短編ミステリ読みかえ史

2016.04.04

短編ミステリ読みかえ史 【第85回】(1/2)  小森収

 昨年のサキの刊行ブームによって、未訳だった作品がいくつか翻訳されましたが、残念ながら、めぼしい作品はありませんでした。前回「四角い卵」を強く推薦しましたが、実は、この作品は本邦初訳ではありません。私も初読ではありませんでした。初読時は、さして感心しなかったのですが、かつての翻訳と今回の訳とでは、いくぶん冒頭の部分のイメージが違う。誤訳とまでは言わないものの、明らかに、今回の新訳の持つ重層的なイメージが、かつての訳には欠けています。率直なことを言えば、昨年出たサキの新訳を、私はそれほど高く買う気にはなれないのですが、こと「四角い卵」に関しては、新訳を出すだけの価値のあるすぐれたものだと考えています。
 サキの第二短編集『クローヴィス物語』のクローヴィスというのは、サキの作品に登場するシリーズキャラクターです。この人物は『クローヴィス物語』のすべての作品に登場するわけではありませんし、また、その他の短編集に収められた作品にも、顔を出すことがあります。それに、登場するといっても、単なる語り手に終始したり、ほとんど名前が出ているだけのような場合もあります。もちろん、作品中で活躍するものもたくさんあって、いささか無軌道で、度の過ぎたいたずら好きとでもいった性格です。ただし、連作短編と呼ぶには、作品の中における軽重がまちまちで、作品相互の関連も薄く、全体としてのまとまりにも欠けているので、せいぜい、おなじみのキャラクターといったところでしょう。うかつなことに、二十歳そこそこというクローヴィスの年齢に、今回初めて気がついて、ちょっと、作品に対する読みを変えなければならないのかなとも思ったものです。しかし、考えてみれば、とくに年齢の書かれていない(ことの方が多い)場合、それがいくつのときのクローヴィスなのかは不明なので、それはそれで、齢を重ねたクローヴィスでもありうるのかなと思い直しました。

 一昨年のことになりますが、マージェリー・アリンガムのキャンピオンものの短編集『窓辺の老人』が、創元推理文庫から刊行されました。アリンガムについては、この連載の第42回で簡単に触れておきましたが、短編が得意とは言えないでしょう。それでも短編の代表作として衆目の一致する「ボーダーライン事件」は、『窓辺の老人』でも巻頭に据えられていて、また、代表作と呼ばれるに恥じない秀作です。この作品は、『世界短編傑作集』では1928年作となっていて、実際、その年次に相応な第3巻に収録されていますが、『窓辺の老人』の書誌データでは36年の作品となっています。たぶん、こちらの方が正しいのでしょう。書き出しのむし暑さの描写が、小説の伏線となっていることといい、心理的なアイデアといい、20年代のミステリにしてはモダンすぎます。
 『窓辺の老人』は、副題に「キャンピオン氏の事件簿1」とつけた日本独自の短編集ですが、30年代の初期作品を集めています。「ボーダーライン事件」が頭ひとつ抜けていて、あとは、まあ、趣味のあう人が読めばよろしいといった作品でしょうか。たとえば「窓辺の老人」は、クラブの窓際にずっと座っている老人がいるという奇妙な出だしですが、解決の仕方がいかにも不格好です。もっとも、事件の説明が複雑になるようなアイデアではありますし、そのことを埋めるかのように、しろうと探偵とプロの警察組織が補い合うという点を、話の落としどころにしています。
 この短編集におしなべて言えることですが、キャンピオンが相対するのは、プロの犯罪者であることが多い。そもそも「ボーダーライン事件」にしてからがそうです。デビュー当時、スリラー作品を書いていたアリンガムですから、当然と言えば当然なのでしょう。つまり、30年代の作品集ではあるものの、中身は名探偵キャンピオンの探偵譚。むしろ、シャーロック・ホームズのライヴァルというか末裔でしょう。アメリカのディテクションの小説が、30年代を境に、つまりクイーンとハメットの登場を境にして、プロットを展開させるにあたって、事件を論理的にフェアに解決することを重視する一派と、探偵の行動を追うことを主眼にする一派に二分したのに対し(注意してほしいのは、それがパズルストーリイとハードボイルドの二派ではないことです。後者には、ある種のパズルストーリイが含まれていました。同時に、両派ともに、展開の速度に腐心するという共通項がありました)、イギリスのそれは、ずっと伝統的な探偵の物語であり続けたことを指摘しました。代表はセイヤーズです。アリンガムのこの短編集は、そのことの読み取りやすい好例となっています。
 イギリスのミステリのこういった保守性は、40年代あたりまでは、アメリカのミステリのモダンな先進性の前にしては、一部の例外を除いて(たとえば『野獣死すべし』)、作品に古めかしさをたたえたものにしたことは、否定できません。しかし、プロの犯罪者に対することが多かったキャンピオンを主人公に、アリンガムが戦後になってEQMMコンテストに投じて第二席を得た短編「ある朝絞首台に」は、金持ちの伯母と貧乏な甥との間の事件という、古式ゆかしいながらも端正なパズルストーリイでした。このあたりの違いが、結局のところ、アメリカのミステリが、ディテクションの小説であることの魅力を失っていくのと入れ違うように、イギリスのミステリがディテクションの小説であり続けることで、息を吹き返すという、70年代以後の状況を引き起こしたのではないか? というのが、私の推測です。この点については、これからの読みかえしで、明らかになっていくことでしょう。



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