短編ミステリ読みかえ史

2016.11.04

短編ミステリ読みかえ史 【第92回】(1/2)  小森収

 ヒュー・ペンティコーストの短編は、EQMMコンテストに入賞したものを、以前にいくつか読みました。その中では「ある殺人」を推奨していますが、コンテストの入選作の中で考えると、必ずしも上位に来るものではありません。しかし、この作家は、EQMMへの登場回数が膨大なうえに、邦訳もかなりの数にのぼります。なにより、日本語版EQMM創刊当初から、HMMを経て、1980年代の光文社のEQに到るまで、常に新作の短編のいくつかが翻訳し続けられた作家というのは、他に見当たりません。そういう意味では、日本においても、半世紀近く現役だったわけです。1903年生まれのジャドスン・フィリップス(英語版のウィキペディアは、こちらの本名で項目がたっています)ことヒュー・ペンティコーストは、20代からパルプマガジンで書き始め、ミステリとスポーツものの作家として地位を築きました。
 ミステリの処女作は25年の「二十三号室の謎」で、大学生のころに書いたもののようです。「二十三号室の謎」は、日本では、まず田中潤二のアンソロジーに入り、はるか後年に北村薫がアンソロジーに採りました。相続した高価な宝石を受け取った兄妹が、護衛の私立探偵と三人で、ホテルのそれぞれが隣り合った自分の部屋に入ったところ、真ん中の妹の部屋で叫び声がする。弟と探偵がすぐに出てきて中に入ろうとしますが、鍵がかかっていて入れない。押し破って入ると中には誰もいません。廊下ではメイドが見ていて、確かに彼女はその部屋に入ったと証言している。煙のように消えた女は、翌日、死体となって地下室で発見されます。詩人の名探偵の在りようや、彼の事件への関わり方などは、さすがに20年代の作品ですが、謎の提出の仕方が巧みで、その謎を解く推理に面白さがあるので、いくつか目につく瑕を覆い隠しています。また、この短編は、クレイトン・ロースンのある作品を思い出させるのですが、ロースンのそれよりも解決の推理の面白さでは上でしょう。
 ペンティコーストは39年のCancelled in Redが出世作と言われ、40年代に入って、本格的にミステリ作家としての道を歩み始めます。ペンティコーストには中編作品が多く、そういった作品での、ゆったりと描いていく行き方が、クイーンの眼鏡にかなったのでしょうか、再録、新作を問わず、EQMMの常連となりました。実際、40年代から50年代前半の作品には、かなりの数中編が含まれています。
「危険な娘」は、かつてはギャンブラーだったインチキな的屋である「おれ」が、カモをむしっているところから始まります。絶対に当たらない仕掛けの的当てですが、適当なところでサクラを使って、客に怪しまれないように当ててみせる。そのサクラが一仕事して消えたところ、次に会ったときは死ぬ寸前だったという出だし。サクラは死ぬ前にメッセージを残し、ニューヨークでのインチキ賭博に関わったために追われていたことを伝えます。主人公はニューヨークへ向かい、サクラの仇をうつ。インチキ賭博の世界を垣間見せたスリラー中編で、一通りは読ませますが、細部の都合よさは否めません。これが48年の作品。
「ひとりぼっち」は、有名俳優を父にもった、しかし、本人は冴えない男の子が、父親が娘ほどの年齢の若い女優を連れて、寄宿学校へ来たことから、一躍人気者になって……という話ですが、平凡で、謎の作りも解き方も魅力がありません。
 40年代後半から50年代前半にかけてのペンティコーストは、中編と呼ぶべき長さの作品が多く訳されています。それらに共通するのは、ストーリイテリングが上手なことです。
「マンハッタンの殺人」は、著名な新聞のコラムニストの家庭で、ふたり娘のうちの姉が行方不明になります。宵っ張りのコラムニストの一家は、朝食のときには全員が顔を見せるというのが唯一のルールだったのですが、ふたり娘のうちの姉が姿を見せなかったのです。この小説の語り手であるコラムニストの部下の取材記者も、父親のお気に入りの利発な姉とは対照的な妹も、有能な女性秘書も、その朝食の席に顔を揃えたのに。おりしも、彼らのチームは取材源から情報漏洩の疑いを持たれて危機を迎えていました。しかも、姉の前夫であるごくつぶしの男が殺され、妹が犯行現場近くで目撃されていたのでした。と、事件は派手ですが、推理の面白さには欠けています。同様のことは「名ゴルファーの死」にも言えます。ゴルフのツアーに参戦はしたものの、予選落ちの続く若いゴルファーが、一流ゴルファーの知遇とアドヴァイスを得て、初の決勝進出を果たした夜、その一流ゴルファーが殺されるのですが、登場人物の組み合わせと事件の背後の辻褄をあわせただけで、謎の産み出す面白さや謎を解く機智というものがありません。むしろ、前半の回想部分、若いゴルファーの鬱屈と、そこで一流のゴルファーとキャディのコンビに手を差し伸べられた嬉しさといったことを、丁寧に描いていく面白さに目がいきます。そこには、トーナメントプロとしてやっていけるかどうかの選手という、陽のあたりにくい世界を描く面白さがあります。ちょうど「危険な娘」のインチキ賭博師の世界が興味をひいたように。「正義とは何か」でも、不可能興味や大がかりな仕掛けの犯罪は出てくるものの、圧倒的に面白いのは、夜、野犬狩りのただ中の森で、迷子になって主人公が、野犬と遭遇する前半のサスペンスです。
「二十三号室の謎」にあった、意外な手がかりと、その手がかりからもたらされる意外な推論という、謎解きミステリの一番の美点は失われ、中編作家としてのヒュー・ペンティコーストは、むしろ、ストーリイテリングの作家となっているかのようなのです。



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