短編ミステリ読みかえ史

2016.05.09

短編ミステリ読みかえ史 【第86回】(1/2)  小森収

 E・S・ガードナーのパルプ時代の作品は、書かれたはずの量のわりには、それほど翻訳されていないのですが、ミステリマガジンが67年12月号で〈幻のクラシック・マガジン〉を特集したときに、ガードナーの「怪盗エナメル小僧」を発掘しています。とはいえ、34年の作品で、すでに『ビロードの爪』で大作家への道を歩み始めています。パルプ作家としては最末期の作品でしょう。
 ブレイム警部を含めた紳士連が、クラブで座談に興じているところから、小説は始まります。最近の事件に話題は向かいますが、ブレイム警部は、その事件がすっかり解決したものの、しゃくにさわるのだと言います。なぜなら、事件の陰にエナメル小僧がいることは分かっているのに、尻尾を捕まえることが出来ないからでした。そんな座談のメンバーの中のひとり、大金持ちのドラ息子で遊び暮らしているように見えるダン・セラーが、実は、エナメル小僧その人であることを明かして、事件が描かれていきます。
 事件は、複雑な手続きでしか解除できない警報装置に守られた宝石を、守衛を用いて盗んだもので、その途中、守衛は警官を射殺したのでした。事件の背後には名うてのギャング、ディック・マローンがいて、暗黒街の生き字引からの情報で、彼が自分を狙っていることを知ったエナメル小僧は、一計を案じます。禁酒法が廃止になって、それまで酒で大儲けしていたギャングが、他の方面に手を伸ばすといったディテイルに触れながら、複雑なからくりをテンポよくさばいていくのは、ガードナーのもっとも得意とするところですが、こういう話は、ある種の愛嬌と単純さが最大の魅力となるもので、その点、レスター・リースほどの面白さはありませんでした。
 同じ号のミステリマガジンには、ジェイムズ・ロースンの「保釈金はダイヤだ」も収録されていました。スパイシイ・ディテクティヴに載った43年の作品です。
「ガタ車のラジエーターをリンフロからストニーに向けたとき、おれの頭のなかには殺しのことがあった」という書き出しで、一応、私立探偵のようですが、犯罪も辞さないトラブルシューターのおれが、道すがら、美女を拾うと、これが、これから介入しようとする事件で、逮捕され保釈(金)を待っている男の姪です。以前書いたように、ブラックマスクに代表される、犯罪を題材とした小説群の混沌の一翼を担った、いかにもな作品でした。
 ブラックマスクから抜け出したふたりの作家、ハメットとチャンドラーによって、ブラックマスクは改めて注目を浴びましたが、ブラックマスク本体はもちろん、そうした混沌から抜け出した後続の作家が、日本でも光をあてられるようになったのは、ようやく70年代に入ってからでした。
 ホレス・マッコイの紹介は『彼らは廃馬を撃つ』(この作品は、昨年リプリントされましたから、新たな読者を開拓したかもしれません)の映画化がきっかけでしたが、散発的ながら、『明日に別れの接吻を』翻訳に到るまでの約10年間、紹介されるたびにファンの中になにかを残していったようです。その間の小鷹信光による評価は、大切な指標のひとつで、マッコイに興味のある人は必読ですが、そのころに紹介された作品で、読み落としていたのが「ハリウッドの死」です。
 ハリウッドで休暇中のインタナショナル探偵社のオプ(本社勤務らしい)が、電報を受け取ります。西海岸の支社のチーフのもとへ行けというのは、仕事に戻れの命令です。大金持ちと結婚することで引退した女優が、行方不明になったのでした。地元の警察と張り合い(こちらの支社のチーフが、そのたびにヒヤヒヤするのが面白い)、新聞記者が写真を写そうとするたびに顔をそむける、このパーマーという(名前が一箇所だけ出てきます)探偵は、おなじみの、金さえ払えば仕事はするんだろうと言わんばかりに非協力的な依頼人を恫喝しながら、捜査を進めます。
 この作品は33年に書かれたもののようですが、未発表に終わり、マッコイの死後、トーマス・スチュラックが発掘したそうです。マッコイ自身の推敲のあとがあり、削除を予定した部分も分かっていて、なおかつ、カッコつきながら、その部分も訳されています。削除の部分は当然の推敲のように思えますが、作家を志しながら探偵稼業にはげむ男が、映画の都でホンモノとニセモノの芸術家に取り巻かれた女の失踪を追う。名和立行=小鷹信光の解説を待つまでもなく、ハメットを意識したであろうことは確か(作家になりすました探偵は「ハメットは知ってるかい」と訊ねられる)ですし、ある種のコンプレックスを抱えた主人公という点で『明日に別れの接吻を』をも思い起こさせます。しかし、一人称の語り口にしろ(この点は、チャンドラーのフィリップ・マーロウと比較すべきでしょう)、題材を切り取る手つきにしろ、注目する必要はあっても、習作というべき作品です。



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