短編ミステリ読みかえ史

2017.04.04

短編ミステリ読みかえ史 【第97回】(1/2)  小森収

 前回、クランシー・ロスを主人公とする連作が、リチャード・デミングの代表作となっていると書きましたが、それは日本での話で、英語のウェブサイトでの紹介では、マニー・ムーンものの作家として名があがることが多いようです。しかも、基本的には、テレビドラマからのスピンオフものの作家、パルプ作家という位置づけで、それにクイーンの代作者の顔が加わる。顧みられている作家とは言えないでしょう。
 もっとも、では、日本でなら評価があるかというと、そういうわけでもありません。それでも、『クランシー・ロス無頼控』は、かつて日本語版マンハントの名物のひとつであり、一冊にまとまった短編集がポケミスに入った、デミングの唯一の邦訳単著です。そして、そういう事情を除いても、クランシー・ロスものは、デミングの代表作と呼びうる内容だと、私は考えています。『クランシー・ロス無頼控』は1955年から58年にかけて、マンハントに発表され、63年に一冊にまとまりました。日本語版マンハントの誌上を賑わせたのが60年から61年にかけて、邦訳短編集が出たのも63年のことでした。書名はマンハント調を巧く活かした好例でしょう。原題はThe War and Other Stories。The Warは第一作「おれのお礼は倍返し」の原題です。
 シリーズは、最初のふたつの長めの短編二編と、その後の短い四編から成っています。架空の都市セント・スティーヴンは、シカゴから飛行機で二時間の、ミズーリ(と一度だけ出てきます)州の街。セント・ルイスがモデルでしょうか。しかし、街の個性はそれほど描き込まれていません。そこで非合法の賭博場を含むクラブを営業しているのが、クランシー・ロスです。一階の合法クラブは片腕のサム・ブラック(ずんぐりして、一見愚物に見えるけれど、アーチー・グッドウィンのような探偵役もこなす)に任せ、もっぱら二階の非合法部門を見ています。三階に私室があって、エレヴェーター以外では行き来が出来ません。エレヴェーターを止めてしまえば、ちょっとした要塞になるのです。
「おれのお礼は倍返し」は、ロスの賭博場にひとりの女が現われるところから始まります。賭博場には不似合いな雰囲気の女。彼女は朝鮮戦争(つい数年前のことです)で生死をともにした、ロスの戦友トールバットの愛妻なのでした。近郊の町でガソリンスタンドをやっているトールバットが、ギャングの抗争殺人の現場を目撃し、裁判の証人になっていたところ、深夜に自宅で撃ち殺される。警察はあっという間にふたり暮らしの細君を逮捕しますが、見知らぬ弁護士がやって来て保釈金を積んでくれます。その弁護士の黒幕が、セント・スティーヴンから縄張りを広げようと乗り込んだ抗争中のギャングの一方で、トールバットが目撃した殺人の加害者側だったビックス・ロースンだったので、トールバット殺しの裁判で抗争事件を持ち出される前に保釈させておいてから、自殺に見せかけて殺してしまおうという魂胆に違いない。それで、ロスに助けを求めにきたのでした。
 戦友の死の敵討ちと、抗争する二派のギャングの相打ちを企てる展開は、『裁くのは俺だ』『血の収穫』のミックスといったところでしょうか。腐敗した警官や主人公によろめく親友の妻、そして、真犯人像まで含めて、ハードボイルドの典型的な要素を、巧みに織り込んで一編を構成しています。そして、そのことは、短編集を通じてすべての作品にも、多かれ少なかれあてはまっています。とりわけ、集中一番の出来である巻頭の第一作は、意外性もあり、ある種殺伐とした結末は、後年の馳星周を思わせないでもありません。ですが、決定的に異なるのは、どんな組織にも属さず独立自営の非合法商売を続けるという、クランシー・ロスの立ち位置です。いかなる外敵も、いかなるトラブルも、個の力で解決してみせる。殺人が起これば、警察に先んじて自らの手でケリをつける。それが出来る。この感覚が、あまたのノワールと一線を画すところでしょう。以下、具体的に見ていきましょう。

