短編ミステリ読みかえ史

2013.09.05

短編ミステリ読みかえ史 【第54回】(1/2)  小森収


 お手数ですが、まず、この連載の今年の4月アップ分、第49回を参照してください。そこにEQMMコンテストの受賞作リストの欄を設けておきました。4月の段階では、その内容は貧弱なものでしたが、その後、一応、努力を重ねて更新してきたので、かなり内容が充実してきました。もちろん、いまだ完成には遠いのですが、コンテストの初期の受賞作群は、その全貌を示すことが出来るようになりました。
 コンテストの初期受賞作については、第50回で少し読んでおきました。第1回コンテストに、必ずしも佳作が集まったわけではなかったことも、指摘しておきました。そこでは触れられませんでしたが、第2席に入ったマニング・コールズ、アントニー・ギルバートのふたりのイギリス作家の作品も、褒められたものではありません。
 マニング・コールズの「幽霊に手錠はかけられぬ」は、BBCラジオが幽霊屋敷探訪の実況中継を流しているうちに、アナウンサーから、ゴーストハンター、あげくスタッフまでが行方をくらますという、派手な出だしですが、自分の十八番の方向へ引き込んでおきながら、この程度というのは、おそまつです。これでは竜頭蛇尾でしょう。マニング・コールズはヘレン・マッキネスとならんで、グリーン、アンブラーの登場と、イアン・フレミングの映画化によるブームとの間を結ぶ、スパイ小説のミッシング・リンクとして、私自身興味を持っていた作家ですが、さすがに、これでは手を出す気が失せてしまいます。
 アントニー・ギルバートの「死刑台には二度のぼれない」も、手持ちのキャラクターである弁護士アーサー・クルックのところへ、怯えた男から電話が入るという出だしですが、さして面白みのない、シャーロック・ホームズのライヴァルたちの亜流に終わっています。
 これらに比べれば、ケネス・ミラーの「女を探せ」と並んで第4席に入った、フランシス・クレインの「青い帽子」には、やや好感が持てます。イリノイ南部のレストランで、ある大金持ちの老嬢が魚料理を平らげているところを、居合わせた人々が観察しています。彼女の父親はミシシッピーの汽船のボーイあがりで、ショウ・ボートに似せた豪邸(!)は、スティームボート・ゴシックと呼ばれている。眉を顰めさせるところはあるけれど、なにせ大金持ちという、土地の有名人なのです。彼女は身の回りの世話までする運転手とふたりきりで、マイアミと北部ミシガンとスティームボート・ゴシックとを行き来して、一年を過ごしているのです。語り手の女性の伯母は、彼女のことをよく知っているけれど、その分、嫌悪感も強い。語り手の夫は探偵なのですが、金持ちなのが取り柄のこの永遠のオールドミスを一目見て、彼女は結婚していると言い出す。
 老嬢の名がエミリーで、これはフォークナーの短編を思い出させますし、恋愛にまつわる過去を語り手と夫が掛け合いで解いていくところ、『おしどり探偵』にクィン氏の回があったら、かくやとばかり。といった具合で、中盤すぎまでは、すこぶる楽しい。結末は、アメリカ人の習慣に通暁していない私などには、ああ、そうですかで終わってしまうので、上手な解決とは言えないでしょう。この作品は、1972年に唐突に訳されて、解説もなにもつけられませんでしたから、初読時には、まったく面白みを感じず、だいたい、いつごろの話なのかも分からない(よく読めば分かるのですが、四半世紀昔の作品だと一言あれば、また違っていたかもしれません)まま、私は漫然とページをめくっていたようです。
「青い帽子」「女を探せ」が第4席で、マニング・コールズやアントニー・ギルバートの後塵を拝しているところ、そこには、英国作家へのコンプレックスや、作家の名前を優先した商業性を見ることが出来るのかもしれません。まあ、そういうものがあったのかどうかは、断定できませんが、コンテストが回を重ねるにつれて、そうした歪さが払拭されていくのも、また事実なのです。




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