に眠っている大金を狙って、足を洗った金庫破りを巻き込んで、ふたりの男(催眠術師の芸人と医者)が強奪を企てます。女のために足を洗った金庫破りの指が、いざ金庫に向かうと思うように動かないというのが、話のミソで、催眠術をかけて、その指示で金庫を破らせるのです。前半の展開が粗いのが難でした。「証人」「催眠術師」ともに、結末のつけ方が平凡でした。
 松本清張のアンソロジーに収録された作品では「リンゴの木の下にすわらないで」が、ちょっと読ませます。ヒロインが、どうやらアリバイ工作をしているらしいところから、小説は始まります。遡って、彼女が長年秘書として仕え、慕い続けた上司の心を射止めたのは、彼が妻の男出入りに気づいたためでした。いまは彼の妻であり、副社長でもある。しかし、前妻との経緯が経緯だけに、夫は女性に対して貞節を求め、ヒロインもそこに神経を使う。そんなところに、とうに戦死したはずの夫が姿を現わし、どちらから接近したのか、夫の前妻と接触している。主人公と夫との関係の綾のつけ方が巧く、単なる過去の結婚歴が、ヒロインには重く圧しかかる。事件当日のアリバイ工作(最初は被害者さえ分からない)と並行して過去を描く構成も巧妙でした。
 ヘレン・ニールスンは、こうした人間関係や、あるいは状況設定のちょっとした綾を、アイデアに織り込むときに、面白くなるようです。「狂った季節」は、夏がようやく終わった十月の西海岸に訪れる西風が、夏以上の熱さをもたらすという始まりです。そんな土地で、口うるさい女房と酒屋を営んでいるサンチェスじいさん(この暑さで、ビールが売れて、景気がいいだろうと言われます)は、いまでは、悪童どもに空き瓶をちょろまかされ(その瓶を金に換えられている)ても、気づきもしませんが、かつては、プロのレスラーを負かしたこともある腕自慢で、そのときの昔話が十八番なのです。ボケが来ていて誰もその話を本気にしないじいさんの店に、ある日強盗が入ってきて、彼に拳銃を向け……。と、ここで急転直下、少し調子のはずれたユーモアが光る結末でした。
 ヘレン・ニールスンはEQMMにも多くの短編を発表し、様々な雑誌に顔を見せた、当時としては稀な女性作家と、評されていました。しかし、ミステリマガジンに翻訳された作品から、めぼしいものを見つけることは出来ませんでした。「だれか助けて」は、仕事を解雇されたことを引きがねに、統合失調症らしき状態に陥ったように見える夫の姿が、妻の側から巧みに描かれていて、ちょっと身を乗り出させますが、このオチでは、その部分の良さが減殺されるというものです。おそらく、その美点は意識されたものではなかったのでしょう。「弁護側の証人」も、精神異常を扱っていますが、異常性そのものへの理解が中途半端な俗流解釈の域を出ないために、力のない作品に終わっていました。
「刑事の休日」といった捜査の小説も、「死のシーン」といったクライムストーリイ――ちょっとロス・マクを連想させますが――も、達者にこなしていますが、いかんせん、アイデアそのものの魅力が乏しく、それ以上に、それを小説にするための手管に欠ける。このあたりが、ヘレン・ニールセンの限界なのかもしれません。


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