 まず、第二作「拳銃をこわがる男」は、不審な一見の男が二階の賭博場に上がろうとして、サムが断るところから始まります。男が店を出るとまもなく、銃声が響き、ロスの店の前で、彼の帳簿係が殺されます。この男は、ロスのところへ来る前には、シカゴのシンジケートの大物クイネルの帳簿を見ていたのでした。しかも、クイネルには司直の手が伸びていて、ご本人もセント・スティーヴンに姿を見せている。金の出入りを知る立場にある帳簿係の口を封じに来た気配が濃厚なのでした。脇役の刑事も、不正が嫌いでロスと一目置き合うレッドファーン警部(インテリくさい細面と形容されます)と、賄賂を受け取っていてロスに軽蔑されているモートン部長刑事と、描き分けられます。
 以下、第三作「おれの命は買えないぜ」では、第一作で攻める側だったビックス・ロースンが、セント・スティーヴンを縄張りにしようとする、トニー・アルマンダの挑戦を受けることになります。ロスの店は、セント・スティーヴン侵攻の前線基地として、抗争の焦点となります。中立はありえず、どちらかにつけと迫る二派に、ロスはあくまで独立不羈を主張します。続く「拳銃に背を向ける男」は、地方検事補が連れて来た女客の小切手が不渡りになったことをきっかけに、仕掛けられた罠をロスがかいくぐります。推理の妙味もありますが、それよりも、殺し屋が後ろからねらっても殺せないという、クランシー・ロスのホラ話すれすれの銃の腕前の方が、むしろ愉快でした。「とうしろう」では、ロスの店のエレヴェーターボーイが、持ち場で殺されます。突然振りかかった火の粉に、ロスは咄嗟の判断で、エレヴェーターを止めて容疑者たる人々を店内に閉じ込めてしまいます。そして、最後の「受けて立つ男」では、シンジケートがセント・スティーヴンを傘下に収めるべくギャングを派遣してきます。ビックス・ロースンは共闘を提案しますが、あくまで強気なクランシー・ロスは一時的にではあっても、ロースンが自分の配下となる形での共闘にして、敵を迎え撃ちます。
 第二次大戦とそれに続く朝鮮戦争で、アメリカの大量の男たちが戦場を経験しました。武器の扱いに慣れ、読書量も増え(『戦地の図書館』を読んでください)、なにより、自分たちの力によって正義を守ったという共通の認識と自信を得た男たちが、大量に広く社会に溢れました。「おれのお礼は倍返し」で、ロスの戦友は、戦争がなければ、ふたりは出会うことなく、まして親友になることもなかったと自覚していました。戦争は社会階層の移動と交流を促したのでした。一方で、戦場にバナナフィッシュという負の遺産を見たシーモアが理解されなかったのは、以前読んだとおりです。力を持った個が勝利を収めるという、この楽天的な神話を抜きには、通俗ハードボイルドはありえなかったでしょう。ミズーリの架空の町で、組織を向こうにまわすクランシー・ロスの第一作は、たいへん象徴的なことにThe Warと題されたのでした。
 こうしたクランシー・ロスの独立独歩の在り方は、カッコいいと言ってもいいし、アマいと言ってもいいし、非現実的だと言ってもいい。五十年経った現在ではそうでしょうし、おそらく、当時からそうだったのでしょう。というよりも、読みすすむにつれて、次第に後者寄りになるところに、このシリーズの弱点があると考えています。しかし、同時期のシャーロット・アームストロングがそうであったように、自立した個が最大限の能力を発揮することで、困難は克服されるという神話を、ミステリという通俗きわまりない小説の中で主張した一例として、クランシー・ロスの名は憶えておきましょう。


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