短編ミステリ読みかえ史

2017.03.02

短編ミステリ読みかえ史 【第96回】(1/2)  小森収

『名探偵登場6』のその他の短編にも目をやっておきましょう。
 ジョルジュ・シムノンの「タクシーの中の男」は、出来もともかく、このアンソロジーに入っていること自体の意味が、私には、よく分かりません。ダシール・ハメットは「殺人助手」が、レイモンド・チャンドラーは「犬の好きな男」が採られていました。ともに、ハメットとチャンドラーのところで簡単に触れていますが、両作家を代表する短編とは言い難いでしょう。
 R・S・プラザーの「殺しのストリップ・ティーズ」は、シェル・スコットが登場する一編ですが、通俗ハードボイルドの特徴を伝えているという点では、集中一番の作品です。
 幕開きの文章が「男はあっけなくくたばった」です。小説が始まるなり死体がころがるというのは、通俗ハードボイルドを揶揄するとき、しばしば使われた表現ですが、実際、こういう例があり、それは、そう珍しいことでもないのです。くたばったのは、スコットの依頼人で、スコットを訪れて、恐喝を受けているという依頼の内容を話そうとした瞬間、窓越しに撃たれたのでした。警察にしぼられたあと、スコットが被害者の家に行ってみると、未亡人が自分の雇った探偵と間違えて、解雇とギャラの清算をしようとするのが、なかなか巧い展開で、死んだ男は細君から浮気の証拠を押さえようとされていたらしいと分かる。被害者の娘が男好きのする美人というのがお約束。奇妙な展開と美人のおかげで、スコットはますます事件にのめり込むのです。
 といった具合で、スコットが事件を解決するまでを、関係者を訪ね歩くスコットと、彼を見舞う大小の事件を描くことで、語っていきます。登場人物に限りのある短編では、解決をつけるので手一杯なので、だいたいは解決の手前で予想がつくことが多いのですが、その点でも典型的な通俗ハードボイルドでした。
 ロイ・ハギンズは、小説家というより、テレビの作家・プロデューサーとされているようです。「闇は知っていた」に登場するスチュアート・ベイリーは、ロサンゼルス郊外のサンセットストリップ77に事務所を構える私立探偵です。すなわち、テレビシリーズ「サンセット77」の小説版なのでした。冒頭で軽口をたたきあうビルの駐車係のクーキーは、ドラマでもおなじみの脇役です。事務所を閉め、フランス娘と一緒にデートに出ようするところで、電話が鳴ります。見知らぬ男からすぐに家まで来てくれという依頼です。電話は一方的に切られ、仕方なく告げられた住所に向かうと、今度はあれは間違いだったと50ドル札3枚おしつけられて門前払いされそうになります。そこにひとりの男(依頼人の息子だと後で分かります)が来合わせると、またも依頼人の態度が急変し、よく来てくれた、中に入ってまあ一杯と、彼の弟の友人ということにされてしまいます。読者を引きずり込むのに長けた冒頭です。そして、客人と家族が集う中で、突然、居間が数十秒間暗闇になった隙に、依頼人が刺殺されてしまいます。
 わずかな時間暗闇になった部屋の中での殺人で、出入りした者もなく、しかも、部屋の中からは凶器が見つからない。本格派顔負けの不可能興味です。先端科学(当時の)を応用した物理的トリックが使ってありますが、手がかりの出し方が露骨な上に、そのわりにベイリーが気づくのが遅くて、上手な解決とは言えません。こういうトリックの使い方や謎の設え方は、謎解き小説としては、当時でさえ、すでに古めかしいものになっていたのでしょうが、テレビドラマには、そういうクリシェを単純再生産する面があって、それは現代の「相棒」に到るまで、しばしば観察されることです。今となっては、主人公の設定や性格づけ、会話とアクションによる展開という、通俗ハードボイルドとその派生作品のもたらした特徴さえ、クリシェのうちと言えるでしょう。
 同じようなことは、やはりベイリーの登場する「死は雲雀にのって」にもあてはまります。自分の妻と密通している航海士が次の航海で自分を殺そうとしているという依頼人が、ベイリーに同船を求める話で、遺産相続人である娘と4人で、ハワイへヨットの旅に出ます。航海も終わろうとするころ、依頼人は日課の釣りの最中に、背後からのライフルの銃弾で命を落とします。航海中のヨットというクローズドサークル内での殺人です。機械的トリックと、一番最初に思いつく意外な解決という意味での平凡な解決が、ここでも待っています。
「サンセット77」は、毎週放送するテレビドラマなので、そういう特徴が顕著になりますが、よりゆるやかな形であれ、雑誌に売るための短編にも、それは表われています。
 前回とりあげたハロルド・Q・マスルのスコット・ジョーダンは、主人公が弁護士なだけに、私立探偵ほどのムチャも出来ない(実際は、私立探偵だってムチャは出来ないし、また、しなくなっていくのですが)こともあって、よりディテクションの小説に傾斜していきます。1970年代に入ってからの「弁護士の休日」「受難のメス」といった作品を見ると、それが分かります。では、それがパズルストーリイ好きを満足させるかというと、そこまでの謎の魅力も、解決の面白さもないのです。


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