短編ミステリ読みかえ史

2015.02.05

短編ミステリ読みかえ史 【第71回】(1/2)  小森収


 H・P・ラヴクラフトは1937年に46歳の若さで亡くなりました。生前、活字になった作品の大半は、雑誌ウィアードテールズに発表されたもので、ありていに言えば、読み捨てられ、忘れ去られる運命にありました。さらに、それ以外に、膨大な量の未発表作品(詩を含む)と書簡が、未整理なまま残されました。ラヴクラフトはタイプを用いず、なうての悪筆だったそうです。生前には著書もありませんから、ラヴクラフトを慕う同業者は幾人もいたものの、世に認められないまま、不遇のうちに死んだと言っていいでしょう。そのラヴクラフトを慕う同業者の中に、オーガスト・ダーレスとドナルド・ワンドレイがいました。このふたりは、ラヴクラフトとは20歳近く年齢が離れていて、ラヴクラフトが死んだときは、まだ二十代ですから、同業者というより、後輩ないしは弟子と呼ぶ方がいいのかもしれません。ともあれ、ふたりはラヴクラフトの作品群を活字として残すことを考え、そのために、自分たちで小さな出版社を設立しました。それがアーカムハウスです。
 ラヴクラフトが死んだ2年後の1939年、アーカムハウスは最初の出版物を世に問います。The Outsider and Othersがそれで、もちろん、ラヴクラフトの作品集でした。1268部だったそうですから、限定出版に近かったのではないでしょうか。以後1949年のSomething About Cats and Other Piecesまで、第一期4冊のラヴクラフトの作品集を刊行します。刊行につれて部数は微増しますが、2000部をわずかに超えた程度です。その後もラヴクラフトの作品集をコンスタントに出し続け、1963年には、The Dunwich Horror and Othersという傑作選を出すに到ります。これは、アーカムハウスでは例外的に増刷されたもののひとつで、累計15000部出たと言います。また、その後ペイパーバックなどで出版されることになる、ラヴクラフトの短編集の雛形にもなりました。
 忘れ去られるところだったラヴクラフトは、みごとに生き残り、日本でも全集が出るほどの作家となりました。ここまでの書誌的なデータは、国書刊行会版全集の矢野浩三郎の解説に拠っていますが、その後、創元推理文庫版の全集も出ることになります。そして、アーカムハウスが残したのは、ひとりラヴクラフトだけではありませんでした。
 アーカムハウスの初期の刊行作品リストを見ると、オーガスト・ダーレス、ドナルド・ワンドレイ、クラーク・アシュトン・スミス、フランク・ベルナップ・ロングといった、ウィアードテールズで活躍した、ラヴクラフト門下とでも呼ぶべき作家たちの名が並びます。これらの人々も、ラヴクラフトがそうであったようにか、あるいはそれ以上に、そのまま忘れ去られていても不思議ではない作家でした。同時に、ヘンリー・S・ホワイトヘッド、シェリダン・レ・ファニュ、アルジャーノン・ブラックウッド、ウィリアム・ホープ・ホジスン、ロバート・E・ハワードといった、英米の怪奇小説・幻想小説の先達の作品集を、アーカムハウスは刊行していきます。そして、定説としては、1946年にA・E・ヴァン・ヴォークトの『スラン』を出すことで、以後、同時代のSF作家の処女出版社となるのです。それが証拠に、ロバート・ブロックThe Opener of the Way、レイ・ブラッドベリDark Carnival、フリッツ・ライバーNight's Black Agentsといった作品が、アーカムハウスの出版リストに名を連ねることになります。ほかにも、カール・ジャコビや、これはSFの範疇ではないでしょうが、マンリイ・ウェイド・ウェルマン(第1回EQMMコンテスト第1席受賞者)の短編集『悪魔なんかこわくない』などの名前も見られます。正確には、ロバート・ブロックの処女短編集の刊行は『スラン』に先立つのですが、ブロックは、SF作家というよりも、幻想と怪奇の作家という方が適切でしょうから、定説通りにしておきます。
 パルプマガジンの世界では、ウィアードテールズと平行して、30~40年代に、SFの雑誌が隆盛します。アシモフ、ハインラインを筆頭に、多くの作家が活躍を始めました。そして、1941年創刊のEQMMの成功に影響された、43年創刊のファンタジー&サイエンスフィクション(F&SF)を皮切りに、ダイジェストサイズへの移行が始まります。それでも、作家がマガジンライターから抜け出すのは容易ではなく、一握りの実力のある書き手に限られたことでした。このあたり、ミステリと基本的な事情は変わらないようです。隣接するジャンルとしての短編SFについては、後日あらためて筆を起しますが、つい最近、マイク・アシュリー『SF雑誌の歴史』の二巻めにあたる『SF雑誌の歴史 黄金期そして革命』が翻訳刊行されました。前巻『SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴』が翻訳されたのが2004年なので、ほぼ10年ぶりのことです。SFに関して門外漢の私は、東京創元社の編集部に、短編SFの歴史的展開をレクチュアしてもらえないかと頼んだことがあるのですが、そのときに送られてきたのが、この第1巻でした。第一級の歴史書であるこの本も頼りにしながら、さらに稿を進めていくことにしましょう。




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