短編ミステリ読みかえ史

2013.06.05

短編ミステリ読みかえ史 【第51回】(1/2)  小森収


 いまから40年ほど前に、私がスタンリイ・エリンの短編集『特別料理』を初めて読んだとき、それはすでに古典の仲間入りをしていました。ジョン・コリアやロアルド・ダールに比べると、日本では人気の点で、一歩譲っているような印象を受けました(いまも、そう感じています)が、それでも作家としての評価は高かったし、その名声に陰りが出たことはありません。にもかかわらず、私には腑に落ちないことがありました。それはエラリイ・クイーンの序文です。そもそも、そのころの私は「特別料理」をさして面白いと思っていない。「二壜のソース」という前例もあるし、平凡なアイデアじゃないかなどと、ミステリしか読まないミステリ初心者にありがちな考え方をしていました。お恥ずかしいかぎりです。しかし、それにしても、クイーンのこの序文は大げさではないか。年月を経て、エリンの良さが分かり、「特別料理」への評価も変わり、この作家が20世紀でもっとも重要な短編作家のひとりと考えるようになってからも、依然として、その序文で、なぜ、クイーンはこんなに興奮しているのだろうという疑問だけは残りました。確かに、序文なのですから、その本や作家を褒めるのは当然の相場です。無理に褒めている痛々しさを感じることさえあるでしょう。しかし、クイーンが無理にそうしているとは、とても思えません。むしろ、不必要なまでの熱量がそこにあるように見える。それが不思議だったのです。
 エリンが紹介されるとき、このクイーンの序文はよく引かれますから、ご存じの方も多いでしょう。1946年11月22日の朝、エージェントを通さない作家直の持ち込み原稿があったことを、業務連絡のひとつとして、クイーンは伝えられます。しかも、それは「とびきり特別」な作品らしい。クイーンは、この日を「何という快哉の日だったことか!」と、のちにふり返ることになります。このときEQMM年次コンテストは、第2回の応募を締め切ったところでした。クイーンはエリンの了解を得て、この作品を翌年のコンテストの応募作品にまわします。この悠長さ(コンテストの最優秀処女作賞を得たのは約1年後、EQMM掲載は一年半ののちです)は、当初、この作品にそれほど期待していなかったのではないかという、意地悪な推測を可能にするかもしれませんが、むしろ、コンテストを通して世に出す方が、エリンのためにも、コンテストのためにも、利があると考えたからでしょう。
 翌年、スタンリイ・エリンの「特別料理」は、第3回コンテストで特別処女作賞を受賞します。そして、驚くべきは、それ以後の快進撃です。第4回コンテストは「お先棒かつぎ」で第3席。その後、第5回から第9回にかけて5回連続で第2席入選を果たします。作品は「アプルビー氏の乱れなき世界」「好敵手」「君にそっくり」「壁をへだてた目撃者」「パーティーの夜」です。しかも、第4回は、第3席とはいうものの、このときの第2席作品は、ウィルバー・ダニエル・スティールの「土に還る」だけで、以下、第3席、第4席と続きます。「土に還る」を従来の最高特賞(は、この年はなかった)と考えるなら、「お先棒かつぎ」は、実質、第2席と考えられます。また、「パーティーの夜」は、MWA賞の短篇賞を受賞します。ついでに書けば、この作品は、日本語版EQMM創刊号に翻訳掲載された、エリン本邦初紹介の作品でもあります。そして、第10回コンテストにおいて、ついに「決断の時」が第1席に輝きます。さらに、第11回コンテストで最高特賞を得た「ブレッシントン計画」は、二度目のMWA賞をももたらしました。翌年の第12回コンテストでは、「神さまの思し召し」が、またしても第2席に入ります。EQMMコンテストは、スタンリイ・エリンとともにあったのです。




ミステリ、SF、ファンタジー|東京創元社
バックナンバー