短編ミステリ読みかえ史

2014.12.05

短編ミステリ読みかえ史 【第69回】(1/2)  小森収


 怪奇小説ないしは恐怖小説と呼ばれるものの、現代につながる直接の起源は、18世紀にゴシック小説の嚆矢となった、ホレス・ウォルポールの『オトラントの城』だというのが定説です。その後、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』などの19世紀前半の小説を経て、19世紀後半から20世紀前半にかけて、幻想と怪奇の小説が、英米では開花することになります。そのあたりの流れ、さらにその後の展開は、風間賢二さんの『ホラー小説大全』の第一部「西欧ホラー小説小史」が、適切に伝えているので、詳しく知りたい向きは、同書を参照してください。日本の場合は、明治期に欧米の文化が本格的に流入する以前にすでに怪談があり、とくに幕末から明治にかけての読本や落語の中に、現代に通用する怪談が存在するので、ちょっと事情が違うとは言えますが、それでも、岡本綺堂はイギリスの怪奇小説から学んだし、それ以降の日本人の怪奇小説の書き手を見ても、短編ミステリの輸入を考える上でも、欧米の怪奇小説の影響は無視できません。
 上に簡単に触れた怪奇小説の流れからも分かるとおり、怪奇小説そのものは、その起源もミステリより古く(ミステリの創始者ポーが、怪奇小説においては中興の祖と言われるのですから)、文学的にもミステリとは別の流れと理解されるべきものでしょう。むしろ、ポーを分岐点として、ミステリを怪奇小説の分派と見ることは、可能かもしれません。したがって、ミステリの一ジャンルとして怪奇小説を見ることには、無理があります。にもかかわらず、ある種の短編ミステリを考えるうえで、あるいは、第二次大戦後の短編ミステリの隆盛を考えるうえで、怪奇小説の存在は避けて通れません。これからしばらくは、隣接ジャンルとしての怪奇小説を、それでも短編ミステリの歴史に即しながら、読んでいくことにしましょう。
 短編ミステリを歴史的に俯瞰するうえで、江戸川乱歩編『世界短編傑作集』全5巻が、必読のアンソロジーであったように、怪奇小説の歴史を俯瞰するうえで必読なのが、やはり創元推理文庫のロングセラーである『怪奇小説傑作集』全5巻です。このアンソロジーが成立したのは1969年ですが、その母体となったのが、世界大ロマン全集の中の『怪奇小説傑作集』全2巻と、『世界恐怖小説全集』全12巻です。さらに遡れば、江戸川乱歩が欧米のアンソロジーを研究することでものし、『幻影城』に収めた「怪談入門」に行き当たります。そういう成立過程が、まずもって、ミステリにおける『世界短編傑作集』と相似形といっていいでしょう。創元推理文庫版『怪奇小説傑作集』は、1~3巻が英米編で、第4巻がフランス編、第5巻がドイツ・ロシア編となっています。第4巻第5巻を評価しないわけではありませんが、ここであまり手を広げるわけにはいかないので、この連載では英米編にしぼって考えることにします。
 英米編3巻に限定しても、そこには約100年にわたる短編の怪奇小説31編が収録されています。年代的にも、『世界短編傑作集』とほぼ重なっていて、しかも、その時期は、科学革命と産業革命を経て、近代社会をいち早く実現したイギリスにおいて、なおゴシックを志向する文芸としての怪奇小説が、モダンホラーへと展開していく時期でもありました。そこで、まず収録作品を年代順に並べることから始めてみましょう。行頭に発表された年号、末尾に作家の英米の別と収録巻数を記しておきます。作家の表記は、コリアーをコリアなど、一部直しています。

19世紀
1839 フレデリック・マリヤット「人狼」(英)2
1844 ナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」(米)3
1859 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「あれは何だったのか?」(米)3
1859 ブルワー・リットン「幽霊屋敷」(英)1
1866 チャールズ・ディケンズ「信号手」(英)3
1869 J・シェリダン・レ・ファニュ「緑茶」(英)1
1874 W・ウィルキー・コリンズ「夢のなかの女」(英)3
1891 ラドヤード・キプリング「イムレイの帰還」(英)3
1891 ヘンリー・ジェイムズ「エドマンド・オーム卿」(米)1
1894 アーサー・マッケン「パンの大神」(英)1
1896 アンブローズ・ビアス「怪物」(米)3
1897 H・G・ウェルズ「卵形の水晶球」(英)2
以下20世紀
1902 W・W・ジェイコブズ「猿の手」(英)1
1906 アルジャーノン・ブラックウッド「秘書奇譚」(英)1
1908 F・マリオン・クロフォード「泣きさけぶどくろ」(英)2
1910 イーディス・ウォートン「あとになって」(米)3
1910 W・F・ハーヴィー「炎天」(英)1
1910 サキ「スレドニ・ヴァシュタール」(英)2
1912 E・F・ベンスン「いも虫」(英)1
1918 J・D・ベレスフォード「人間嫌い」(英)2
以下第一次大戦後
1919 M・R・ジェイムズ「ポインター氏の日録」(英)1
1920 サックス・ローマー「チェリアピン」(英)2
1921 A・E・コッパード「アダムとイヴ」(英)3
1922 ウォルター・デ・ラ・メア「シートンのおばさん」(英)3
1925 E・L・ホワイト「こびとの呪」(米)2
1928 ベン・ヘクト「恋がたき」(米)2
1929 H・P・ラヴクラフト「ダンウィッチの怪」(米)3
1930 E・M・デラフィールド「帰ってきたソフィ・メイスン」(英)2
1931 ジョン・コリア「みどりの想い」(英)2
1932 L・E・スミス「船を見ぬ島」(英)2
1942 S・H・アダムズ「テーブルを前にした死骸」(米)2
1944 ヘンリイ・カットナー「住宅問題」(米)2
1948 L・P・ハートリイ「ポドロ島」(英)2





ミステリ、SF、ファンタジー|東京創元社
バックナンバー