短編ミステリ読みかえ史

2013.12.05

短編ミステリ読みかえ史 【第57回】(1/2)  小森収


 第5回EQMMコンテストの第1席に輝いたのは、ジョン・ディクスン・カーの「パリから来た紳士」でした。マニア好みの趣味趣向を貫いたという意味で、ユニークな作品と言えますが、正直なところ、「妖魔の森の家」が最高特賞で、これが第1席というのは、作品評価としては首を傾げざるをえません。前々回で触れたスティーヴン・バーの「ある囚人の回想」も、マニア趣味の作品でしたが、そういう趣味の部分を除いても、ひとつのミステリとして仕上げるための手管が、抜群の面白さでした。「パリから来た紳士」は、わざわざクイーンが、作品のあとに解説をつけています(『黄金の13/現代篇』にも収められています)が、確かに専門的な知識なので必要な解説ではあるものの、そうした部分も含めて、ミステリマニアがにやにや笑いながら、知る人ぞ知る異色作として遇していれば良い作品のように、私には思えます。そういえば、「妖魔の森の家」にも、クイーンの詳細な技術解説がついていて、これも微笑ましいものでしたが、こちらの解説には、パズルストーリイの技術を詳述することで、その時点でのパズルストーリイの先端技術を書き記すという側面を、持つことになっていました。
 もともと、ミステリマニア(ミステリにかぎらずマニアはそうかもしれませんが)には、こういう楽屋落ちを喜ぶ傾きがあるのは事実で、また、それは一概に悪いことだとは言えません。ただし、このあと、EQMMコンテストにこの手の作品が定番のように現われて、それはそれで、うんざりさせられるのも確かです。ロバート・アーサーの「五十一番目の密室」、C・B・ギルフォードの「探偵作家は天国に行ける」といった作品は、私には過大評価(とりわけ日本で)のように思えます。
 この年の第2席はヴァラエティに富んでいて、まず、前回、最高特賞だったウィルバー・ダニエル・スティールの「レディ・キラー」が、奇妙なシチュエーションと奇妙な登場人物の性格で、読ませます。主人公が狩りに来て、森の中で迷っているという出だしで、しかも、その朝、ニューヨークを出発する回想場面では、狩猟仲間の細君と不倫の関係にあって、金曜日には商用で留守にする夫のいぬ間に、逢引きの目論みが出来ている。この男、女に関して、少なからず自信を持っているようなのです。迷った森から抜け出たところで、男は農家を見つけます。無口な男と愛想のない妻が、それでも一夜の宿を提供してくれます。この無愛想な妻が、さして魅力的に見えないのに、男が手を出してしまうのが、苦笑させつつ面白い。女にその気があるのかどうかも、よく分からないままに、また、誘いにのったのか、なにかの偶然なのかも、よく分からないうちに、男は女をものにしてしまう。そして翌朝、男を送っていく馬車の中で女心の一端があかされ、そして……という話。
 私は「土に還る」よりも、この「レディ・キラー」の方がすぐれていると考えます。ウィルバー・ダニエル・スティールはスリックマガジンの短編作家のようですが、トリッキイな殺害方法の「青い殺し屋」も含めて、無教養や野蛮さと金銭的な成功者の対立というモチーフがくり返され、その部分が小説として生きているという点でも「レディ・キラー」が、もっとも良く出来ていると思いました。
 クレイグ・ライスとスチュアート・パーマーの合作第一作「汽笛一声」は、そのユーモアと慌ただしさが、一作めだけに初々しい。マージェリイ・アリンガム「ある朝絞首台に」は、アルバート・キャンピオンが登場する謎解きミステリですが、話の進め方など、悠然として古式ゆかしい感じを与えます。金を握った伯母と無心に来た甥という、イギリスのミステリに掃いて捨てるほどあるパターンを、ふたりの性格の綾と消えた凶器というふたつの興味から、心地よいミステリに仕立てています。犯人の用いたトリックだけを取り出せば、この作品は、日本のある長編の先行作品と言えます。ただし、この短編の本邦初訳は1977年なので、おそらく、偶然の一致と考えられます。しかも、問題にすべきは、作品の後先ではなくて、同じトリック(アイデア)から、異なった味わいが引き出されているという点でしょう。ともあれ、この年、第2席を獲ったディテクションの小説は、このふたつです。
 あとは、すでに紹介したエリンの「アプルビー氏の乱れなき世界」、Q・パトリックの「少年の意志」、フィリップ・マクドナルドの「おそろしい愛」といった作品で、クライム・ストーリイが優勢になってきているのが分かります。しかも、これらに加えて、コンテストに初登場した重要な作家がいます。A・H・Zカーの「誰でもない男の裁判」です。A・H・Z・カーについては、連載の一回を割いて紹介しますので、ここでは名をあげるにとどめますが、コンテスト前半のQ・パトリックと後半のA・H・Z・カーが、スタンリイ・エリンとともに、クライムストーリイを牽引していったというのが、私の考える見取り図です。




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