短編ミステリ読みかえ史

2017.05.01

短編ミステリ読みかえ史 【第98回】(1/2)  小森収

 早川書房が1970年代の初頭に出した世界ミステリ全集の第18巻に『37の短篇』という有名なアンソロジーがあります。エドガー・ライス・バロウズの「ジャングル探偵ターザン」から始まって、クリスチアナ・ブランドの「ジェミニイ・クリケット事件」で終わる、戦後の短編ミステリを鳥瞰するのにもってこいの名アンソロジーでした。21世紀に入って、このアンソロジーをベースに編みなおしたものが、二冊本でポケミスに入った(『天外消失』『五十一番目の密室』)ので、そちらでお読みの方も多いでしょう。選者の石川喬司は、日本語版EQMM~HMMの流れのみならず、マンハントやヒッチコックマガジンの作品群も視野に入れながら、それらの歴代編集長や関係者の意見を参考にセレクトしたようで、たいへんバランスのとれたものに仕上がっています。
 その『37の短篇』に、マンハント代表として選ばれた短編がふたつあります。そのうちのひとつはアル・ジェイムズの「白いカーペットの上のごほうび」でした。日本語版マンハントの創刊号に掲載された「ごほうびはベッドであげる」を、小鷹信光が改訳したものです。
『37の短篇』は、石川喬司のアンソロジーであると同時に、小鷹信光の短編ミステリ観が、大方の読者――それは、ともに全集の選考委員を務めた石川喬司や稲葉明雄さえをも含む――の想定する短編ミステリ像とのズレを露にしたアンソロジーでもあります。パズルストーリイからクライムストーリイへの変遷を、ほぼ必然ととらえ、過剰なまでにパズルストーリイに否定的な発言が目立ちます。ケメルマンとヤッフェが退場し、「長方形の部屋」は、このアンソロジーで初めて訳され、ホックはニック・ヴェルヴェットものの作家という位置づけで、黒後家蜘蛛の会は、いまだ、はっきりとは形をとっていない――三作目が出るか出ないか――ころです。短編のパズルストーリイにとっては、エアポケットのような時代でもありました。
「白いカーペットの上のごほうび」は、凡庸な作品で、私は認める気にはなれません。そもそも、都筑道夫が『明日よ、さらば』の解説で、一群のスピレインの模倣者のうちの「ひどいほうの例」として、名前もあげずに斬って捨てた作品です。小鷹信光も他の収録作品と質の面で伍していると考えたわけではないでしょう。この作品にだけ例外的につけられた「訳者付記」にも「いかにも居心地悪げに身をすくめている」と書いています。しかし、同時に、マンハントのことを「はきだめ」呼ばわりし、そこに自分の作品を載せたことはないと誇ったという高名な作家――誰なんでしょうね――を「クライム・ストーリーの新しい支流が、この雑誌に息づき、躍動していることに、不幸にも彼は気づかなかったのでしょう」と批判することで、付記を結んでもいるのです。酒場で美女と出会った、常習犯罪者の主人公が、死体の始末を背負い込む。「白いカーペットの上のごほうび」は、マイク・ハマーというハードボイルド私立探偵もののエピゴーネンというよりは、付記にある「五〇年代アメリカの風俗的なクライム・シーン」を切り取った一編と見る方が正確でしょう。小鷹信光も、マンハントの貢献を、私立探偵の活躍する通俗ハードボイルドにおいてではなく、クライムストーリイの側に見ているように、私には思えます。
 たとえば、デイヴィッド・グーディスは『狼は天使の匂い』『ピアニストを撃て』が映画化された、フランスで厚遇された作家です。そのグーディスがマンハントに載せた作品に「おれはビジネス・マン」という一編があります。主人公のフレディーは、人あたりのいい、そのビル一番の人気者のエレヴェーターボーイです。いまでも、デパートのエレヴェーターには操作する女性が乗っていることがありますが、当時は、たいていのエレヴェーターにボーイがいたのです。そのフレディー、実は、オフタイムはナイフを使った殺し屋なのでした。一匹狼の殺し屋稼業も組織化が進み、組織が依頼を受け、まわって来た仕事をプロフェッショナルとしてこなす。こちらでもフレディーは一番のプロでした。彼にはストリッパーの彼女がいて、彼女もまたプロフェッショナルなのでした。その彼女にはやりたいことがある。ふたりで公園を散歩したいというのです。
 現実的には、警察機構の整備強大化が進み、小説作法としては、リアリズムが進む。その結果、アウトローは破滅する存在としてしか描かれず、他方、探偵は職業人ないしは生活者として描かれていく。戦後アメリカのハードボイルドはそのように変化していき、反面、悪や恐怖は日常の中に埋没したものとして存在するという発想が、クライムストーリイにおいては中心となっていきます。それはスタンリイ・エリンからヘンリイ・スレッサーまで、長編と短編を問わず、あらゆるクライム・ストーリイの作家に観察される発想でした。犯罪者ないしはアウトローという存在を描くという点に絞れば、そのことをもっとも極端な形で体現したのが、ドナルド・E・ウェストレイク(ドートマンダー)=リチャード・スターク(パーカー)ということになるでしょう。
 プロフェッショナルの男女ふたりが、小市民的な幸福としか言いようのない、公園での散歩を望んだとき、殺し屋の上司が、彼女に横恋慕のあげく冷たくされ、彼に彼女の殺害を命じる。グーディスの筆は、これ以上ないくらい通俗的で単調ですが、主人公の破滅を見つめて終わります。


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