短編ミステリ読みかえ史

2013.02.05

短編ミステリ読みかえ史 【第47回】(1/2)  小森収


 T・S・ストリブリングの代表作と目される、ポジオリ教授シリーズの第一短編集『カリブ諸島の手がかり』の邦訳が出たのは、1997年のことでした。原著刊行から70年近くが経っていました。むろん、散発的に翻訳はあり、とくに最終話「ベナレスへの道」の結末は、知られた話でした。とはいえ、「ベナレスへの道」を単発で訳されても困るわけで、ミステリマガジンで読んではいたのですが、記憶に残っていません。しかも、翻訳されているとはいっても、戦後の作品がほとんどでした。それにしても、クイーンの高評価のわりに、『カリブ諸島の手がかり』の翻訳は、ずいぶん、時間がかかったものです。もっとも、そのあとは順調そのもので、残りの2冊は10年ほどの間に邦訳が出ました。第二次大戦後に、エラリー・クイーンの求めに応じて、EQMMに書かれた作品を集めた『ポジオリ教授の事件簿』と、その2冊の間に書かれた作品を発掘して編まれた『ポジオリ教授の冒険』です。
『カリブ諸島の手がかり』は、驚くほど短い期間に書かれました。1925年から翌26年にかけて、アドヴェンチャーというパルプマガジンに、毎月連載されたのです。全5編とはいえ、200枚を超える長さの中編も含まれています。原題のClues of the CaribbeesのCluesが、Cruiseにかけてあるのは明らかで、実際、ポジオリは、「亡命者たち」のキュラソー島をふりだしに、「カパイシアンの長官」のハイチ、「アントゥンの指紋」のマルティニーク島、「クリケット」のバルバドス島、「ベナレスへの道」のトリニダード島と、カリブ海の島々を巡りながら、事件に巻き込まれていきます。
 カリブ海の植民地の歴史というのは、旧宗主国が多様なこと、移住労働者の人種が多様なこと、その上で混血が進んだことといった要因から、中南米と比較して、さらに一枚上手の複雑さがあります。しかも、米西戦争後、この地域の覇権は、旧宗主国からアメリカに移りつつある。そんな土地(40年ほどのちにミス・マープルが旅行した、リゾート地としてのカリブ海とは、いささか状況が異なります)を、イタリア系アメリカ人の学者が、どういうわけか旅している。エキゾティシズムや異郷での冒険は、パルプマガジンにおいて、類例がないというものではないでしょうが、それにしても、ポジオリという探偵は異彩を放っています。
「亡命者たち」は、蘭領西インドのキュラソーで一番のホテルが舞台です。ベネズエラの独裁者ポンパローネが亡命し、もっとも近い外国であるキュラソーのホテルに投宿します。ホテルの主人は歓待しますが、その席上、主人は毒殺されてしまいます。ポンパローネは身のあかしをたてるために、投宿者の中で事件の捜査や犯罪の調査の心得のある人間を募り、そこに名乗りでたのが、心理学者のポジオリなのです。ポジオリは、いきなり自白剤の使用を提言し、そんなものを使った証言は法廷で採用されないと周囲をあわてさせる。このあたり、ポジオリの推理が法的な効力を度外視していると当時に、いささか山師めいたポジオリの性格を示しています。事件は、ポンパローネが自分の秘書を犯人だと告発したり、毒殺がポンパローネを狙ったものだという疑いが生じたりして、混迷していきます。ホテルから場面が動かないことも手伝って、この作品では、あまり異郷での事件という感じを与えません。それでも、ベネズエラという国が、独裁者を次々と輩出しては、二度と帰国することのない亡命をくり返させるというディテイルが、この小説の根幹に関わっています。このディテイルが事実か否か、風刺的な誇張としても妥当か否かは、議論の余地がありますが、南米(に分類されるものの、島嶼部を多く含み、カリブに近い性質を持つ)の一国ベネズエラが持つ、アメリカ人からは奇異としか見えない、この特質が、この小説の謎解きに、独特の色彩を与えているのは確かなことでしょう。
 続く「カパイシアンの長官」では、ポジオリは本格的に異文化のただ中での冒険に、放り込まれます。かつてフランスの植民地であったハイチは、ラテンアメリカの最初の独立国ですが、このころはアメリカによる軍政が敷かれていました。小説でも、徴税官がクレイというアメリカ人ですね。アメリカによる実質的な植民地支配の原動力となったのが海兵隊で、「海兵隊が戻ってくる」に脅し文句のニュアンスがあるのは、そのためです。「カパイシアンの長官」はシリーズ中でも一、二を争うほど長い作品ですが、ポジオリは、北部の町カパイシアンの為政官から、反乱軍(カコ)の指導者でヴードゥー教のまじない師の正体を暴くよう依頼され、丸め込まれるような形で対決させられてしまいます。この小説は、幻想的な冒険譚とでもいったもので、推理の妙味には欠けています。
「アントゥンの指紋」は、ポジオリがマルティニーク島のフランス人勲爵士と、奇妙な賭け(建築物が犯罪にどのような影響を与えるか)をするところから始まり、国立銀行の盗難事件を捜査することになります。凝った指紋のトリックは、黄金期のミステリらしいとも言えますが、カリブのフランス海外県に投げ込まれることで、その異様さに別のニュアンスが生じているところが、このシリーズらしいと言えます。
「クリケット」は題名からも分かるように、イギリスの植民地が舞台ですが、選球眼が取り柄の貧乏な白人に、准男爵の子息(クリケットのチームメイトでもある)殺しの容疑がかかります。ポジオリは准男爵から、容疑者を島から逃がしてほしいと頼まれます。息子にはっきりとした自殺の理由があった――自殺では体面にかかわり、かといって濡れ衣の殺人で逮捕はさせられない――のです。ポジオリは、逆に、その理由なるものが犯人の偽装であることを看破します。イギリス人の間にある階級差と、さらに、船に潜り込んでしまうと、社会から隔絶してしまうという、社会の在りようが、ここでも、事件の要となっています。
 そして、最終話「ベナレスへの道」です。インド人移民労働者(クーリー)を多数抱えるトリニダード島で起きた花嫁殺しに、ポジオリが巻き込まれます。ふとした出来心から、白人が決して足を踏み入れない寺院(訪ねてくるクーリーに一宿一飯を施す)で、寝苦しい一夜を過ごしたのですが、その寺院は殺人現場でもあったのです。ポジオリは理不尽な逮捕の末に、幻想的かつ悲劇的な結末を迎えます。



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