短編ミステリ読みかえ史

2017.06.01

短編ミステリ読みかえ史 【第99回】(1/2)  小森収

 エヴァン・ハンターは1950年代に彗星のように登場し、まず『暴力教室』で一躍有名になりました。それには映画化の力も大きく与っていましたが、ともあれ、実質的に教育が成立していない実業高校の荒んだ実態を、告発調は抑えた筆致で描き出した長編でした。『暴力教室』はポケミスの一冊として訳され、世界ミステリ全集にも収録されました。しかし、この小説が、ミステリと言えるかどうかは怪しく、実際、エヴァン・ハンターは、シリアスノヴェルの作家として、最初は認知されていきました。『暴力教室』に先んじて、あるいは平行して、リチャード・マーステン、ハント・コリンズ、カート・キャノンといった、いくつものペンネイムで短編ミステリを書き、マンハントでは常連作家でしたし、その名前の中にはエヴァン・ハンターもあったのですが、『暴力教室』の成功で、一時期はエヴァン・ハンターの名を、ミステリ作品から切り離そうとさえしました。
 エヴァン・ハンターの初期の短編は、まず56年に『ジャングル・キッド』として集められ、続いて63年にも『歩道に血を流して』(こちらの方は原著の表題作が「新年おめでとう、ハービー」になっています)が出版されました。「歩道に血を流して」は、先月触れた『37の短篇』にも、マンハントを代表する一編として収録されました。
『ジャングル・キッド』には、著者の短い序文がついていて、そこで、集中の短編が「長編小説『黒板ジャングル』を書くためになされた調査か、あるいは、長篇を書いたためにするようになった調査から生まれたものばかりである」と明言しています。『黒板ジャングル』とあるのは『暴力教室』の原題を直訳したものです。もっとも、直接的に『暴力教室』を連想させるもの、関連が読み取れる短編は、それほど多くはありません。主人公が『暴力教室』と同じくダディエという実業高校の英語の教師で、そっくりな展開をするシーンが『暴力教室』の後半で使われている「壁」という一編が、もっとも直接的に関連がありますが、事件の与える主人公への影響や、読者へのイメージが『暴力教室』とは微妙に異なっていて、関心のある人は読み比べるのも面白いかもしれません。もう一編は、表題作の「ジャングル・キッド」で、やはり、実業学校を舞台にしています。ただし、こちらの方は、それ以外に『暴力教室』との関係は認められません。『暴力教室』の創作過程で生まれたけれど、長編を構成するエピソードのひとつとしては、うまく嵌め込めなかった可能性はありますが、まあ、無関係な短編と考えていいでしょう。
「ジャングル・キッド」は発想がたいへん面白い小説です。主人公が授業をしていると、他のクラスの生徒が、そこの教師に率いられて大挙やって来る。主人公のクラスには札つきの生徒がいて、彼に金品を脅し取られた生徒が、その経緯を教師に話し、教師はついに尻尾を掴んだとばかりに、被害者の生徒(ふたりもいる!)のみならず、クラスじゅうの生徒を引き連れて、乗り込んできたのでした。そして、開口一番裁判を開くと宣言する。押し切られる形で、主人公の教師はその時間を明け渡し、裁判が始まります。ところが、面と向かって加害者の生徒に凄まれると、被害者の生徒は、陰で先生に証言したのとは勝手が違ってくる。加害者と教師の板挟みとなった被害者は、進退きわまって、その教室にいた、気の小さなプエルト・リコ人の生徒にやられたと、とんでもないことを言い出すのでした。カツアゲの犯人をあげないと後に退けない教師と、強面を崩さない加害者の生徒、その両者に行く手を阻まれた逃げ場のない被害者の生徒。三人のもたらすジレンマが、もっとも弱い部分に雪崩をうっていく。結末のほどの良さは、いまから見ると少々甘いかもしれませんが、表題作になるだけの価値はありました。
「ラスト・スピン」は、この短編集の中でも比較的名の知られた作品かもしれません。対立するふたつのグループを代表して、トラブル解決のために対峙したティーンエイジャーのふたりが、六連発のリヴォルバーに一発の弾丸をこめて、交互に自分に向けて引鉄を引きあう。弾丸はやがて二発から三発になり、ロシアンルーレットの当たりの確率は高まります。命がけのやりとりをしながら、何の気なしに世間話のようなものを続けるうちに、ふたりは互いに互いを知るようになる。小説の結末と、そのときのふたりの心持ちは、いささかセンチメンタルながら、当然こうなるといった形のもので、それをありきたりと感じる人も、きれいごとと感じる人もいるでしょう。
 犯罪予備軍と言えるティーンエイジャーを描いたものが、このころのエヴァン・ハンターの特徴のひとつであって、前回、50年代はティーンエイジャーの暴力を描くことが一種の流行だったと書きましたが、それをもたらしたのはエヴァン・ハンターだったと言ってもいいでしょう。


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