短編ミステリ読みかえ史

2016.07.05

短編ミステリ読みかえ史 【第88回】(1/2)  小森収

「死刑前夜」は1938年の作品で、ブレット・ハリデイのミステリ作品の中でも、最初期の短編と言えます。翌39年にマイクル・シェーンものの第1作『死の配当』が世に出ますが、ガードナー同様、いくつもの出版社に断られたあげくのことだったようです。技師もののシリーズは、私の読んだ範囲でも、いささか同工異曲の気味はあるものの、ヘレン・マクロイも指摘するとおりの佳作ぞろいでした。「大立者」は、やはり死刑の直前に、荒くれ者だらけのメキシコの鉱山技師の中でも、頭よし度胸よしのある男について、語り手が回想します。「死刑前夜」のように、構成全体に作為をほどこしてはいませんが、ここでは、技師という職人的なプロフェッショナル――であると同時に、野盗の跋扈と革命騒ぎのドサクサに、盗掘に近い形で、メキシコから金を掘り出してしまおうという不埒な輩――の人情噺と見せかけることで、展開そのものに起伏を持たせています。その結果、意外な結末のあとに、喰えない男同士の関係がさりげなく描かれていました。
 技師ものには、メキシコに流れていったというか、流されていったというか、その結果、法の及ばない土地に在って、自身の腕と頭だけで生きているという男たちの感覚があります。ハリデイは西部小説も書いているようですが、そういう感覚には西部劇に近いものがあります。そんな感覚と、ミステリ仕立ての意外性が交差したのが「女には毒がある」という一編です。若い小悪党が、ふとしたはずみで殺人を犯し、ホーボーにまぎれて逃げ延びるうちに、開拓農民の父娘に助けられて……という話ですが、全体のバランスを見ると、前半の男の転落の過程が詳細です。終盤の意外性は、むしろ、つけ足しに近い。ハリデイにあっては辺境で生きていかざるをえない男たちを描くことが第一義で、また、そこが達者であるがゆえに「死刑前夜」「大立者」のミステリ風味が生きている。そのことは「二度目の蜜月」といった警察小説ふうの短編が、一向に冴えないことからも、うかがうことが出来ます。しかし、メキシコに流れた技師たちを描くかぎり、ハリデイには長編を書くチャンスも、売れっ子になる機会も訪れなかったでしょう。マイクル・シェーンというキャラクターを見つけたハリデイが、彼を描くことに傾斜していったのは、ごく当然の成り行きでした。
 マイクル・シェーンは、マイアミの私立探偵と紹介されますが、実際はある時期ニューオリンズに居を移しますし、私立探偵というよりは、自ら事件に介入しては金にしてしまうこともある、悪党すれすれのパルプヒーローです。いや、パルプヒーローの中でも、自己の行動の言い訳が少ない部類ではないでしょうか。シェーンものは、コンスタントに長編が書かれていましたが、それでもコンテンツが足りないことが判明します。まず映画化され、40年代から50年代にかけてラジオドラマとなり、60年代にはテレビ化されます。レックス・スタウトのネロ・ウルフ同様、マイクル・シェーンも、映像化されることで広く人気を得たのです。
 マイクル・シェーンものは中編もいくつか訳されていますが、それほど良い出来のものはありません。「死人の日記」は、深夜、秘書の電話でシェーンが呼び出されるところから始まります。戦争末期(第二次大戦です)に魚雷攻撃を受けた商船の生き残り三人が漂流しますが、中のひとりは助けられる前に死んでしまう。残ったふたりのうち、ひとりは真面目な人柄で、漂流中に死んだ男の世話をし、その間のことを日記に詳述したといいます。その真面目な男が行方不明になったので、妻が隣人であるシェーンの秘書に相談したのでした。漂流中に死んだ男はその地の大金持ちの相続人で、日記の男は、その家へ行こうとしていたらしく、しかも、日記をつけていた男が連絡を取ろうとした婦人――夫が大金持ちの家で庭師をしていた――が彼を訪ねてくる。そんな中、日記の男は殺され、大金持ちも死んでいて、その資産の行方は、大金持ちが死んだ日と漂流中の相続人の死との後先が、左右することになっているのが分かります。生き残った三人目の男の証言と、殺された男の日記が、その決定的な証拠となるのです。
 事件に次ぐ事件で、各人の思惑が交錯する中を行動するシェーンは、動きながら考え、解決にたどり着きますが、解決のための辻褄はあっていても、この手順では、意外性の中核を成す真相は、初めから読者にマル分かりでしょう。殺人犯が誰かは、簡単に気づかれないようになっていますが、一番のサプライズがこれでは興ざめです。それに、シェーンの考えや行動は、合理的かもしれませんが、そこには推理の面白さはありません。
「死人の日記」は、それでも依頼人がいるという点で、定型的な始まりですが、「死の払い戻し」は、美貌の女が質屋で工面した金を競馬に突っ込むところを目撃したところから、騎手の事故死を、シェーンは殺人とにらみます。「コニャックの味」は街の酒場で安物のコニャック――しか、昨今は手に入らない――を頼むと、それが高級品だったことから、禁酒法時代に密輸されて眠っていたコニャックをめぐる殺人事件を、シェーンが嗅ぎつけます。後年、ハリデイは、シェーンにモデルとなる人物がいたことを書いていますし、自分の腕と頭を頼りに活躍する男を描くことに作家の興味は、まずあったのでしょう。事件や謎の面白さは二の次であるように思えます。それでも、ハリデイのマイク・シェーンものは、マスメディアの波に乗り、マイク・シェーン・ミステリ・マガジンを56年に創刊して、毎号中編を載せるという量産態勢に入ります。



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