短編ミステリ読みかえ史

2012.09.04

短編ミステリ読みかえ史 【第42回】(1/2)  小森収


 日本語版EQMM1956年10月号は、創刊第4号にあたりますが、本格中編探偵小説特集と銘打って、4編を並べていました。クレイトン・ロースンの「天外消失」、ナイオ・マーシュの「出口はわかっている」、マイケル・イネスの「解剖学教程」、ニコラス・ブレイクの「白の研究」です。いずれも本邦初紹介か、それに近い作家の作品で、英米の最先端の作家を紹介するという、創刊当時の同誌のスタンスは、謎解きミステリに関しても守られていました。とは言っても、どれも40年代の作品で、おまけに、同じ号にはスタンリイ・エリンの「決断の時」が掲載されていて、まあ、そちらの方に読者の目は行こうというものです。エリンにしても紹介2作目ですが、モノが違うし、前年のEQMMコンテストの第一席作品ですからね。
 さて、この特集、ロースンはアメリカの作家(この作家に触れる必要があるかどうか、まだ決めかねていますが、私は「天外消失」はあまり買いません)ですが、彼の代わりにマージェリイ・アリンガムを加えると、当時のイギリス(オーストラリアやニュージーランド在住といった点は、この場合は、無視して差し支えないでしょう)の謎解き小説における、モダンで有力な作家を網羅することになり、そういう意味でもオーソドックスな評価基準で選ばれていると言えます。ただし、作品そのものは、あまり芳しいとは言えません。
 ナイオ・マーシュの「出口はわかっている」はロデリック・アレンもので、いくつかのアンソロジーにも採られていますが、アレンの家にかかってくる間違い電話から、事件に巻き込まれるという偶然もともかく、若い貴族の向こう見ずが事件を引き起こすというのを、いかにもイギリスふうととるか、強引ととるかが、まずは分かれ目でしょう。新作の舞台の裏側で起きたガスによる窒息死と、その解明は、これのどこに魅力があるのやら、さっぱり分かりません。
 その点はマイケル・イネスの、やはりアプルビイものの「解剖学教程」も同じで、名物教授の年度末の講義プラス解剖実習中に、突然、教室の電気が消え、明かりが点くと、解剖すべき死体の代わりに、教授自身が殺されて解剖台の上に乗っている。いまの目で見ると、なぜ死体が入れ替わったかが重要なポイントで、そこをイネスも意識しているものの、何らかの伏線くらい張ってもらわないと、このままでは唐突というものでしょう。
 結局、一番面白かったのは、ニコラス・ブレイクの「白の研究」ですが、ナイジェル・ストレンジウェイズは登場しなくて、エラリー・クイーンばりのフェアプレイが目立つ作品です。むしろ、犯人あて小説といった方がよくて、その意味では非常に巧みに作られていますが、探偵役がぱっとしなくて、謎解きにしても、探偵による解決というよりも、正解の発表といった風情なので、犯人あて小説の域を出ません。
 もっとも、では、ナイジェル・ストレンジウェイズが出れば良くなるのかというと、そういうわけでもないのが、困ったところです。ブレイクの邦訳短編は少ないのですが、いくつか読んだところ、解決の辻褄あわせをしているだけといった作品ばかりでした。思い返せば、『野獣死すべし』でさえ、探偵にはさして魅力がありませんでした。それは『野獣死すべし』の特殊性のためばかりではないようです。
 もうひとりのナイオ・マーシュですが、もう一編「章と節」を読んでみましたが、これも感心しません。アレンの不在中に、ニュージーランドからやってきた旧知の古本屋が訪ねてきます。奇妙な書き込みのある聖書を入手していて、どうも、アレンたちのいる村の旧家の蔵書だったらしい。奇妙な書き込みというのは、過去の誕生の記録なのですが、その書き込みに記された苗字は、旧家のものでもなく、また、その名の一族が村に住んでいたという記録もありません。その旧家は離散していて、家や土地は複数の人手に渡っています。最後のひとりが亡くなって、ずいぶん経つのです。そして、不在だったアレンが帰るのと入れ違うようにして、古本屋は謎の墜落死を遂げます。
 トリックめいたもののない、そういう意味で、当時モダンと評されたであろう作品で、それでも、書き込みの不可解さや、旧家の家や土地を購入した人々の人間関係の綾で、前半は身を乗り出させるものがあります。ただし、解決は肩透かしです。伏線は張ってあるのですが、エキゾティックな知識を要するもので、そういうものを利用することをアイデアとでも考えているのでしょうか。



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