短編ミステリ読みかえ史

2015.03.05

短編ミステリ読みかえ史 【第72回】(1/2)  小森収


 前回、ブラッドベリのイマジネーションには、妙な偏りがあると指摘しました。そこを、もう少し考えてみましょう。
 短編集『刺青の男』で抜きん出ているのは、「万華鏡」「ゼロ・アワー」のふたつの傑作で、これは衆目の一致するところだと思います。あとは、巻頭に置かれた「草原」でしょうか。「ゼロ・アワー」は、ある意味で「万華鏡」とは対極にある作品です。未来のある時点――当時のテクノロジーでは存在しない通信機器がある――の話なのですが、小説は子どもを持つ母親たちの振る舞いと会話に終始します。その描写の果てにSFの代表的なテーマが浮かび上がってくる。非日常的で、読者の誰ひとりとして経験できないような、宇宙空間で死を待つという状況を描くのに終始した「万華鏡」とは正反対に、「ゼロ・アワー」は、未来社会においても、日常生活の在りようは、現代と変わらず(せいぜいがテクノロジーの進歩の範囲内の差しかない。火星に結婚のために向かう女たちの話である「荒野」から引けば「ちょっと歌詞を変えれば、二〇〇三年でも通用するわね」)、そんな日常生活のただ中に、SF的な恐怖が侵犯するという話でした。「草原」も、手法的には「ゼロ・アワー」に近く、ホームドラマと見まがうばかりの家庭の描写の中に、SFのガジェットが溶け込んでいるのです。
 ブラッドベリという作家は、こうした日々の営みを描く、ドメスティックな描写が巧みであり、しかも、その日常性は、未来や他の惑星といったところに舞台を移しても成立することを示し――その極限が『火星年代記』でしょう――、一方で、それらドメスティックな場面とは対照的な、死や破滅といった極限状態を描くのに長けている。「長雨」など、そんな未知なるものの描写力だけでもっている作品でしょう。しかしながら、その中間に位置するといっていい、社会や政治や文化といったレベルでなにかを描く段になると、きわめて凡庸な発想を露呈する。偏りとは、そうしたことです。
 たとえば『刺青の男』に入っている「マリオネット株式会社」です。ある時期、気に入ったアイデアがあると、それでいくつか短編を書くことが、ブラッドベリにはあって、「代役」という同年に書かれた、マリオネット株式会社――当人そっくりのロボットを作ってくれる会社――の出てくる短編もあります。ここに描かれた社会では、人間そっくりのロボットを作ることは、重大な犯罪だそうですが、そうした法がある(のでしょう?)にもかかわらず、そんなロボットがあることも、マリオネット株式会社のような組織がありうることも、限られた人にしか知られていないようです。落ち着いて考えると、これは社会と法の関係からして、まず、ありえない。そのくらい無理な設定です。その結果、マリオネット株式会社という組織の怪しさを、無理に演出する手つきが目立つ作品になっているのです。
 前回、例にあげた「訪問者」の描く世界は、細菌に冒され、火星で死を待つばかりになっている人々に、地球を幻視させる超能力者が登場します。しかし、そこに現われた破滅目前の地球の幻視には、アメリカしか現われないのです。つまり、宇宙全体から見た地球は描けても、等身大の地球や世界をイメージしようとすると、途端にお郷が知れてしまう。ブラッドベリを読むと、しばしば、宇宙空間とアメリカの田舎(イリノイでしょうか?)しか、この世に存在しないかのような感覚にとらわれることが、私にはあります。
「太陽の黄金の林檎」は、『刺青の男』に続く短編集の表題作であり、ブラッドベリらしさに溢れた作品ですが、上に述べた特徴が集約的に表われているという点においても、ブラッドベリらしさに満ちています。太陽のエネルギーを人間が手に入れるために、太陽に向かって進むロケットというものが、すでにして、現実の科学とは手を切った即物的かつ詩的な存在といっていいでしょう。高温に対する超低温という発想は、まだしも科学の尻尾を残しているかもしれませんが、二千本のレモネードと千本のビールを積み込んだというのは、暑さ対策以上に、祝祭的というよりありません。そして、宇宙船は、杯を突っ込んで太陽の一部を掻きとるのです。そもそも、太陽に向かう方角は「南」、帰りは「北」という分かりやすさ。新しいエネルギーを得るために宇宙に乗り出す姿を、まったく科学とは無関係な、日常的なイメージと言葉だけで描ききったのです。それとともに、冒頭に次々と引用される詩句が英文学に限られていても、それは、「亡命者たち」に出てくる作家たちが、英語圏に限られていることの持つ貧弱さから逃れています。「太陽の黄金の林檎」は1953年の作品で、49年の「亡命者たち」との間に、自らの手法の自覚と洗練があったのでしょうか。ブラッドベリは確固たる自信を持って書くようになっているのが分かります。




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