短編ミステリ読みかえ史

2013.11.06

短編ミステリ読みかえ史 【第56回】(1/2)  小森収


ヘレン・マクロイのところで、少し書いておきましたが、エラリー・クイーンが初期のEQMMコンテストの連続入賞者として指摘したのが、マクロイとQ・パトリックでした。Q・パトリックについて見てみると、以下のようになります。
 第1回「十一才の証言」(第3席)。第2回「ルーシイの初恋」(第2席)。第3回「母親っ子」(第2席)。第4回「汝は見たまう神なり」(特別賞)。第5回「少年の意志」(第2席)。第6回「はるか彼方へ」(第3席)。第7回「鳩の好きな女」(特別賞)。
 堂々の7回連続入賞で、スタンリイ・エリンとまではいかないにしても、その実力のほどを発揮しているとは言えるでしょう。これらの短編は、どれもクライムストーリイかそのヴァリエイションで、ディテクションの小説は、ひとつもありません。少なくとも、EQMMコンテストにおいて、クライムストーリイの佳作を発表しつづけることで、短編ミステリをそちらへ方向づけたのは、スタンリイ・エリンとQ・パトリックだったとは言えるでしょう。そして、そのうちの何編かは、のちに短編集『金庫と老婆』としてまとめられ、1962年のMWA賞の特別賞を受賞しました。このころには、すでにMWA賞の短編賞は短編作品に贈られるようになっていて、その年の受賞作は、クライムストーリイのひとつのエポックと考えられている、デヴィッド・イーリイの「ヨットクラブ」でした。
 Q・パトリックすなわちパトリック・クェンティンが、いささか複雑な経過をたどった合作作家であることは、日本でも有名でしょう。Q・パトリックという名前は、リチャード・ウェッブが、単独ないしは合作(相手は複数いました)で書いた作品を発表する名前として、用いていたものです。トラント警部というシリーズ・キャラクターも持っていました。合作相手のひとりヒュー・ホイーラーと本格的に組んで合作を始めたのが、パトリック・クェンティン名義で、1936年の『迷走パズル』が第1作でした。初期の長編作品では、ピーターとアイリスのダルース夫妻に精神科医のレンツ博士を加えたトリオが主人公でした。このあたりのことは、最近創元推理文庫にまとめて新訳が入ったので、ご承知の方も多いでしょう。探偵役のシリーズ・キャラクターを持っていることからも分かるとおり、ディテクションの小説から、クェンティンはスタートしています。長編にかぎって話をすれば、トリオからレンツ博士が脱落することで、よりサスペンス小説に傾斜していき、52年の『女郎ぐも』では、Q・パトリック名義のキャラクターであるトラント警部が登場するものの、被害者の女性のイメージが小説の進行にしたがってぶれていくところに、面白さがあって、そして、この作品をもって合作は終わり、以後はホイーラーの単独作となって、『わが子は殺人者』『二人の妻をもつ男』と、サスペンスミステリの傑作を残します。
 クェンティンの代表作が、50年代の長編サスペンス小説と考えられていたせいもあって、そして、それは正当な評価だと思いますが、短編においても、トラント警部やダルース夫妻が主人公となる、ディテクションの小説は、翻訳されてはいるものの、ほぼ忘れられている状態でしょう。
 たとえば、早川ポケミスの『名探偵登場⑤』には、トラント警部ものの「さよなら公演」が採られています。引退を決意した女優の最後のステージの直前に、その夫が射殺されるという事件です。小説が始まると死体がころがっていて、しかしながら、ショウ・マスト・ゴー・オンなので劇場に行かせろと、トラントは要求されているという、スピードを重視したパルプマガジンふうの出だしです。女優は夫から離婚を迫られていて、芝居の相手役の男優(一緒に劇場入りしようとして、その場にいたのです)との仲が疑わしい。強烈な謎もないし、解決にしても意外性や驚きがあるわけではありまとせん。小味ととるか退屈ととるかは、人それぞれかもしれませんが、ディテクションの小説です。最後のオマケは気がきいていて、しかも、そこにクェンティンらしさがあるのが取り柄でしょう。
 ほかにも、トラント警部ものでは「人魚を殺したのは誰?」「白いカーネーション」「土曜の夜の殺人」、ダルース夫妻ものでは「ポピイの謎」「ニュー・フェイス殺人事件」といったところを読んでみましたが、どれも、それほど面白いものではない。どちらかというと、トラント警部ものが古めかしく、ダルース夫妻ものに、フランク・グルーバーからクレイグ・ライスあたりを経由したとおぼしい、ディテクションであると同時に、そうすることで主人公が窮地から脱するという展開を、スピードとユーモアをもって描く行き方が見てとれます。日本では、パトリック・クェンティンの初期の長編が、ようやく日の目をみたこともあって、これらの作品も再評価する向きがあるかもしれませんが、それでも、クェンティン=パトリックの短編ミステリの本領がクライムストーリイにあるという点は、動かしようがないと思います。




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