短編ミステリ読みかえ史

2016.10.05

短編ミステリ読みかえ史 【第91回】(1/2)  小森収

 フレドリック・ブラウンは、この連載の第53回でいくつか読みましたが、さらに、もう少し読んでおきましょう。雑誌の時代に先立つ1940年代から活躍した無視できない作家です。この作家はSF作家としての短編も、注目すべきものが多く、それはそれで、また別の機会に読み返すことになるでしょう。
 以前に取り上げたときは、邦訳も出ているふたつの短編集53年の『まっ白な嘘』と63年の『復讐の女神』を中心に読みました。そして、二冊の差を指摘したのですが、英語版のウィキペディアには、比較的詳しい(そして、信頼に足ると思われる)ビブリオグラフィがあって、そこで確認すると、収録作は、必ずしも近作というわけではないようでした。『まっ白な嘘』は圧倒的に40年代後半の戦後の作品が多く(50年の作品がひとつだけ)、あとは「町を求む」など、数編が40年代前半の作品です。それに対して『復讐の女神』は、40年代前半の旧作が多く、例外は、「姿なき殺人者」が46年の発表で、さらに「名優」(完全犯罪)が49年、「踊るサンドウィッチ」が51年の作品と、これだけでした。「踊るサンドウィッチ」はノヴェラと分類され、最初は一冊の本として出版された、季節はずれの倒叙ミステリだったことは、以前に触れました。初出発表年を調べたことで、フレドリック・ブラウンについては、再考を促される形になりました。
 以前、読み落としていた作品のうちには、40年代前半、すなわち戦争中の作品が、いくつかありました。フレドリック・ブラウンが本格的に活躍を始めたのも40年代に入ってからなので、作家のキャリアとしても初期のものということになります。
 このうち「故国の人質」は、いかにも戦時中の一編です。ひとりのドイツ系のアメリカ人がいます。もう何十年もアメリカに住み、立派なアメリカ市民と自他ともに認めている。それがために、勤め先の工場が軍需工場になっても、変わりなく勤務している。そんな男から電話で助けを求められたFBIが送り込んだ男がやって来るところから、話は始まります。彼はドイツの諜報部員からスパイになれと命令され、背けば、ドイツにいる彼のいとこが収容所送りになると脅迫されていたのでした。戦争中にこういう作品を書くと、戦意高揚に流れがちなものですが、ブラウンはユーモラスなアイデア一発の作品ながら、戦意高揚を避けたショートショートに仕上げていました。
 しかし、当時のブラウンの作品で目立つのは、ディテクションの小説です。
「球形の食屍鬼」の主人公は、民俗学の研究をしている苦学生で、「金枝篇」を題材に論文――迷信の民俗学的研究――を書いています。かたわら、夜勤でアルバイトをしているのが、死体置場なのでした。その夜は、ひき逃げの被害者の死体が一体、身元不明のまま安置されています。仕事といっても留守番のようなものなので、自分の勉強に没頭していると、いつの間にか、死体の顔が食いちぎられている。たったひとつの出入り口は、彼に気づかれずには出入りできないし、あとは、かなり高いところに換気扇があるきりです。換気扇は取り外せても、狭すぎて、人は通れない。事件の奇妙さに当惑するうちに、主人公は気づきます。犯行が可能だったのは自分ひとりで、それは自分が死肉を食らう怪物だと疑われることなのでした。これは、単なるオカルティックな殺人事件より、よほどショックのある危機の降りかかり方です。落ち着くところは、ハウダニットの謎解きミステリで、トリック収集家の方は一読するのがよろしいでしょう。
「お待ちの間の殺人」は、語り手の探偵の事務所に、殺人事件の捜査が希望の青年が職を求めてやってきます。採用になるなり、めったにないはずの殺人事件の捜査が、転がり込んで来る。言葉は悪いですが、生まれて初めて小説を書く人が考えるような設定です。事件は吝嗇家の靴職人が、大金を1万ドル札に換金したその日に殺されたものでした。「魔霊殺人事件」も心理学の教授のもとに、魔物を封じ込めた壜にまつわる事件の依頼が来るもので、出す必要があるのかどうかよく分からない少々軽薄な女子学生など、「お待ちの間の殺人」同様、いかにも習作です――その解決も含めて。
「球形の食屍鬼」が43年、あとのふたつが44年の作品ですが、おずおずと下手な謎解きミステリを書いているとしか思えないのでした。

 これらの、あまり感心しない、ワンアイデアの謎解きミステリ作家が、同じハウダニットでも異様な迫力をたたえた「笑う肉屋」(48年)を書くに到るのは、それはそれで、ひとつの進歩だと思うのですが、実際は、それ以前に「復讐の女神」(42年)のような洒落たミステリを、ブラウンは書いているのです。一方で、スミス氏のシリーズのような、冗談すれすれの謎解きものもあります。41~44年というのは、作品数も多く、玉石混淆のままに多産したということなのでしょう。
 フレドリック・ブラウンが長編小説を書くのは、戦後になってからで、まずエド・ハンターものの第一作『シカゴ・ブルース』が47年に世に出ます。エド・ハンターものは、最近になって未訳だったものが論創社から翻訳されていますが、私が読んだ範囲では、ハードボイルドというよりも、叔父・甥の探偵コンビという、主人公のキャラクターを大切にしたディテクションの小説という印象を受けました。このコンビが短編に登場するのは、61年の「女が男を殺すとき」からです。このころ、ブラウンはすでに短編を書く量が減っていて、このシリーズの短編はそう多くはないと推測されますが、前回紹介した「消えた俳優」という渋い佳作がありました。



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