短編ミステリ読みかえ史

2013.05.08

短編ミステリ読みかえ史 【第50回】(1/2)  小森収


 エドマンド・クリスピンの第一短編集『列車に御用心』の邦訳が論創社から出ました。この連載の第43回で取り上げた「アリバイの向こう側」「ここではないどこかで」の邦題で、新訳が収められています。ついでに訂正しておきます。この作品の原題を第43回でOverwhereと書きましたが、Otherwhereが正しいようです。
 さてEQMM年次コンテストです。
 前回、第7回年次コンテストの受賞総数が30編を数え、それが特別なことではないと書きましたが、少し不正確な記述ではありました。というのは、確かに、受賞作一編を世に送ればいいというスタンスで、コンテストを企んだわけではなく、ある程度まとまった数の短編を確保する狙いが、初めからEQMMの思惑としてあったようですが、当初は10~20編程度、おそらく、アンソロジーとして一冊編めるくらいを考えていたようです。たとえば、第2回年次コンテストの受賞作で作られたアンソロジーThe Queens Awards,1947は、受賞作18編(内訳は、第1席1編、最高特賞1編、第2席8編、第3席5編、特別処女作賞3編)すべてを一冊に収めたものでした。遜色のない短編ミステリを、それだけの数集められるかというと、そう簡単なことではないでしょう。ところが、第5回コンテストあたりを機に、さらに量的拡大が起きたようなのです。そして、第8回コンテストでは、受賞総数55編を数えるに到るのです。
 EQMMの創刊は、危なっかしいものだったと考えられます。ミステリー・リーグは失敗していたし、ミステリの雑誌といえば、いわゆるパルプマガジンしかなく、実際、人々の多くは、パルプマガジンのようなものしかイメージ出来なかったことでしょう。理想のミステリマガジンの姿は、フレデリック・ダネイの頭の中にしか存在せず、彼の頭の中にも、どの程度具体的に、その姿があったのか、分かったものではありません。
 1946年の1月に、クレイグ・ライスがタイムの表紙をかざり、大きく取り上げられたことがあります。ミステリ作家が取り上げられることなどなかった時代ですから、事件といってよかったでしょう。その年のEQMM6月号に、第1回年次コンテスト第3席の彼女の作品さよなら、グッドバイ!(グッドバイ・グッドバイ!)が掲載され、クイーンが解説を書きました。クイーンはタイムの紹介記事を引いて、しかるのちに、クレイグ・ライスが雑誌には一度も書いたことがないというくだりに噛みつきます。EQMM43年3月号に、ライスは最初の短編「うぶな心が張り裂ける」胸が張り裂ける)を書いていると。もう一編も自分たちの金庫の中にあるというのは、ご愛嬌としても、ここを読んで、書誌にうるさいクイーンと微笑を浮かべていられるのは、後世の読者です。タイムが流行作家の紹介記事を書くときに、EQMMは参照されていなかったのです。
 EQMMの船出とは、そういうものだったと知っておく必要がありそうです。ミステリ雑誌とそこに載る小説は低級な読物であるという、おそらくは概ね事実であっただろうことと、それに対してミステリー・リーグでクイーンが、あるべきミステリ像を唱え続けたことを思い出してください。そして、クイーンが自説の正しさを証明するためには、低級でないミステリの新作を、EQMMが提供してみせる必要があったのです。それもコンスタントに。
 広く世界じゅうに短編ミステリを募る。実戦的には、力のあるイギリス作家の参加を求めながら、アメリカの作家を掘り当てていく。そうすることで、EQMMがクオリティを保ちながら提供できる十数編(つまり月に1~2編)の短編ミステリの新作を確保する。もちろん、年鑑ふうのアンソロジーを作ることも、計画に入っていたでしょう。問題は、どの程度の作家が、どのくらい本気で応募してくるかです。
 T・S・ストリブリング、ヘレン・マクロイ、Q・パトリック、クレイグ・ライス。第1回コンテストの第2席第3席に入賞した、アメリカのミステリ作家です。ストリブリングは異色のパルプ作家でしたが、ミステリから離れていたのをクイーンが惜しんで復帰させた経緯は、以前に触れました。ヘレン・マクロイ、クレイグ・ライスはともに、短編を書き始めたのがEQMMで、マクロイにいたっては、「燕京綺譚」が初短編でした。Q・パトリックがそれ以前に短編を書いていたかどうかは不明ですが、長編ミステリの作家として名を成していました。フィリップ・マクドナルド、マイケル・イネス、マニング・コールズ、ナイオ・マーシュといったイギリス作家(ただし、フィリップ・マクドナルドはアメリカに移っていましたし、ナイオ・マーシュはニュージーランドですけれど)が、短編を投じてくれたのは、クイーンにしてみれば、してやったりでしょう。イネスも初短編でした。意外なことに、そして、編集者クイーンが喜んだであろうことに、ウィリアム・フォークナーの名が第2席にあります。凡作ですが、EQMMを飾るにはうってつけだったにちがいありません。




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